第2章 これは今からの出来事 その2

 それは見事にきれいな青髪と赤髪。

 ふたり並び立つ男女は、とても同じ腹から産まれた者たちとは思えなかった。

 左側に立っているのが青髪。それほど狭くはない肩幅に、山村もかくやという足の長さ。甘いマスクはすでに教室の半分近くを魅了している。

 右に並ぶは赤髪。ほんのり見せている笑顔が幼い。学内ナンバーワンだと思われる大きな目がクルクルとよく動いている。

 観察しているのだろうか。

「みんなに紹介する。今日からこのクラスの一員になる、真実勇気と真実愛だ。真実と書いて『まこと』と読む苗字だ。ふたり同時と珍しい形だが、我がクラスが受け持つことになった以上、楽しく愉快で痛快なクラスにしていこう。じゃあ、ふたりとも自己紹介しなさい」

 壇上からは中年始まりの男性教師の大きな声。本人はまだ若いつもりなのだろう、髪の毛は短髪でつんつんと立っている。目の周辺の皺が、なにをどうしようと年輪として刻まれてしまっているのが憐れだ。

 担任に促されると、まずは青髪が一歩前に出て、クラス中を見回してから口を開いた。

「みなさん、はじめまして。今日からこのクラスでお世話になる真実勇気と言います。まだわからないことが多いので、みなさんの協力を願いたいと思います。どうぞよろしくお願いします」

 深々とお辞儀。サラッとした髪の毛が流れる。

 教室内には小さく黄色いヒソヒソ声。確認はできないが、山村の舌打ちも聞こえてきそうだ。

「よし。じゃあ、真実も」

「ハイ!」

 元気な声。兄とはまるで違い、落ち着いた様子はない。

「あたしは真実愛です。お兄ちゃんといっしょで、わかんないことが多いと思うけど、あたしが何度もおんなじこと訊いても怒んないで教えてくれるとうれしいかな。これから兄妹でお世話になるので、よろしくお願いします」

 ペコリとお辞儀。ほんのり軽く。

 頭の動きに合わせてついてくる髪の毛が、軽くフワリと滑らかだ。

 その髪はうしろで一本に縛っている。長さは山村の好みである肩口やや過ぎの背中あたり。確認はできないが、おそらく彼の口元は緩んでいることだろう。

「……というわけだ。自分が知っているからと、このふたりにそれを求めるのは酷な話だ。わからないことは誰だってわからない。お互い教え合って成長していくのだから、協力するように。……では、出欠を取る。相澤――」

 次々と生徒は返事をしていく。

 顔を憶えさせるためだろうか、ふたりとも未だ壇上の人だ。兄はただ返事の顔を見ていて、妹はあちこちと視線を彷徨わせている。

 神崎は、そんなふたりの顔をじっと見ていた。


 ホームルームが終わり、担任の去った教室にはざわめきを通り越したものが充満していた。

「ねぇねぇ、真実君はどこから来たの?」

「真実君、わからないことがあったらなんでも訊いてね」

「みんな、真実君が困るからいっぺんにしゃべりかけないでよ」

 言いたい放題。

 真実兄はやんわりとした笑みで、それぞれの問いをよく聞いているのか小さくうなずいている。

 この騒ぎはおそらくは一時限目の授業が始まるまで続くのだろう。

 かなり騒々しい。教室の外、開き放ったドアからは、このクラスの住人ではない者たちの顔がいくつも覗いて見える。

 騒がしさに苛立ったのか、それとも転校生に興味を持ったのか。そのどちらかはわからない。

 授業開始までは時間はあといくらもない。すぐに引っ込んでいくことになるだろう。観客の男女比で女子が多いのは、おそらくは青髪のためだろう。

 囲まれまくっている兄に比べて、妹のほうはそうでもない。むしろ、自分から囲まれる前に歩いている。

 今現在妹がいるのは、なぜか神崎の真正面。そこにある席の主が青いところに行ってしまったために空いた席だ。

「はじめまして」

 妹は可愛らしく小首を傾げて、半ば覗き込むようにして神崎のことを見てきた。

 神崎はこの状況をどうしていいのかわからずに、「はじめまして」、とりあえず返しておく。

「どうしたの? 元気がないみたいだけど」

 初対面とはまるで思えない、多分にフレンドリーな口調で訊いてくる。

(どうして俺なんだ?)

「どうもしない。もともとこんな感じだ」

 ひどくぶっきらぼうに返す。もとより、自分でもわかっているが神崎はやや暗い。暗いというよりは落ち着いている。特に騒いだりもしない性格だ。

 そんな自分に真っ先に寄ってきた赤髪の感性を疑う。

「そうなんだぁ。クールでいいんじゃない?」

 妹は可愛らしい笑顔で両掌を合わせる。

(なにがクールだ)

 山村ならイチコロだろうその笑顔も、神崎にはなんの効果もない。逆に、早くどこかへ行ってくれとさえ思ってしまうくらいだ。

 ふと見れば山村がこちらに歩んできている。彼にしてみれば当然の行動だろう。

「キミは――」

「神崎だ」なにか訊きたそうだった妹の機先を制し、神崎は自らの名を名乗った。

「神崎君かぁ。神崎君は、魔法って信じる?」

 いきなりな質問だった。

(魔法だ? こいつ……電波か)

 ふたりだけ妙にファンタジックな髪の色をしていると思っていたら、話す内容までもがファンタジーだ。電波と見て間違いない。

 ちなみに『電波』とは、普通の人が言わないようなことを平気で言う人たちのことを指す蔑称だ。そこには相手を認める意味合いはない。

「……信じない」

 それでも律儀に返事をしてしまうあたり、まだまだ神崎も優しさを捨て切れていない。

「なになに、なぁ、なんの話してるんだ?」

 勢い込んで割り込んでくる眼鏡。ほんのりと紅潮している頬が鬱陶しく感じる。

 ようやく身代わりができた神崎は、その場を山村に譲ってしまおうと考えて沈黙する。

 ふたりの顔を交互に見る縁なしは、なぜか微妙に赤髪を見るほうが長い。なぜ、ということもないだろうが。

「ねぇねぇ。真実ちゃんはこいつの知り合いなの? なんだか親しそうだからさ」

(知るか)

「ううん。今日がはじめて」

「そっか。でも珍しいよね。真っ先にこんな無愛想な男に話しかけるなんて」

(ほっとけ)

「……もしかして、ひと目惚れなんかしちゃっていたりして」

 勝手に盛り上がる眼鏡を不機嫌な目で見上げて、神崎はさらに押し黙る。

 刺すような視線に気づいているのかいないのか、山村はわざわざふたりのちょうど真ん中にこっそりと割り込んでいた。

 さすがに背中からでは神崎の顔を見ることはできない。

 もともと、男の顔を見るくらいだったら自分の好みを見ているほうがいい。山村はそういう考えの持ち主だ。なによりそのほうが目に優しいし、心が弾む。

 山村の口元はきっとだらしなく緩んでいるだろう。

(任せたぞ)

 早く休憩時間が過ぎることを祈りながら、神崎は窓の外を眺めていた。

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