第4章 起こり始める変化 その3
やはりいつもと変わることはない。
余命二ヶ月の日本では、通常通りのプログラムがおこなわれていた。神崎たちの通う学校も例外ではなかった。
雨もあいかわらず降り続けている。
そのためか、教室内にも空席が目立つようになっていた。
連日の雨による体調不良か、それともただのサボリか。いずれにしろ、日ごとに休みの人間の数は増えている。
神崎はイスの背もたれを抱くように座り、うしろの席にいる人物に話しかけた。
雨で休む者が多い中、雨に弱い男――山村はそれでも学校へ来ていた。
「よぉ、どうだ?」
返事はない。
虚ろな目で見上げてくる眼鏡に覇気はまったく感じられない。むしろ眼鏡が曇って見えるほどだ。事実曇っていた。
「山村君、だいじょうぶ?」
ついさっき来たばかりの赤髪が、斜めになっている山村と角度を合わせるようにして体を傾けながら訊く。
「……ダメ」
返事があっただけマシというもの。
ただ、それきりまた半死人の目になってしまったために、なんとも言えない複雑な気分だ。
「本当にずっとこんな調子で平気なのかなぁ?」
神崎が返事をしないために、自動的にひとりごとになる。
妹が悲しそうな顔をしているが、それでも相手をしてやれない。
「……まだ怒ってるの?」
すでに自分が神崎のことを不機嫌にさせた要因についてわかっている妹の声は小さい。反省しているのだろうか。
神崎は怒っているのかと訊かれれば、怒っていると答えるしかない。でも、怒っているというよりは意地になっていると言ったほうが近いのかもしれない。本人の感覚を別にするならば。
「ごめんなさい……。あたし、神崎君にタブーがあるなんて知らなかったから」
(わかった、のか?)
ここで初めて神崎も事実を知る。
もうスタートに戻らなくてもいい。妹のことを拒絶しなくてもいい。
自然と神崎の表情から不機嫌が消えていた。
「……わかればいい」
無愛想な声。目もまるで別の方向。言った言葉自体も淡白なものだ。
それでも妹はうれしくなったのだろう。
神崎が不器用に妹と目を合わせると、そこに哀しさはまったく感じられなかった。不思議なくらい逆転した笑顔がそこにある。
「ごめんね」
急には戻れないかもしれない。でも、またふたりが話すようにはなるだろう。そうしているほうが自然で、現状がむしろ不自然になっていた。
いつも仲よさそうに見えた神崎と真実妹が、いつの間にかケンカしていた。それが、周囲の人が持っていた見解だ。初期状態は考慮から除外されているらしい。
すでにふたりはつき合っていると思い込んでいる者も、実は少なくなかった。そういう人たちにとっては痴話ゲンカ扱いになっていることを、はたしてどのくらいの人間が知っていたのだろうか。
「ああ」
返事は短いが、無視とは比べ物にならない。
いくつかの視線を感じる。神崎はその主を探そうとするも、数が多いために断念した。左面以外のどこからでも感じてしまうためだ。
ふと、その中にひとつだけ気配の異なる視線を感じた。
神崎は当たりをつける。するとすぐに視線の主がわかった。青い髪がそこにある。
真実兄は神崎と視線を合わせると、爽やかに、だけどなにかを含んだような笑顔を見せて、すぐに視線を戻した。
(……おかしな奴だ)
首を捻る。
神崎のその動きに気づいた妹がうしろを振り返る。
そこには女子に囲まれた兄の姿があるだけだ。
「どうしたの?」
だから訊いてみた。
「いや……」
(なんでもない)
言ったつもりで声には出ていない。それほど兄に注意を惹きつけられていた。
赤髪がもう一度ふわりと反転した。
やはりなにも変わったところはない。
小首を傾げる。
始業のベルが鳴る。あちこちに散っていた生徒たちが自分の席に帰っていく。
妹も自分の席に戻るが、視線は未だに神崎と兄を往復していた。
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