第3章
第3章 小さな流れ その1
「ちょっと、いいか?」
青い髪がサラリと流れる。見上げた先には制服を着流している男が立っていた。髪は強引にやったような金。ところどころが黒い。おそらく自分の手でやったのだろう。
そんな背の低い男が、ポケットに手を突っ込んだままあごでしゃくった。
青の周りに集まっていた女子たちが、小さく息を飲んだ音が聞こえた。
「なんでしょう?」
澄ました声。
金髪は思い切り舌打ちすると、もう一度あごでしゃくり、「ちょっと来い」青の肩に手を乗せた。
「わかりました」
青い髪がうなずいた。
周りの女子たちが心配そうな顔をしている。
「ちょっと行ってくるね」
やさしく笑いかけると、囁きに近いような小さな声が漏れる。「真実君……」
また、舌打ち。
小さく手を振りながら、金のうしろに青が続く。
ふたりが教室を出た途端、急速にざわめきが広がる。女子たちはお互いに手を取り合い、半分青くなっている顔でなにごとかを話し続けていた。
そんなざわめきが、神崎のもとにも伝わってくる。
「……止めなくていいのか?」
妹が「ん?」と面を上げた。
「お前の兄貴、たぶん『やっかみ』受けてるぞ」
「やっかみ?」
「ああ。転校早々あんだけ女に囲まれてりゃ、そりゃ男はいい気持ちにはならないだろうな。特に、お前の兄貴はああいう奴らには気に入られないタイプだ。遅かれ早かれこういう日が来るだろうとは思っていたが」
これから自分の兄が私刑を受ける。そう言っているのだが、妹は動じない。
怖がるか黙るならまだわかるが、この女、あまつさえ笑顔を浮かべた。
「平気よ」
(どうして断言できる?)
完全に兄のことを疑っていない顔だ。周りの心配そうな顔の他人に比べて、身内のなんたる呑気さか。
「上級生に目をつけられてるんだぞ。いくらお前の兄貴がケンカが強くても――」
「お兄ちゃんはケンカなんてしないよ」
やや強い語調。
これは自分の兄を暴力魔呼ばわりされたからだろうか。
「……ケンカしないでどうして『平気』だと思うんだよ」
ケンカはしない。だが平気。
(話し合いで解決? ……まさかな)
締めてやろうとしている人間が暴力なしで済むとは思えない。たとえ真実兄が手を出さなくても、相手は遠慮しないだろう。相手は無傷で済んでも、青い髪が紫になるくらいは充分ありえる。それだけで済めばいいくらいだ。
「お兄ちゃんなら平気なの!」
今度はかなり強い口調。
自分の信頼している兄のことを疑う神崎に腹を立てたのか。ぷぅと膨らませた頬が可愛く見える。そう思ってしまってから、神崎は慌てて脳内の情報を混沌の地に投げ捨てた。
(マズい……あのクソ眼鏡が伝染しやがった)
そのクソ眼鏡は、今はここにいない。なにやらパン争いの裏工作をしにいったようだ。過去何回か、すべて無駄に終わったはずなのに。
二時限目と三時限目の間は休憩時間が短い。これは一・二時限目でもそうだが。
もともとそんなに授業を受けなくても差し支えのない不良軍団に比べ、真実兄は今まで一回もサボっていない。来ていなければ相当目立つ。それに、不良軍団の下っ端自らがここに来ているのを相当数が目撃している。そう考えると、彼らもずいぶんと時間を選ばなかったようだ。
時間を選ばない、その点では縁なしも同じだろう。
一分二分と過ぎ、休憩時間が終わる三十秒前に山村が戻ってきた。その表情は非常に浮かない。どうせ裏工作に失敗しただけのことだろう。
それから十五秒後に、真実兄が教室のドアを開けて中に入ってきた。
眼鏡以外のすべての視線が彼に集まる。
真実兄は視線集中に驚かされたのか、わずかに目を大きくした。それからフッと微笑むと、
「ただいま」
そう言って自分の席についた。
青に群がろうとしてた女子たちは、ほぼ同時に教室に入ってきた教師のために、一旦引き下がった。お昼休みに訊こう。ほとんどがそう思ったはずだ。
神崎はそんな兄を半ば睨みつけるように見ていた。
見たところ顔にはなんの傷もない。外傷を嫌った不良たちが腹に殴りを入れたのだろうか。
(それとも無傷か……)
その考えは少しだけ怖かった。
わずか五分くらいの時間。それで不良たちを納得させたのだ。いや、納得したのかどうかはわからない。とにかく、短期間で無傷で戻ってきたのだ。
妹の言うことが正しいのなら、兄は暴力を振るわない。
これはあとで訊くしかない。神崎がそう思った時には授業が開始していた。
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