第4章 起こり始める変化 その2
天気予報は雨。ずっと。
「みなさん、お聞きになられたでしょうか?」
厚化粧が画面に真剣な顔を向ける。
右下にはテロップ。『緊急企画 どうなる日本!』
教授が並んでいる。今回は五人。
「現在地球に接近中のKF彗星が、さらに軌道を地球寄りにして、あと二ヶ月で衝突することになってしまいました。この先もまだ軌道がずれる可能性が高いので、私たちに残された時間はもうあとわずかしかないと言えるでしょう」
話を隣に振るアナウンサー。
「軌道がずれたことで、衝突点も太平洋からだんだんと日本寄りになっています。最悪の計算結果だと、今の状態で軌道のずれが続けば、一ヵ月後に日本直撃になると考えられます」
テロップが変わる。『彗星直撃か? どうなる日本!』
「……半年と言われていた彗星の衝突も、ついにカウントダウンに入ろうとしているのでしょうか。もし直撃をすれば、日本という国は世界から消滅してしまいます。いえ、きっとそれだけでは済みません。津波、地震……近隣の国も無事というわけにはいかないでしょう」
被害予想図が画面に展開される。衝突地点を東京とした場合に、直撃だけの赤い円が北は青森、西は広島まで広がっている。これに余波が加われば、確実に日本は海の底――もしくはチリへと姿を変えてしまうだろう。
さらに黄色い円。これは津波などの災害が予想される範囲だ。落下の勢いとその大きさによって変わるが、南はオーストラリア、東はアラスカ、西に至ってはアジアの大部分が圏内になっている。
世界地図が変わってしまうことに、間違いはなかった。
特集はまだまだ続く。
「……だんだん大変なことになってきているな」
「そうね。さすがにそろそろ危ないかもしれないわね」
呑気にテレビを見ながらお茶を飲んでいる。これでは緊張感の欠片もない。
雨がやまないので外出するのもおっくうだ。神崎はテレビっ子になっていた。
そのおかげか、今日本――世界――を震撼させているKF彗星のことがよくわかった。
KFとはこの彗星を発見した天文学者のイニシャルで、その名をKAZUYA・FUJIWARA――藤原和也と言う。名前から考えて日本人だろう。
ある日突然発見された彗星で、発見された時点で軌道が地球直撃コースだったようだ。天文学的にありえないようで、未だに軌道計算が合っていないという説も出続けているくらいだ。
だが、ちょっとオカルトな人間は『これは天からの落し物だ』などと言う。
(戯れ言だ)
軌道計算がずれまくっていることも、このオカルト論を盛り上げさせていた。
実はKF彗星は単に落ちてきているだけだから、楕円を描くこともなく、直線で向かってきているのだと。
インターネットでもこの論に近いものが展開されている。どうやらゲームに出てくる魔法じゃないのかということだ。メテオ――流星という意味――というものがそれだが、敵に向かって天空から一直線に降ってくるのだ。この直線というところがキーとなっていた。
(世迷言だ)
かくして、ようやく人々の間に緊張感が芽生え始めた。
神崎親子は比較的のんびりしているほうか。
「どうする? どこか海外に逃げるか?」
「それじゃ、お父さんクビになっちゃうでしょ。そうなると困るわよ。あんたの学費だって出ないんだから」
「でも、日本なくなるんじゃ、学費とかも関係ないし、会社自体がなくなったら親父の失業も全然関係ないだろう」
「そう言われるとそうね。海外か……新婚旅行以来行ってないわね」
お茶をすすりながら、昔を懐かしむように目を細める母。
別段神崎夫婦の仲は悪くない。ただ、旅行とかをあまりしないだけだ。海外旅行は母の言う通り新婚旅行きり――神崎は行ったことがない。国内旅行も年に一度行けばいいほうだ。
もっとも、今は国内旅行をしたところでまるで意味がない。いや、ふた月以内に行くならば平気か。
「今度、お父さんに相談してみましょう」
決定権は父が持っている。
相談はいつも母と息子の仕事だが、最終的にそれをどうするかは父が選ぶ。最初から話に参加するつもりはないのか、その誘いはいつも断る。『お前たちの決めたところでいい』
そうして母子で決められた場所に、たいていなる。
「なるべく早くしてくれよ。行かないなら行かないで、心の準備をしておかなくちゃいけないからな」
そうは言うものの、やはり神崎には実感がまるでなかった。
彗星が衝突して日本が消滅。字で見ると脅威だが、あまりにもことが大きすぎて、まるで対岸の火事だ。
実際、両親も似たようなものじゃないかと思う。そうでなければ、こんなにも落ち着いてはいないだろう。
まさか、焦っているのは学者陣とマスコミだけというわけではあるまい。
「まだはっきりとした衝突の日がわからないから、あんまり早く計画を立てちゃってもしょうがないんじゃないかしら? もっと正確な日取りがわかってからでも、たぶん遅くはないわよね」
「いや、遅いかもしれない」
「どうして?」
「他にも日本から脱出しようとする人たちが出るだろう? 予約で埋まっちゃうんじゃないか」
「確かに。うーん……まぁ、その時はその時よ」
笑顔。
あまりにも現実離れしていることに対して、人はこうも鈍くなるのだろうか。
神崎が予想するに、学校も平常通りおこなわれるだろう。そう、彗星が目視できるようになるまでは……。
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