震え

 

「ほお。そりゃあ、興味が湧くねぇ」


「湧かねぇよ……」



 興味を抱いたようで口元が笑うフェルモに対し、オレはそれを否定する。

   フェルモは口元の笑みは消さず肩を竦めた。



「ドン、箱の中身ですけど、殺られてそんなに時間は経ってないと思います」


「何でわかる?」


「なんとなくってだけで、ぼくの勘です」



 段ボール箱から滲み出る血の量から判断したようで、隣に立ったエルモは声を沈め告げる。

 嫌な予感がする。そう思った時だった。


 再び地面を転がる車輪の音──台車が複数押されて来たではないか。

 数は四台。どれも先程と同じく大箱の段ボール箱が台車に乗せられ、その段ボールからは赤黒い液体が滲み出ている。


 ドサリ、ドサリ……と地面に段ボール箱が置かれ、運んだ男共は元来た場所へ戻っていく。

 合計五つの箱が並ぶ。

 それも血溜まりの中に置かれる段ボール箱。


 その場景を見つめるオレの身体には鳥肌が立ち、脚が震え、手が震え……身体全体が震えだした。

 それでも血溜まりから目を離す事が出来ない。避ける事が出来ない。

 決して見ていたいものではない筈なのに、どうして。


 この瞬間、身体の奥底から沸き上がるゾワゾワとした不思議な感覚が襲ってきた。

 この感覚は知っている。前世でもきっと体験した事はあるような気はする。

 でも、何なのかがわからない。


 それとは別に確信して言えるのは、オレの身体の震えは恐怖からくるものじゃないって事だ。

 どうしてだかわからないが、今この瞬間に恐いと感じていない。


 いや、正確に言えば──恐いと感じる事が出来ないでいる。


 であればこの震えはなんだ。

 怒りか? そうであって欲しい、でもこの感じはそれとも違う。

 この状況でありえないだろ……油断すると笑い出してしまいそうな、この感覚は何なんだ。



「震えてる……ドンは興奮してるのね? 貴方の大好きな血を見て」


「……っ、オレが?」



 耳を疑う言葉が振り掛かった。

 興奮している? 血を見て?

 何を言ってるんだ。

 そんな訳があるかよ。


 オレは……オレは確かに今、チェルソ・プロベンツァーノの身体を借りて生きている。

 でも中身は違う。心は岸 まさしであって、警察官だった。

 この状況で興奮なんてする筈がないんだ。



「馬鹿を言うな……」



 なんとか声を絞り出す。

 この場には何をしに来たか思い出せ。

 あいつらを……ギャング集団を捕らえに来たんだろうが。

 このまま帰る訳にはいかない。


 オレは手に血管が浮き出る程に力を入れ、身体の震えを無理矢理抑え込む。

 震えが止まれば段ボールから出る血溜まりからも漸く目を逸らす事ができ、深呼吸と共にゆっくり瞼を閉じた。

 時間にして約二秒。

 瞼を開き、再び血溜まりに視線を向けると控える部下に声を掛ける。



「オレは以前の記憶が無い。 だから全く戦力にはならない。 お前達はオレを護れる程、強いんだよな?」


「そうだ」


「そうですね」


「当たり前じゃない! あたしはすっごく強いよ!」



 これは心強い言葉だ──と、素直に感じて良いものなんだろうか悩むところだが、まぁ今は良いって事にしておこう。



「であれば、計画変更だ。 今居る人数はわからないが、このまま奴ら全員を捕らえたい。 動けなくすれば良い、出来るか?」



 問えばエルモとフェルモは互いに顔を見合い、導き出した答えを楽しげに告げた。



「「半殺しであれば」」


「……許可する」


「良くわかんないけど、あたしも参加して良い? 良いよね!」



 片手を大きく上げてその場でジャンプするロジータを見ると、思わず苦笑いしてしまう。

 遊びではないんだが……

 まぁ、人数は多い方が良いか。



「お前達三人に命令だ! オレを護ってギャング集団を捕らえろ!」



 声を上げるとすぐにオレは走り出す。

 まず何よりも先に確認しなくてはならない事がある。

 それは──段ボール箱の中身が本当に人の死体かどうか、だ。


 いきなり走り出した事に驚いたようで、後ろの男二人は何か叫ぶも気にする事なくオレは真っ直ぐ段ボール箱へ向かう。


 近付くにつれ強い悪臭が鼻を刺激する。

 これはもう決定的じゃないか。


 走り出した脚は箱を前にして急激にその動きを止めた。

 想像していたよりもそこにあったモノは悲惨であり、絶句する。


 段ボールの蓋は五つ全てが開かれており、中に何があるのかがすぐに確認する事が出来た。

 オレがその場で動けずに箱の中を凝視していれば、後ろから駆け付けたエルモが呆れ声を出す。



「うわーぐちゃぐちゃ……これ斬れない刃物で無理矢理に切断してますよ」



 そこにあったのは頭部はもちろん胴体、関節から全てがバラバラに切断された人の死体。

 それらが元の一個体として、ひとつずつ段ボール箱に入れられていた。


 オレは遅れながら慌てて口元を手で押さえる。

 来るであろう嘔吐に備えて。

 だが、予想に反して全く嘔吐感はやって来ないではないか。

 どうして……言葉は悪いが、この死体を前にして気持ち悪いとすら感じていない事に、戸惑いすら覚える。



「ぼくならもっと、綺麗に斬ってあげるのに……」



 エルモの声が耳を抜けていく。

 見たところ成人した女が三人と男が一人、老人と思われる男が一人。 箱の中にある。



「こんなにされて可哀想ね。 あたし治してあげたい」



 少し意外だったのがロジータの悲しむ声。

 盗み見るように視線を向けると、ロジータの悲痛な表情がそこにはあった。

 白骨を運ぶのに興味を持って廃工場まで追って来たと言うから、これには動じないものだと思ったがそうではないらしいな。



「おっと、誰か来たぜ」



 フェルモの声で男達が先程、台車を運んで来た方向へ顔を向ける。

 そこに居たのは、初めに段ボール箱をここへ持ってきた男。

 何かを確認しに来ただけだったのか、今は何も運んできてはいない。



「なっ!? 誰だお前ら!?」



 男は驚き様に声を荒げ、オレ達を見て只者でないと判断したようで懐からなにやら取り出そうと手が動く。

 だがそれを許さぬよう、瞬時に反応したエルモの刃が男に向けられた。

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