第3章 小さな流れ その4
テレビから流れるアナウンサーの声。
それを神崎がなんとはなしに聞いていると、いつぞやに聞いたことのある話題を話していることに気がついた。
「……それで教授は軌道が予測よりさらにずれていたことで一体どうなるとお考えですか?」
派手な衣装。厚化粧。真剣な口調。
女性アナウンサーが斜め前方――視聴者側からは手前にいる、頭の薄くなってきている五十代くらいのスーツに訊く。
いかにも知的、そんな風貌の教授がわずかに姿勢を正す。
「我々の計算によると、前回は半年で衝突すると思われていたKF彗星の軌道が、予測よりも地球側に吸い込まれるようにずれていて、二ヶ月縮むと思われますね」
「二ヶ月? すると、年末から来年にかけてといったところですね」
「そうですね。今のままならそうなります」
「……と言いますと」
もったいぶった話し方をする教授だ。アナウンサーが一瞬の間を置いてから、含んだものを聞き出そうとする。
教授は長テーブルに両肘をついて、組んだ手の上に軽くあごを乗せた。
「今回の軌道のずれ――あれは通常では考えられません。ずれた、と表現をしていますが、おそらく『地球に吸い込まれた』が正しいと私は考えています」
テレビの内側がわずかにざわめく。教授の発言が予想外だったのか、それとも他の教授――三人出ている――も同じ考えだったのか。
「地球に吸い込まれた……。それは言葉そのもので考えてもよろしいのでしょうか?」
「はい」
躊躇なく肯定する教授。
アナウンサーは斜め向きだった体を正面に向け、いかにも真剣そのものといった顔をした。
「みなさんお聞きになられたでしょうか。どうやら、私たちの想像よりも事態は深刻のようです」
それはそうだろう。彗星が衝突する――その事実だけで充分脅威だ。その中を普段通りに生活しているほうがおかしい。
半年先だったものが四ヵ月後になる。規模にもよるが、衝突を受けた地域は無事では済まないだろう。その地域の寿命は確実に二ヶ月縮んだ。いや、実際はもっと縮む可能性が浮上したのだ。
それは間違いなく深刻な事態であるはず。
「私たちはこれからも新しい情報が入りましたら随時、特集を組んでみなさんにお届けしたいと思っています。では先生方、本日はありがとうございました」
無言で礼をするスーツたち。幕を閉じる番組。
テレビではCMが始まった。重たい空気を一掃する、バカらしいものだ。たまたまなのか、狙ってこれを選んだのかはわからないが、とにもかくにも受けだけを狙った意味のないCM、と評判のそれだった。
神崎はテーブルの上の羊羹をつま楊枝で刺しながら、なんとなく彗星のことを考えていた。
(もし、この彗星が日本にぶつかったらどうなるんだ?)
今の情報では衝突地点も規模もわからない。実際、神崎が知らないだけでそれらの情報はすでに出ている。
神崎の仮定に近く、衝突地点は日本近くの太平洋。ちなみに規模は国がひとつ消えてしまうほど――つまり、四ヵ月後には日本という国はなくなってしまうのだ。
これは恐るべきことだが、なぜか神崎の周りでは誰もそんな終末を恐れている節がない。
今も母親は平然としてお茶を汲みにいっているし、父親は父親で新聞を広げている。
(逃げなくて、いいのか?)
周りがあまりにもこの事態に無関心だと、本当は彗星など衝突しないのでは、とさえ思えてくる。
だが、テレビで実際にニュースとして流れる。これなら本当だとしか言いようがない。
ひとまず神崎はこの件については頭の中に残しておくに留め、羊羹を口に運ぶ。すぐに適度な甘さが口内に広がる。とろけるように羊羹が消えていく。
そこに母親がお茶を持ってきた。
湯飲みをひとつ受け取る。
「母さん」
「なに?」
「あのさ、今やってた彗星……あれって本当に地球に来てるのかな?」
「さぁ、来てるんじゃないの?」
やはり無関心。この反応が普通なのか、それとも異常なのか――今の神崎にはわからない。
実際、自分でも実感は全然ない。
急に半年後に地球に彗星が激突する、そう言われたところで実際のこととは思えない。そしてそれが二ヶ月縮んだところでなにも変わりはしない。
目の前に彗星が見えて、初めて『ああ、これで終わりか』と思えるかもしれない程度だ。そんな余裕があった場合にだが。
「どうなるんだろうな……」
「さぁねぇ……」
まるでひなたぼっこをしている時のような、半覚醒状態でのテンポの会話。
そこに焦燥感はまったくなかった。
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