染み着く血
ドクン、ドクン──と速まる心臓。
身体の奥底から湧き上がる熱。体温が急上昇しているのが感じられた。
目の前の男達が行うあらゆる暴力から、どうしようもなく目を背ける事が出来ない。
ここへ来たときから感じられていた血の臭いがより強烈に、より攻撃的に、全身に叩きつける悪臭は増していく。
しかし、もはやこの身体は血の臭いなど慣れている。
それどころか、血に餓えているのだろう──これではまるで吸血鬼にでもなった気分だ……血を見て喜ぶとは。
嫌でも自然と上がってしまう口角。
怪我で地面に転がる連中、地面を点々と濡らす血液──それらを見ていると、どんなに頭では否定しようとも抗えず、口元には自然と笑みが溢れる。
それとは対照に、精神は徐々に落ち着いていく。
ドクン──
──ドクン……
「……ん?」
今の自分の心にどう対処して良いのか考えていると、表の出入り口とおぼしき扉の前にも段ボール箱が置かれている事に気が付く。
先程まで工場内の壁を背に、左右に広がるギャング連中が邪魔をしていて見えなかったようだ。
今は皆がバラバラに動いている故に、段ボール箱の存在を知る事が出来た。
外にもあった物と同様の、大型の段ボール箱。
ただその場に置かれいるだけでなんの変哲もなく、気にするような事でもないのかもしれないが──何故だがそれに妙な違和感を覚えた。
数秒じっと見据えれば、信じられない事に箱の蓋が僅かに動いたのだ。
「何だ?」
眉間に皺を寄せ、首を傾げる。
気のせいだろうかと、動いたように見えた段ボール箱を再び見つめるが──そこへ銃を握る男が目の前に現れ、額に冷たい銃口を宛がってきた。
その男は頭部に何かを叩き付けられたような怪我をしており、そこから流れ出す血で顔半分を真っ赤に染めている。
それにより片目は血で濡れ塞がり、閉じている状態。
男は乱れる息遣いで、片目のまま満面の笑みを浮かべて嬉しそうに告げる。
「マフィアのボスの首っ! 俺が貰った!」
「……」
通常であれば、拳銃を突き付けられている現状に恐怖するのが普通かもしれないが、今のオレにはそんな感情すら浮かばない。
既にこれは異常だと、それすら思えなくなっている。
警戒心すら芽生えず──目の前の男に向け、はっきりゆっくりと一言、言葉を伝える。
「お前には殺せない」
「あ?…………なんだ、さっきと雰囲気ぐがああっ……」
銃を突き付けていた男は、弾を発砲する事なく自身の身体が吹き飛ぶ。
正確に伝えるならば、横から狙って勢い良く飛んできた鉄パイプが男の頭に直撃したのだ。
そして鉄パイプと一緒に、加わる衝撃の重さに男の身体は横に吹き飛んでいった。
別の男の頭を鷲掴みにしながら、フェルモの声が掛かる。
「だからっ、あんまボーっとしないでくれっ……て……ん?」
フェルモはこちらを見て声を張る最中、オレに何かを感じ取ったようで眉をぴくりと動かす。
しかし感じた
今し方見た事を確認するように、近付いてくるフェルモに告げる。
「……あの段ボール、動かなかったか?」
「え? いや、俺は見てねぇんで」
「そうか」
オレを気に掛けながらも他の連中の相手をしているのだから、そんなところまで目が行く訳もないか。
違うのなら良い──気のせいならば。
「少し見てくる」
「はあ!? だから、勝手に動き回るのは……ああっくそ!」
オレが動き出せば、当然その背後から襲い来る者達が居る。
それでも不思議と不安も恐怖も抱かずに、背を向けて歩く事が出来るのは護ってくれる者が居るからだろう。
背後を振り向く事もせず、目的の場所へ向かって歩みを進める──抗議の叫び声は聞こえるがそれは無視をして。
「……ったく、傍を離れるなって言ってるのに! 自由な所は記憶飛んでも変わり無しか!?」
フェルモは直ぐに追おうとするが、勝手に歩みを進める己の上司を襲いに掛かる連中を、近付けさせない為にもただただぶん殴る。
蓋が動いたように見えた段ボール箱に向かうには、元居た場所から約二十メートル程の距離。
そこへ向かいながら、未だ刃物を叩き合う二人を見る。
大して先程と変わった様子は感じられない。
強いて言うならば、セルジョが更に傷が増えたくらいだろうか。
頬には無数の切り傷が増え、腕や脚も斬られ衣服が破れている。
一方エルモの方は相変わらず、負傷した箇所は無さそうだ。
地面を蹴って走り、セルジョは身を屈めエルモの胴体に向け刃物を横一文字に振るう。
そのスピードは上々。決して遅い訳ではない。
だがエルモはその場で足を着いたまま腰を後ろに反らせ、笑みを浮かべたまま余裕の表情で攻撃をかわす。
セルジョは一旦腕を引いたが、脚を前に出し直ぐに次の攻撃を仕掛けた。
それをエルモは腰を逸らした状態から、綺麗に円を描いて後ろに向かい飛び上がる──と同時に、自分へ向けられた刃物を持つ相手の腕を脚で蹴る。
──これがコイツらの喧嘩か。
そんな事を頭の片隅に置き、目的の場所に着いてしまった。
勘違いであれば良いがと思いながら、箱に手を掛けそっと蓋を捲る。
「……っ!?」
開けた段ボール箱の中には、口をガムテープで塞がれ、手足をロープで縛られた少女が入っていた。
それもまだ、生きている状態で──
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