段ボール箱

 

「おい、オメェは何でここに居るんだ?」



 フェルモはロジータを見下ろし尋ねる。

 ロジータはというと更にオレに近寄り、あろうことか腕に絡み付いてくるではないか。

 オレはされるがままであり、そしてロジータはそのままフェルモに向け視線を上げる。



「その質問を先にしたのはあたしよ? まだ答えてもらってないわ」


「面倒くせぇな……」



 フェルモは溜め息を吐くとがしがしと頭を掻き、廃工場に向け親指を立てた。



「ここに居るギャングを見張ってんだよ。捕らえる為に」


「捕らえる? どうしてよ」


「警察に突き出すんだって。ドンの命令です」



 ロジータは意図がわからないと首を傾げ、丸く大きな瞳を瞬かせる。

 しかし警察と聞けばその瞳は瞬時にオレに向けられ、次いでフェルモとエルモの順に回った後に何が可笑しいのか笑い出す。



「きゃははっ! 冗談止めてよね! つくならあたしが言った嘘よりマシなの出してよ」



 目に涙まで浮かべて笑うロジータに、オレは一言告げる。



「本当だ」


「……へ?」



 オレの言葉に、笑っていた顔のまま固まるロジータ。

 互いの視線を合わせながら一呼吸置くと、腕に絡み付いていたロジータはそっと離れ一歩二歩と後ろに下がった。

 すると今度は腹を抱えて笑い出したではないか。

 しまいには笑いすぎて咳き込み始める程に、彼女には何故だか大受してしまった。



「きゃははははっ! はっ……ははっ。 やだもうドンたら、それは何かメリットがあるの? ドンが出向く必要があるかしら? 邪魔な奴らは、あたしが消してあげるよ?」



 目尻に浮かぶ涙を指先で拭い、ロジータの口からは矢継ぎ早に言葉が飛んでくる。

 それに対しオレは苦笑いを浮かべて返す。



「メリットはこれ以上被害者を出さないため。 オレが来たのはまぁ……いろいろある。 それと、消すのは無しだ」


「ふーん……退屈そうね」



 ロジータは急速に興味を無くしたようで、視線は地面に落ちて唇を尖らせ呟く。

 そこへ待っていたフェルモが声を上げる。



「おい、こっちの質問はまだ答えてもらってないぞ。おめぇはここに何しに来た?」



 後ろに両腕を回しロジータは自身の手で手を繋ぎつつ、その場でくるりと一回転し大空に顔を向け笑顔を見せる。



「仕事終わって暇してたらね、死体ゴミ運んでる連中が居たの。 なんか面白い事ないかなーと思って、そいつらの跡を着けてたらここに辿り着いた! って、だけよ」


「そのゴミって言うのはなんだ?」


「死体よ」



 フェルモの問いにさも当然といった笑顔でこたえる様は、やはりマフィアの人間である事を示している。

 それも死体運びを見て面白そうな事は……と、考えるあたりは理解しがたい。


 ──と、ここでひとつ気になる事が。



「ん? オレ達はここに暫く居たが、君以外に誰も来なかったが……」


「確かに、ぼくらは見てませんね」



 死体を工場に運んで来た者が居るのなら、見張っていた自分達がそれを見逃す筈がない。

 エルモも同感だと頷く。


 しかしそこにロジータからの衝撃告白が届く。



「だってここに来た奴らはみんな裏口・・から入ってたよ。 こっち表じゃない」



 この告白にロジータを除く三人が固まる。

 それぞれ三人が顔を見合わせると、代表してフェルモが先に声を上げた。



「裏口はここに来て最初に確認してんだよ。 けどさまか、そっから出入りするとは思わなかったぜ」



 ああ、そうだ。確かに確認はした。

 この場に来た時点で裏口への扉の状況を見た時、まずこの扉は使わない・・・・だろう……と、勝手に思い込んでしまった。


 それは何故か。

 鉄製の両開きの扉。その扉の取っ手──ハンドルが鎖でひとつにぐるぐる巻きにされ、更には扉を塞ぐよう段ボール箱が山のように積んであった。

 これを見た時にわざわざここからは出入りする事はないと考えたが、どうやらそれは甘い考えのようだったな。



 ゴロゴロ──ゴロッ

 ドサッ──

 

 車輪のようなものを転がす音に、地面に何かを置いた音。

 不意に届いたその音に、オレの背筋に緊張が走る。


 フェルモが倉庫の陰から僅かに顔を出し、その正体を確認すると笑みを含んだ声が掛かる。



「どうやらあちらさんも、お掃除の時間みたいだぜ」



 オレもそっと陰から覗き、工場の表出入り口前に視線向ける。

 するとそこに見えたのは、大箱の段ボールから滲み出る赤黒い液体。

 液体の滲む段ボールに背を向け、裏口方向へ歩き去る男が一人。


 車輪と思われた音の正体は、去る男が押す台車。

 その台車へ段ボール箱を乗せ、表出入り口前に運んで下ろしたのだろう。


 滲む液体、これは──



「血……だよな」


「ああ」



 オレの声にフェルモが短い返事をよこす。

 あの段ボール箱の中身は死体が入っている──

 そう考えるのが正解だろう。


 そして裏口にあった段ボール箱は、この為に用意されていた物なのだろうか。

 もしそうだとすれば、まだこれから数が増える可能性もある。

 そうなる前に捕らえなくてはならない。

 目の前の現状が十分な証拠になる筈だ。


 ギャング集団が全員殺しを認めるとは思えないが、事実血の出る段ボール箱が運ばれてきた。

 まぁ中身を確認した訳ではないが、先程ロジータは死体を運んで来るのを見たと言うし。


 もし、あれが襲われた人間なら……



「ロジータ、悪いが屋敷に行ってカルロにこの事を伝えてくれないか。 人も大勢連れてきてくれ……ここに居る連中だけでも捕らえたい」


「あたしの愛するドンのお願いならいいわよ! ただ……あれ、あたしが見た死体ゴミじゃない」


「どうゆうこった?」



 ロジータはオレの背後──背に密着して、同じく血の滲む段ボール箱を見ている。

 しかし中身までは見えない。

 フェルモは怪訝そうに片眉を上げれば、無情な返答がロジータの口から発せられた。



「あたしが見たのはもうだったから。 あんな生きたのじゃないよ」


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