VS『開始』

 

「必ず役に立って見せる! 殺しだって出来るし、損はさせない! 初めは下っ派の、下っ派からで良い……すぐに名を上げてやるから」



 どこら辺に対してそこまでの自信があるのか、尚も己の言葉を紡ぎ出すセルジョに、笑いを堪えていたフェルモがついには耐えきれず腹を抱えて吹き出す。



「かはっ、こいつぁ笑えるねぇ! てめぇはただの憧れと殺しが出来るって程度・・で、ファミリーの一員なれると思ってんのか?」


「……どういう意味だよ」



 フェルモの発言には、怪訝そうな顔で首を傾げるセルジョ。

 だがその答えをセルジョが知るよりも先に、関係の無い新たな発言を向ける。



「そう言えば、お前の親父さんは警察の人間なんだって?」


「ん……ああ、そうだけど」


「犯罪事に手を染めて、親父さんは何も言わないのか?」



 身内の話が突然飛んできた事へ驚いたようで、一瞬セルジョは目を丸くさせ視線を逸らす。

 精神が狂人なバカ男とはいえ、身内に関しては触れられたく無いものと思ったが、どうやらそうではさなそうだ。


 視線が逸れた後、俯き気味に暗い表情を見せたかと思えば──数秒後には綺麗な歯列を並べて笑う。


 セルジョは手に持つ刃物の先端同士を擦り合わせ、工場内に金属の擦れる音を響かせた。



「ははっ、そりゃあ激怒されたさ! だからムカついて殴って切って殴って切って切って、切ったてやった! そしたらなんと親子の縁まで切れちまったよ」


「……へぇ。バカ息子とは縁が切れて、親父さんもさぞ嬉しいだろうな」


「はは……おかげで親父は俺が怖くて近付けねぇ。だからここいら周辺では、俺が居れば小さな悪事はし放題さ」



 なるほど。そう言うことか。

 どんな犯罪に染まっていようと、バカ息子可愛さに警察として動かないのかと思ったが違うらしい。


 自身の身の危険を感じて、警察すら動けないか……理由としてはどのみち最低ではあるが、これは丁度良いではないか。

 こちらで捕らえて、このバカ息子とそのお仲間を差し出してやろう。



 そう思った時だった──



「ふふふ……」



 すぐ傍に立つ小柄な影が震え、笑い出す。



「エルモ、どうした?」


「すみません、ちょっと……時間差で……ふふっ」



 先程も何やら笑いを堪えていた様子だったが、エルモは未だそれを引きずっているようだ。

 年齢に合わず童顔で小柄とあって可愛らしい容姿ではあるも、意外と腹黒い性格をしている事は、今日の様々な発言で理解している。


 そんなエルモが次にどんな言葉を紡ぎ出すのかと、僅かばりハラハラしたのだが案の定な事が起こる。


 そしてこれを機に、一気に空気が動き出し──最悪な展開へと幕を開けた。



「切り裂かれる弱者の悲鳴を聞いてるだけで、快楽に溺れよがってるような変態玉無し男を想像したら可笑しくて。まぁ、そんな奴は沢山知ってますけど……。ふふふっ、悲鳴聞きながらあんたはイケましたかぁ?」


「んなっ……!?」



 エルモの嘲笑しながら吐き出されていく侮辱に、セルジョは呆気に取られた後に顔が真っ赤に染まる。

 その言葉にフェルモも大声を上げて笑い出し、侮辱された側のセルジョは歯が砕けるのでも思わせる程の強い歯軋りが鳴る。


 セルジョが手に持つナイフの先を、エルモに向け仕返しとばかりに叫ぶ。

 部下になりたいと言う割りには、全く敬意を表さず先輩になるだろう立場の相手でもお構い無しだ。



「うるっせぇな餓鬼ガキ! てめぇの股にぶら下がってるモン切り落として女にしてやろうか!! そしたら少しは、見た目通り可愛い口が利けるようになるかもしれねぇ! 女になった暁には俺とこいつらでたっぷり可愛がってやるよ!」



