第4章 起こり始める変化 その6

 雨が降り続けて一週間。珍しく山村が学校に来なかった。

 神崎の記憶では山村が学校を休んだことなどなかったはずだ。

 今日までだんだんと増えていき、これでクラスの二割――八人が休みになった。

 やまない雨は、だんだんと体を蝕んでいく。人間はやはり陽光を浴びていないとならないのか。

「今日お見舞いに行ってみる?」

 真実妹が訊いてきた。

「いや、今日休んだからって今日お見舞いに行かなくてもいいんじゃないか? もう二・三日様子を見て、それでも休むようだったら行ってもいいかもしれないが――」

(行く必要はないな)

 後半だけ飲み込む。

 確かにいつでも雨の日には体調が悪くなる男だ。だが、今までにそれを理由に学校を休んだことはない。

 そこが唯一気がかりだったが、だからといって一日休んだくらいで見舞いというのも大袈裟な気がする。

 せめて連続で休むようなら心配のひとつもするが、それでも見舞いは大袈裟にしか思えない。

 入院したとかなら行ってもいいと思う。神崎にとっての見舞いとは、そのレベル以上を指していた。

「……そう、かも。じゃあ、明日も来ないようだったら行ってみる?」

 一日延びただけ。

 どうやら妹は知り合いが病気だと見舞いに行きたがる性質のようだ。

「ああ、わかった。明日来ないようだったらな」

「うん! 約束だよ」

(なぜよろこぶ)

 少しは山村の心配をしていないと、見舞いされる側が憐れだ。いや、見舞うことを楽しみにしていることのほうが問題なのだろうか。

「きっと山村君、よろこぶと思うなぁ」

 はたして本当にそうだろうか。彼は雨の日には無気力になる。見舞いに誰が来ようとうれしく思うことはないだろう。かえって相手をすることが面倒かもしれない。

 妹はそんなことは考えない。考えられない。

 神崎だけはわかる。見舞う意味がないことくらいは。

「よろこぶといいな」

 どっちとも取れる発言。妹に向けた言葉なら同意。自分自身に向けて言ったのなら願望。しかも可能性の薄い。

「よろこぶよ、絶対!」

(根拠はどこだ)

 もはや妹の中では、『見舞いに行く=相手がよろこぶ』の図式が完成している。現実を前にするまでこれが変わることはないだろう。

 一時限目の休憩時間が終わりを迎えた。

 教師はすぐに入ってきて、すぐに授業を開始した。


「ちょっといいかな?」

 青髪に呼ばれたのは、神崎がコロッケパンとアンドーナツを手にして教室へと向かう途中だった。

「どうした?」

「時間くれるかな」

 神崎が時間をくれるものとして確定している口調だ。

「……ああ。手短にしてくれよ」

「それはだいじょうぶだと思う」

「思う、か。……わかった。どこへ行けばいい」

「なるべくなら愛のいないところがいい」

「だったら教室以外ならどこでも平気だ」

 普段は屋上だが、最近は雨のために教室で昼食をとっている。普通に考えて彼女も教室にいるはずだ。

「じゃあ、屋上手前でいいかな?」

「ああ」

 神崎と真実兄は教室に戻ることなく、屋上へと至る階段に向かった。

 さすがに雨のためか屋上に人の気配はない。その手前に人がいるかもしれない、と思っていた神崎だったが、そこにも誰の姿もない。どうやら不良集団は完全に休んでいるようだ。

「なんなら外でもいいんだけど、君がたぶん嫌がるだろうから」

「……ああ、嫌だな」

 青髪の言わんとするところがすぐにわかり、神崎の顔に不機嫌が乗る。

「だからここ」

 床を指差す。もうあとほんの一メートルで屋上に出る位置。雨の音が嫌でも大きく聞こえてくる。話をするには向いていないが、人に聞かれたくない話だった場合には逆にいいだろう。

「……で、どんな話だ?」

 すぐに話すように急かす。手短にしてくれと言った以上、手短にしてもらわないと困る。

 兄は壁を背にし、まったくためらうことなく話し始めた。

「単刀直入に言う。地球を守るためには君の力が必要だ」

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