倉庫前
廃工場を見張ってから一時間ほど経つが、いまだ何も起こる様子は見られない。
ここに本当に人が居るのかと思うほど静かである。
今はフェルモがでかい図体を倉庫の影に隠して工場を見張る。
オレはその背後、でかい背中に自然と隠れる位置に立ち、そんなオレを挟むようにエルモは隣に居るが地面に座っている。
エルモは自身の愛用する武器の先で、転がる石ころをつつく。
その武器が何なのかは知っている。
なかなかオレも実物を間近で見る機会はなかったが。
それは──
「日本刀」
「え?」
と、つい声に出てしまった。
エルモが愛用している武器は三本もの日本刀。
身の丈に合わず長刀が二本。もう一本が短刀。
長刀は二本が背に交差する形で背負い、短刀は腰に横にして配置している。
エルモはその短刀を腰に括り付けられた鞘から抜いて、石をつついて遊んでいたのだ。
エルモは感激した様子で声を上げる。
「流石はドン! ジャパニーズソードの事は覚えているんですね!」
「ん……まぁな」
これでも中身は日本人なんでね。
詳しくは無いが刀くらいは知ってる。
ついでを言うと、オレも武器は持たされた。
ドンが愛用していたというオートマチック式の銃。
それが今、オレの懐には入っている。
銃の扱いは少しくらい慣れている。
なんたってオレは元、警官だからな。
銃の使い方くらいは知っているし、射撃場でなら実弾の発砲もしている。
それでもやはりドンが持つものだけあって重厚感が違ったし、手に持たされた時には震えが出た。
この銃では何人……もしくは何百人と殺してきたかもしれないと思うと、そんなものを懐にしまうだけでも嫌悪してしまう。
しかしオレが外に出るための条件のひとつとして、武器を持つこと。を言われてしまい、渋々承諾した。
オレは一切撃ち込む気なんてないから他は持ってくるのを断ったが、屋敷にはドン愛用のライフルやらショットガンやらがわんさかと銃が出てきた。
愛用武器はそれぞれあっても、銃はファミリー全員が必ず所持しているそうだ。
寧ろ銃を持たないマフィアは存在しない。
因みにだが、隣に立つフェルモの武器……いや、武器と言って良いのかわからないが、それは力だ。
腕の力がフェルモの戦力になるそうだ。
まだその力がどれ程のものなのかは見てないのでわからないが、聞くところによると厚さが二十センチの鉄の棒は簡単に減し曲げる事が出来る。
地面のアスファルトも殴れば簡単に穴が空く。
人間離れした力がフェルモの自慢。
もはやそれは鉄人じゃないのだろうか。
「このままじっとしてたって意味が無いと思わねぇか? 近付いて様子見てくるぜ」
痺れを切らしたフェルモは工場から視線を外してこちらを向く。
それに速攻反応したのがエルモ。
「だったらぼくが見てきて良いですか? 退屈で落ちてる石でも数えようと思ってました」
「今は誰も居ない可能性だってあるしよ」
「そうだな……」
確かに誰も居ない場所を見張っていました……ではアホのようだが、工場の出入り口とこの倉庫の間は少し離れている。
その区間、身を隠す場所は無い。
鉢合わせでもしたら少し厄介である。
フェルモはその図体からして只者で無いのは伝わるし、エルモは刀を持っているので当然警戒はするだろう。
かといってオレが向かっても同じ事と思う。
数秒の間を置いて指示を待たずしてエルモが動き出そうと立ち上がる──と、同時に頭上から高い声が降り注ぐ。
「チャオ」
反射的に三人の視線が一斉に上を向く。
見上げればそこに居たのは美しい顔を持つ少女。
何故こんな所に女の子が!?
いや、それよりどうやって屋根の上に!?
疑問が脳内を走る中、エルモは嬉々とした声で少女を歓迎した。
「ロジータちゃん! 会えて嬉しいな」
「
「まさか、あの子はファミリーの仲間か!?」
倉庫の屋根の上に居る──ロジータと呼ばれた少女は、躊躇いなく屋根を飛び降り身体を一回転させて見事に地面へ着地する。
金髪のショートカットは肩口で外ハネし、瞳の色はルビーカラーで爛々と輝いている。
身体のシルエットもとても美しく、その身もまた黒のスーツを纏う。たが、下は超が付くほどのミニスカートである。
歳は十代後半──て、とこだろうか。
突然の事に驚くオレと目を合わせてくるロジータ。
じっと見つめられたかと思うと、こちらにゆっくりと歩み寄って来る。
オレとの距離は僅か1メートルの辺りでロジータの脚は止まり、屈託の無い笑みを浮かべた。
「チャオ! ドン。あたしの一番愛する人! 記憶の事は聞いたけど、あれは本当みたいね」
「……知ってるって事は、君は戦力になる人間か……」
ロジータの言葉にオレの頬は引きつる。
こんな女の子までもがマフィアの戦力になるのか……屋根からも平然と飛び降り、オレを──ドンを前にして笑っていられる。
他の連中──フェルモやエルモ、カルロを除く部下は皆、ドンを前にすれば恐怖で震えすぐに態度として表に見える。
しかしロジータはそちら側ではないようだ。
「あたしの事も忘れたの? 悲しい……でも大丈夫よアモーレ。あたしは何があってもドンに就いていくわ。だって貴方のフィアンセだもん!」
「そうなのか!?」
「嘘だぞ」
「ちょっとフェルモ! 黙っててよ! せっかく忘れてるなら嘘言っても良いじゃない!」
驚いたじゃないか。
こんな凶悪顔の極悪人に、同じマフィアの人間とはいえ可愛い十代の女の子が婚約関係にあったなんて、絶対にあってはならないぞ。
「ねぇロジータちゃん、ぼくの恋人になってくれても良いんだよ?」
「ごめんなさい。エルモは趣味じゃないの」
「そっかー残念だけど、また今度誘うよ。でもぼくは彼女さん沢山居るから我慢しますね」
「そうなのか!?」
今日もオレは何度となく驚かされる事はあったが、エルモのこの発言は上位にランクインする程の衝撃であった。
「お前は顔に似合わず随分とエグい奴なんだな」
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