ドン覚醒
箱の中で恐怖で怯える少女は、見た目からは十歳くらいだろうか──突然蓋が開けられた事にも驚いたようで、身をびくんっと跳ねさせた。
どこも怪我をしている様子は見られない。
僅かばかり安堵に息を吐き、少女の口に貼られたガムテープを剥がしてやろうと手を伸ばす。
だが何か危険な事をされると思ったのだろう──少女は怯える目を見開いて狭い段ボールの中で、これ以上行き場が無いにも関わらず必死に手から遠ざかろうと身体を捩る。
無論、手足はロープで縛られている為に、身を更に縮める事も出来ないが。
一度手を引っ込め、頭を掻いて苦笑いする。
「大丈夫。オレは君に何もしない」
言うがそれでも、幼き少女は怯えを止まない。
相当恐い思いをしたのだろう……もしかすると、この子にも人をバラしていく瞬間を見せた可能性もある。
現在は乱闘騒ぎで悲鳴が鳴り響く最中、突然蓋が開けばそこには凶悪顔の男が居るときた──だがこれは致し方無い事だ。
とは言え次は自分が何か恐い事をされるのだと、勘違いしてもおかしくは無い状態。
再度頭を掻き、暫しどうすれば良いのか考えるも特に案は浮かばず、そのまま言葉を口にする。
「君を助けたい」
少女の見開く目から大粒の涙が頬を伝う。
じっと見据える事数秒、こちらの言葉を信じてくれたのか小さな頷きが返ってくる。
再びを手を伸ばして口を塞ぐガムテープを慎重に剥がしてやると、次いで手足を縛るロープを解こうとした。
しかしこれが厄介な事に結構頑丈に縛られており、なかなか解いてやる事が出来ない。
──切るしかないか。
そうは考えたが、今の自分の所持品には刃物が無い。
あるとすれば──
背後を振り返る。ここには連中が落としたナイフなどが沢山、それを使えば良い。
「それを切ってやるから、少し待っててくれ」
まだ怯えは見せているが、少女の頭をひと撫でして辺りを観察する。
フェルモはこちらに背を向け、襲い来る連中の相手──エルモとセルジョは刃物をぶつけ合う最中。
その中央で苦しみ倒れるギャング達。
中央の、それも今居る場から近い方に倒れる男の傍に、サバイバルナイフが落ちている。
見た限りでは男は失神しているようで、動き出しそうな雰囲気は感じられない。
今の内だと思い、その男の傍に落ちるサバイバルナイフを取りに向かう。
ナイフを手に取る事が出来ると、足元で仰向けの状態で気を失う男を見る。
男の腕は片方が折れており、通常ではあり得ない方向へ曲がっていた。
顔にもフェルモの拳を食らったのか、前歯が抜け落ち口から血を流しつつ──きっと鼻も折れているのだろう、鼻血も溢れて鼻から顔下半分は血で汚れている。
この時、フェルモに何度か言われた事も忘れ、再び背後に近付く者を許してしまう。
背後から感じた殺気──先程までであれば何も出来ずに居たが、この時は何故だが咄嗟に身体が動いてしまった。
そして、惨劇は無意識に行われた。
浴びる殺気に向かって後ろを振り返ると同時に、ナイフを握る腕を振るう。
瞬間──刃に当たる肉の感触、皮膚を切り裂く刺激がナイフを通って手に伝わる。
無意識にオレはギャング一人の首を、ナイフで深く切り裂いていた。
首を裂いたと同時にブシュッと激しく飛び散る血が、向かいに居た自分の顔面を濡らし──更にはスーツとその下の首元を覗くワイシャツを真っ赤に汚す。
何が起きたのか理解出来ぬままに、男は目を見開き言葉を発しようと口を開いたが、その口からはドバドバと大量の血液が溢れ出す。
男の手に持つ拳銃がオレの頭に向けられるも、それはほんの一瞬で過ぎ去り──撃つことなく腕はだらりと下がり膝から崩れ落ちていった。
己自信も何が起きたのかわからず、ただ呆然と足元に崩れる男を見つめる。
自分の手には血で汚れるサバイバルナイフ。
──死んだのか? オレが殺したのか?
転がる男の首から流れ出る血溜まり。
目は開いたままで閉じる事はなく、ぴくりとも動かなくなってしまった。
ドクン──
カウントダウンのベルが始まりを告げる。
ドクン、ドクン……ドクン。
激しく脈打つ心臓。
激しい痛みの襲う頭。
激しく狂い始める脳内。
──オレが殺した。ひとりの人間を殺した。わざとじゃなかった……いや、そんな事は関係ない。殺しは罪だ。……何故罪なんだ? 相手も殺しはしてるだろう? 相手も殺されて当然の人間? 殺しの感覚はどうだった……気分は最悪……違うな、最高か。快感か。……いや待て、オレは今何を考えて──
「ドンッ──後ろ!」
「……?」
もはや冷静な考えなど持てる状態になかったところへ、エルモの叫び声が飛んでくる。
直後エルモが姿を現すと同時に、背後に転がってい居た男の片腕を刀で斬り飛ばし、起き上がり掛けた男の首を靴底で踏みつける。
何事かと一瞬驚くが、状況を見るに失神していた男が目を覚ませば目の前に呆然と立つマフィアのボスが居るものだから、まだ動く腕を使い銃で撃ち抜こうとした──
だがそこをセルジョと交戦していた筈のエルモに気付かれ、現在の状況に至る。
そんなところだろう。
靴の下でもがく男にエルモは今一度、ぐっと脚に力を入れると再び男は気を失ってしまった。
セルジョもダメージの強い一撃を食らったらしく、腹を押さえて苦痛な表情でしゃがみ込んでいる。
傍へ寄るエルモに、ぼそりと声を漏らす。
「殺してしまった…………」
「え……あ、本当だ死んでる……それがどうかしたんですか?」
──ああ、そうだ。この男もだ。
こいつもまた、殺しは何とも思わない人間じゃないか。
血で汚れる手とナイフ。
顔は今し方殺してしまった男の血で真っ赤になり。
唇に付着する血を舌で舐めると、その味を確かめながら口元が歪んで笑いが込み上げてくる。
「ククッ……」
「ドン?」
……ドクン。
「……っ!?」
突如、脳味噌に直接釘でも打ち付けるような、そんな感じた事のない激しい頭痛──同時に吐き気を襲う程の目眩。
グルグルと全身を襲う感覚の中に、脳内に流れ出す己の知る筈のない裏社会を歩む記憶。
それはまるで走馬灯のように脳内を走り、全身に叩き付けてきた。
一瞬の出来事。
「あっ……」
マフィアの首領。
チェルソ・プロベンツァーノの記憶が甦る──
そして更なる悲劇──或いは、この場では遊撃か──
ドクン、ドクン、ドクン……
次なる異変が身体を襲う。
一気に頭痛が引くと、代わりに脈打つ心臓は激しさを増していくが意識が浮遊する──
──『さあ、交代の時間だ』──
ドクン……ドクン……ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクンドクンドクンドクンドクンドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドドドドド─────────ッ
「────」
この瞬間、チェルソ・プロベンツァーノを纏う空気が一変する。
全身を包み込む恐怖のオーラが爆発し、工場内全ての人間が己の動きを止め目を疑う。
傍に居たエルモは勿論、フェルモとそれに交戦するギャング連中全てがチェルソ・プロベンツァーノを凝視した。
何が起きたのだとギャング連中は戸惑いを見せる中、懐かしき感覚にエルモとフェルモの二人は確信する。
ドン=チェルソ・プロベンツァーノが覚醒したと──
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