怒声

 

「んあ"あ"っ!? ……あ、足がっ……!?」



 男は苦痛による悲鳴と共にその場に尻から崩れ、腰を曲げ大きく口を開いた両の足首の痛みにもがき苦しむ。

 エルモは現れた男が懐に手を入れた瞬間、即座に身を屈めて男の背後に回り込み愛用の武器──長刀で男の両足首の裏を斬りかかった。


 骨すら覗く深い切り傷。

 これでは走って逃げるどころか、歩く事すら出来ない状態だ。

 まぁ、腕だけで地べたを這うことは出来るかも知れないが。



 男が倒れた時に懐からは取り出そうとしていた銃が、ゴトッと鈍い音を立てて地面に落ちたのをエルモが靴の爪先で蹴り、男の身から遠ざけた。


 流石はドンの身辺警護をしていた男だ。 動きが早い。



「これをやったのはお前か?」


「ああっ!?」



 段ボール箱の中身を指差しながら低くそして怒気の含んだ声を出すと、痛みで地面を転がる男が睨み様にオレと目が合う。



「だから、お前がここの人達を斬ったのか?」


「……それを知ってどうすんだ? 俺が答える必要は…………ひぃ!?」


「どうやら自分の立場すら理解出来ない、能無しみたいですね」



 答えるのを拒もうとした男の首元にエルモの刀の先が宛がわれ、更にはペシペシと刃先で顎を叩く。

 その様子にオレはひとつ溜め息を吐いて、エルモと転がる男の間に入り刀を手で押さえ刃先を首から遠ざけてやる。



「エルモ……あんまり恐がらせるな」


「ドン!?」



 それに面食らった様子のエルモを置き去り、オレはしゃがみ男の斬られた足首をちらりと見て眉を下げ──なるべく優しげな声が出るのを演じて語り掛ける。



「痛いか? 悪いな……部下は手加減がわからないみたいだ。 でも、この斬られた人達はもっと痛かったと思うんだが……お前にはそれがわかるか?」


「はあ?」



 男は痛みで目に涙すら滲ませ顔を歪ませているが、どうやらオレの言葉には理解が及ばないらしい。

 能無しならば、痛覚も無いのだろうか。

 仕方なく間抜けな声を出す男に、もう一度語り掛ける。



「きっとお前の何倍も、何十倍も、いや……何百倍も痛い思いをしたと思うんだよ。 それがわかるか?」


「はっ……だったら何なんだよ!」



 ああ……駄目だ。 言葉が通じないのか?

 苛ついて仕方がない。

 強がっているのかもしれないが、男が笑ったのを見てカチンとスイッチが入る。


 オレは一度虚空を仰いで息を吸い込むと男の胸ぐらを掴んで勢い良く引き寄せ、互いの額がぶつかる程に近付く。



「だからっ……お前には痛みがわかるかって、聞いてんだろうがっ!!」


「……っ!?」



 びりびりと空気を震わせ、腹から飛び出した怒声を男に浴びせる。

 自分でも想像を越える音量が口から突き抜け、横の工場の扉すら微々ではあるが震える錯覚すらした。

 叫んだ自分ですら耳が痛む。


 足首を斬られた男はこの怒声にビビったのか、或いはただ単に驚いてるだけなのか……大口と目を開いて硬直してしまった。

 怒声と共にドンの凶悪顔もおまけされれば──常人なら見た目だけで逃げそうだが──それなりにビビっても仕方ないと言えよう。


 固まる男を見ていても、どうしようもない。

 本当はまだ質問したい事があったんだが……まぁ良い。


 叫んでしまったら苛つきが若干すっきりした気分にも代わり、オレは男を離すと立ち上がり自身の腹部に手を添える。



「しまった……叫んだら腹の傷が……」



 弾丸を受けた腹部は驚異的な回復で傷は塞がったものの、まだ完治した訳ではない。

 叫んだ事で傷がズキズキと痛む。

 さっき走った時は何とも無かったのに……



 気を取り直し後ろを振り返れば、こちらもまた目を見開き固まる男が二人。

 エルモは先程、面食らった以上の驚きを表情に出しており、フェルモは驚きと笑いを混ぜたような奇妙な表情をしている。

 この二人の反応からして察するに、以前のドンならあり得ない事を仕出かしてしまったみたいだな。


 一応ロジータの反応も見てみるが、彼女は特に驚いてる風は無く俯いて何やら囁いている。

 何を言ってるのか聞こえず、近付いて確認しようとした時──何重にも地面を蹴る足音。


 煩くした為に、他の者が気付いてやって来たのだろう。


 はっと我に返ったフェルモとエルモがすぐに動き出し、背後で護るようにオレの前に移動する。


 因みに地面に転がる男は、そのまま転がしておく。

 移動ついでにエルモが男の腹を一蹴りし「ぐえっ……」とか声がしたが、これは見なかった事にしておこうか。



 やって来たギャングは十人ばかり。

 皆それぞれ手には銃を構え、オレ達に向けられているそれはいつでも撃てる準備が成されている。



「二人とも、まだ何もするなよ」



 部下二人が先手を打とうとする前に念のため声を掛ければ、フェルモからは抗議の目が向けられた。

 だが、その目は敢えて無視してギャング連中を見る。



「お前達の中にリーダーは…………居そうにないな。 工場の中には居るのか?」


「ここで何してやがる!? 見られたからには生きて帰らせねぇぞ!」



 おお。 なんとも悪者らいしい台詞だ。

 ただ虚勢は良いも、声を発した奴は手元も脚も震えている。

 怯えている。

 人数は向こうが上でも、瞬時に自分の方が非力だと悟ったのだろうか。



「俺……あいつ、知ってる…………セルジョが言ってた、マフィアの……ヤバイ奴だ」



 連中の一人、端の方でこちらに銃口を向けながらガクガクと全身を震わせ、顔が引きつり蒼白し今にも逃げ出そうと靴先が外へ向けられている男。

 そいつがオレに目を向けている事から、どうやら面が割れているみたいだ。



「そのセルジョってのが、リーダーか?」


「ひいっ! 無理だ!!」



 ただ問い掛けただけだったんだが……恐怖が限界のようで今しがた蒼白していた男は慌て、脚をもつれさせながら背を向け逃げ出す。

 しかしそれを許さない者は居る。


 逃げ出す男の前に立ちはだかるフェルモ。

 図体はでかくとも、身のこなしは早い。


 男は咄嗟にフェルモへ銃口を向けたが、それがなんだと言わんばかりにフェルモは男の両手首を纏めて大きな掌で握る。

 そしてそのまま上に持ち上げたかと思えば、男の身体が地面から浮いてしまった。


 より強く掌に力を加え、男の両手首を締め付ける。

 すると男の持っていた銃は手を離れ落ちてしまう。

 たった片手でひとりの男を軽々と持ち上げてしまうとは、力自慢は流石だな。


 男もただ持ち上げられているだけでなく、それなりに抵抗もした。

 フェルモの胴体に向け蹴ろうともがく。

 だが体勢的にもきつく、男の足先は掠れる程度にしかならない。



「はっ、それだけか? もう何もしねぇなら地面で寝てな」



 ──ゴキッ



「……っ!? ぐあああっ!?」



 フェルモの手に更に力が入る。 聞こえた鈍い音からして、持ち上げられた男の手首の骨が折れたのだろう。

 そして空いていたもう片方の腕が、男の鳩尾に向け勢い良く発射され殴る一撃。

 あの感じではまた骨が折れていそうだ。


 男は口から涎を垂らし白目を晒し、完全に失神してしまった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る