 セルジョは一気に捲し立てると呼吸が乱れ、肩を上下に揺らして息をする。

 その声に一瞬静まり返った空間。しかし左右に広がるセルジョの仲間達が、今度は一斉に笑い出し口々に己の思いを発する。



「良いなぁ、セルジョ。俺もその案に賛成」

「確かに僕ちゃんは可愛い顔してるし、女の子になれそうじゃん」

「面白そう! 楽しそう! 」

「まじかよ、お前ら新たな扉の開放か?」

「……おれは男のままでもいいなぁ」

「おい誰だ!? 今ぼそっと男でも良いって言った奴は」


「…………」


「ああ……こりゃあ、エルモを怒らせたな」



 追い討ちを掛けるように発せられた数々の台詞に

 、エルモは表情を無くてして俯く。

 小柄な彼の背中は、僅かに震えている。見た目と相俟って、この状況からでは泣いているのかとすら勘違いしてしまう。



 しかし、この男がそんな筈もなかった。

 やはりと言うべきか、当然と言うべきか──


 エルモ・ジャネッラの口元には、綺麗な歪みが作られた。

 そこから覗き得る笑みは、狂者を漂わせ、狂気を含んだ、殺人鬼そのもの。

 下を向いていた顔が上がると同時に、窺えた表情でよりはっきりとそれは伝わる。


 瞳孔は開き、犬歯が覗き、喉の奥から湧き上がるクツクツとした笑い声。

 狙いを定めたターゲットからは一切の視線を逸らさずに、右手に構える刀は背に背負う鞘に納め、左手は構える刀の柄を強く握りしめた。



「ぼくは餓鬼ガキって言われるのが、何よりも大嫌いなんだよ…………その他の言葉は百歩譲って許せてもね。お前なんかこれ一本で充分だ……ミンチにしてやるっ!!」



 身を屈めて地面を蹴り上げ、エルモは一直線に走る──狙いを定めたギャングのリーダー、セルジョに向かって。



 ──速い!

 エルモが向かってくるのを瞬時に感知したセルジョは、両の手に持つシースナイフを身の前で構えた。

 しかしそのスピードはあまりにも速く、構えた瞬間には既に目の前に。

 そして一瞬、エルモはセルジョの視界から姿を外す。


 ──消えた!?

 そう思わせたが、違った。

 実際にはエルモはセルジョの目前で上に向かって地面を蹴り、高くジャンプして頭上から刀を振り下ろす。


 キイィン──ッ


 激しくぶつかり合う金属音。

 頭上から振り下ろされた刀はギリギリ頭蓋を叩き斬り裂く事が出来ず、セルジョは二本の刃物を使って身を防御した。



「へぇ、防げるんだ……0.0001パーセントぐらいは認めてあげるよ! 変態くんの身体を弄った闇医者に感謝するんだね」



 防御されたと当時に地面に着地すれば、エルモは華麗なステップを踏んで後方へ下がる。

 セルジョから僅かに距離を開けたエルモだが、余裕たっぷりでいつでも飛び掛かれる体勢。



 緊迫する空気。

 ざわりと揺れる、セルジョを除いたギャング集団。

 そこへ待ってましたとばかりに、フェルモが右手の拳を左手にパシリとぶつけ──威勢の良い声を上げた。



「さてと、それじゃあ俺も仕事始めますかねぇ。残りは纏めて俺が相手してやるぜ」



 その声に触発され、集団は各々の武器を構える。

 わかってはいた事だが、どうやら血を無くして捕らえるのは難しそうだ。


 溜め息が出る。

 果たして今日は一体、何回溜め息をついたことか。もはや数える気などさらさら無いが、そんな事を思いつつまたしても溜め息が重なる。



 ここで一度、セルジョに向けはっきりと言っておかねばならない事がある。



「悪いが、オレはお前を部下に迎える気はない。それと全員纏めて警察に投げ込む」


「どうして! ってか、え……警察!?」


「ほら、余所見しない!」



 セルジョからは抗議と疑問の声が上がり、対峙するエルモから視線が僅かに逸れたと同時に、走るエルモが直進し刀を突き出す。

 だがセルジョは看破で避ける。


 エルモに殺気を感じる事から、確実に殺しに掛かっているのが窺える。


 もう一度注意をしなければいけないのか。



「エルモ、怒る気持ちはわかるが……そいつは殺すなよ」


「いくらドンの命令でも……」


「絶対だ」


「……承知しました。では、殺さずにミンチにしますね」



 ──どうやってだ?

 そう問いたくなるのを堪え、苦笑いが浮かぶ。



 エルモとセルジョは刃物をぶつけ合い、フェルモと残りギャング達が一斉に動き出す。

 響く銃声、擦れ合う金属音、骨の砕ける音──


 起こり始めた乱闘に、またしても深い──深い、溜め息が止まらない。



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