第3章 小さな流れ その3

 山村は納得がいっていなかった。

 どうしてあれほど嫌いだと言っていたにも関わらず、神崎は真実妹と並んで歩いているのだろうか。そして、どうして自分はその斜めうしろを歩いているのだろうか。

 わからない。

 放課後になり、三人は商店街へと繰り出していた。行くところがほとんどない以上、寄り道をするならば必然的に寄る場所になる。

 それほど大きな町ではない。行き交う人に挨拶をされることもある。

 たった今も、知り合いが自転車で颯爽と通り抜けていった。

「……なぁ、お前らいつからそんな仲よしこよしになったんだ? 最近まで不仲説が有効だったってのによ」

 不満そうな声。自分自身でよくわかる。やっかみだ。

 神崎が振り返る。首を軽く傾げると、

「……慣れた」

 口の端を上げる。

 なんてキザったらしい仕草だろうか。

 もっとも、神崎は昔からこうだ。山村は別段なんとも思いもしない。

 ……悔しいが。

「慣れただ? 普通慣れるもんなのか?」

「知らねぇよ。ただ、俺はこいつがいつもくっついてくるから、いつの間にか慣れただけだ」

「慣れた、ねぇ……」

 疑惑。

 はたしてこの男の言っていることは本当のことだろうか。まさかの可能性ではあるが、妹に対して好意を持ってしまったのではなかろうか。だとすると大変危険だ。もとから妹が神崎に対して好意を持っているだろうと思っている。そして、神崎自身がそうなってしまったら――

 考えたくない。最悪の結果だ。

 だから、相手をずらしてみる。

「真実ちゃんはどうなの? こいつ冷たくて嫌な奴だろ? もうそろそろ愛想つかしちゃったんじゃないの?」

 神崎の眉が不機嫌そうに上がる。

 それは横目に見流しておく。そうなることを承知の上での発言だ。

「ううん、全然。それよりも、最近相手してくれるようになったからうれしい!」

 ……ダメだ。

 こんな答えが返ってくることは大体予想ができてはいた。そうでなければ、妹は今ここにはいないだろう。そして、自分がこんなわけのわからない状態にはなっていなかっただろう。

 一体なにがしたいのかがわからない。ただ、仲よさそうなふたりのことを見ていると、ひどい違和感を覚えるのだ。

 たぶん、神崎が冷たくなくなっていることがその要因なのだろう。

「どうした? 解決したんなら、さっさと行くぞ」

 解決はしていない。だが、これ以上ここでなにを言ってもしかたがない。

 山村は一旦違和感を飲み込んでおいて、目的の場所に向かうことに頭を切り替えた。


 そこは小さな店だった。

 壁・棚問わずに多種の布が置かれている。壁に関しては『かけられている』になるが。

 どうして自分もここにいるのかはさっぱりとわからないが、おそらくは妹が『行きたい』と言って、神崎が『お前も来るか?』と言ったのがその原因なのだろう。

 はっきり言ってしまえば、来るのではなかった。

 山村がここにいる必要性が微塵も感じられない。

 こんなことなら断ってゲーセンにでも行っていたほうがよかった。

 でも、ふたりきりにさせることが気になった。

 あれこれ考え始めると止まらなくなる。ここについてきてしまった以上、それを楽しむしかない。……楽しめたらの話だが。

「う~ん……」

 小さく唸りながら妹が生地を物色している。大変色とりどりの世界だが、男ふたりにとってはなんの感慨も浮かばない。神崎は入り口付近の、そこだけ空いている壁に寄りかかって腕を組んでいる。

 さてどうしたものか。

 生地選びにはまだ時間がかかりそうだ。その間やっていることがまったくなにもない。

 だから、神崎を選んだ。

「よくついてきたな?」

「……まぁな」

 なにが『まぁな』なのかがわからないが、とりあえず気にしないでおこう。

「今日は別に家にすぐに帰りたくなかったしな。かと言ってどこに行きたいわけでもない。要は暇だっただけさ」

「そういうことか。……じゃあ真実ちゃんに慣れただけってのは本当のことなんだな?」

 声を抑えてやや早口で問う。チラと妹の様子をうかがっておく。

「だからそう言ってるだろう。お前もしつこい奴だな」

「真実ちゃんがお前に気がありそうだってことは言ったよな」

「ああ、違うだろうがな」

「この状況でもまだそう言うか。俺にとって、お前が最後の砦なんだよ。たとえ真実ちゃんがお前のことをどんなに好きだとしても、お前がそれを受け入れなければまだ可能性は残るんだ。なのに、いつの間にやら仲よくなっているから、こっちは気が気じゃないんだよ」

 ひと息に小声で言ってしまう。途中で口を挟まれるよりは確実に言いやすいから。

 そんな山村に対し、神崎は冷め切った目で溜め息をつく。

「だったら言えばいいだろう」

 この『言う』はいわゆる告白のことだ。

 今現在の情勢では、山村の分ははるかに悪い。告白したところで玉砕がオチだろう。

 まだだ。まだ早い。

「お前にはわかんねぇよ」

 それだけ言うのが精一杯だった。

 神崎が首を傾げている。それはそうだろう。あまりにも情緒不安定に思える。

「……ならいいけどな」

 流されてしまった。

 でもそれもしかたがないだろう。山村も自分で振っておいてなんだったが、この話題を流したかったから。

「……ん? 真実ちゃん選び終わったみたいだぞ」

 見れば青い色を基調とした布を棚の中から取ってもらっている。その顔がえらくうれしそうだ。

 その布を何メートルかで切ってもらい、会計を済ませる。

「お待たせー!」

 胸で包みを抱えてやってくる。

「他にどっか行くところないのか?」

「ううん。今日はもうこれでいい」

「そうか」

 まるっきりカップルだ。しかも、妹がアツアツなのに対し神崎は三年を超えていそうな雰囲気を放っている。

 だったら山村は一体なんなのだろうか。

 それは誰の知るところでもない。

「じゃあ、山村。お前はどっか行くところあるか?」

 神崎が訊いてくる。

 そういえば、今日はどこへ寄ろうとかそんなことを考えた憶えがない。それを考える前に、すでに三人で行動することが決定事項になっていたからだ。

「特に、ないかな……。まぁ、ゲーセンに行きたくもあるような気もするが」

「そうか。なら、ひとりで行ってくれ」

 冷たい。

 そう言われると行きたくなくなってくるのが人の性。しかも、山村が離れることで残るふたりがふたりきりになってしまう。それはできれば阻止したい。

「いや、今日は全然ゲーセンって気はない。どこでも好きなところに連れていってくれ」

 山村が勢い込むと、神崎は探るような目つきをした。

 やや低い位置から妹も同じ目つきで見ている。

 しばらくもたたずに無愛想男が一歩足を踏み出した。そして肩に手を乗せてくる。

「俺は帰るから、遊びたいんならひとりで遊んでくれ」

 冷たい。冷たすぎる。

 いっしょに来るように誘っておいて、用が終われば『ハイ、さようなら』だ。

 これでは山村も浮かばれまい。

 現に当人の顔がポカン。

「……なら俺も帰るよ」

 憮然とひとこと。精一杯の動揺隠し。

 こうして夕暮れが始まる。

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