第2章 これは今からの出来事 その5

「さて、帰りますか! ところで今日はどこへ行く?」

 眼鏡が元気にひとこと。

 放課後に甦るタイプのようだ。今さら肩を回しているあたり、なににやる気を出しているのだか。

 まだ平日の今日。明日も学校があるために、それほど遊んではいられない。もちろん、遅刻常習犯にはまったく関係のないことだが。

 山村は遅刻常習犯ではないのだが、いつも遊んでから帰る。それも割と遅くまで。

「俺はパス」

 鞄に教科書やノートなどをしまいながら、神崎はまるで興味がない。

「うっそだろ!?」

 すでに鞄にすべてをしまい終えている眼鏡が驚きに跳ねる。

「うそじゃなく」

 誘いを断った引け目などまるでない。当然の行為を取ったまでにすぎない。神崎が山村に気を使う必要はまったくなく、逆もまた同じこと。

 今日はどこにも寄らずに家に帰ろうと考えていた。よけいな露出をしていると、よけいなものに遭遇しそうだからだ。

「ねぇ、いっしょに帰ろ?」

 さっそくだ。神崎の思惑などお構いなしに。

「断る」

 間髪入れず。なにを言われたのかよくわからなかった妹が一瞬呆ける。すぐに自我を取り戻し、机に手をつく。

「え〜っ! どうしてぇ〜!?」

「どうしてもだ」

 理由になっていない。

 あまりにもあっさりと拒絶されたことがよほどショックだったのか、妹の目がわずかに涙ぐむ。そんな様子を見ても、神崎はなんとも思わない。

「……いっしょに帰ろうよ」

 かすかな鼻声。山村ならイチコロだろう。それ以前に彼なら断ったりしない。

「そんなに誰かと帰りたいんなら、こいつや兄貴と帰ればいいだろう?」

 妹の目を見下ろし、神崎はしまい終えた鞄を肩に担ぐ。

 ぶんぶんと赤い髪を横に揺らし、妹は机に両手をついて神崎の目を見返す。

「神崎君がいいの!」

 思わぬ大音声に教室が刹那の静けさに包み込まれた。すぐにざわめきが戻ったものの、眼鏡と青髪だけは視線が固定されている。

「……家はどこだ」

「二丁目! 駅のほう!」

 いっしょに帰ってくれるものと思い、妹が身を乗り出す。

「逆だ」

「……ぎゃく?」

 ひとつうなずくと神崎は席を離れた。

「ま、待ってよ!」

 慌てて追いかける妹。待たない神崎。

 ひとり取り残された眼鏡は、無意味にそれを外してから一枚の布を取り出した。息を吹きかけて眼鏡を曇らせ、布で拭い取る。改めてかけ直すと、

「それじゃ、行くかな」

 誰からの反応もない。わずかな寂しさと虚しさが襲いかかってくるが、これから遊んで発散すればいい。山村も教室をあとにした。

 そんな三人の姿を目で追っていた真実兄は未だに女子たちに囲まれ続けている。

「ねぇ、真実君は帰りどこか寄るの?」

「いや、寄らないよ」

「家はどこなの? 近いんならいっしょに帰ろうよ」

「家は二丁目だよ」

「きゃあ! あたし近い!」

「いいなぁ。私も二丁目だったらよかったのにぃ!」

 わいわいと騒がしい。

 その様子を、教室の外を通った集団が横目に見ていく。妙に人相が悪い。制服の着こなしもおかしい。その中でまだこなれていない何人かが耳打ちする。

 やたらとゆっくりとした速度で歩む集団。窓や壁に寄った者たちは目を合わさないようにして、彼らが早く通り過ぎてくれることを祈っているようだ。

 祈りが通じたのか初めからそうなる予定だったのか、集団は教室を通り過ぎてそのまま階段へと消えていった。

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