最強に恋して その3

「今からその必殺技を見せる」

 真人は首や拳をバキバキと鳴らすと、旭の方をじっと見据えた。

「え? え? 何、俺の方見てんの? もしかして俺のことす……」

「冥王悩殺煩悩破壊拳ッ」

「ゴバァッッ!」

 真人の拳が旭の顔面を捉えた。旭の体はバランスボールのように跳ねて壁に激突した。

 す、すごい威力だ……。名前は絶妙に奇妙だが……。

「これが冥王煩悩抹殺拳だ」

「名前が微妙にかわっているぞ真人……」

 さては適当なネーミングだな……。

「だが、この技は未完成でな。見ろ」

 真人の指差した方を見ると、旭がゆっくりと起き上がるところだった。

「ヤツがまだ生きているのがいい証拠だ」

「命を奪う気だったのか!?」

「この……野郎……」

 旭はものすごいスピードで真人の目の前まで踏み込むと、その腹筋めがけて拳を放った。

「冥王破邪撲殺拳!」

「グボァォッ!?」

 以下同文と言いたくなるほど、同じ光景が目の前で繰り広げられた。

「完成させるんだ。純、お前がな」

 吐血しているところを見ると、傷は深そうだ。

「ということでお前も一発食らっとけ」

「……え?」

 背後から起き上がってきた真人に両腕を拘束されてしまう。

「ちょっ! そんなバカな話があるのか!?」

「誰がバカだァァァァァァァァァァァァ!」

 まずい。ここで旭の攻撃を食らってしまえば、明後日までに完治するのは難しいだろう。今の旭に手加減をする余裕は無さそうだから、なんとか避けなければ。

「くっ、見様見真似! 冥王大義名分拳! 防御バージョン!」

「ぐお!?」

「こ、これは……!」

 僕は旭の拳と真人の体を思い切り吹き飛ばした。二人はバランスボールよろしく、床を跳ね、壁にめり込んだ。

 道場に束の間の沈黙が訪れる。

「危ないじゃないか。怪我でもしたらどうするんだ」

 怪我なんてことになれば、いよいよ由乃に勝てなくなってしまう。それだけはなんとしても避けなければいけない。

「こいつ……」

「……天才だったか」

「…………?」

 なかなか起き上がらない二人が何を考え込んでいるのか分からなかった。



「まず、この技についてだが、これは拳に溜めた『気』の衝撃を相手の体の内側で一気に爆発させてダメージを与える」

 ……だから、『気』とは一体なんなんだ。その謎の概念は一体なんなんだ……。

「急ぎだからいきなり第三段階から始めるが、この気の衝撃というのは殴打と同じ衝撃で、それを連撃として爆発させる」

「連撃として……というのは」

「分かりやすく言うと、相手の体内でお前の殴打が何発も何発も繰り返される。そうだな……今日中に十連撃は出来なければ、本番には間に合わないな」

 たしかに急ぎだ。いくら旭と真人が付いていてくれるとはいえ、それでも今日中に十連撃とは……。

「ちなみにだが、二人は何連撃できるんだ?」

「旭は五十、俺は五十一だな」

 ……やはりすごい。本当にさっきの一撃をくらわなくてよかった。

「おいおい真人、逆だろ。俺が五十一でお前が五十だろ。寝ぼけてんなら、純に見せるついでにお前に冥王金剛波紋拳くらわせるぞ」

「あ? 逆に俺が冥王覇者返しするぞ」

「じゃあ、冥王明王返し返しだ!」

 もう名前はどうでもいいのか! そして、なんという子供じみた言い合いなんだ!

「「冥王拳!」」

 ついに冥王だけになってしまった! 逆に執拗に残り続ける冥王とは一体何なんだ!

 と、そんなことを考えている場合ではない。衝撃波に備えて防御しなければ。

「うえ……くそっ……頭がいてぇ」

 ま、まずい! こんなタイミングで寝込んでいたつかちゃんが!

「危ないっ! つかちゃん!」

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 くそ、やるしかない! ここでやらなければいけない!

「防御結界、天上鉄壁てんじょうてっぺきッ!」

うおぉぉぉ……道場が揺れている。本当に人間をやめているぞ! 二人とも!

 そうやって、必死にたかちゃんを守っている内に、冥王拳の衝撃は収まった。

「え……何、防御結界って……」

「人間離れしすぎだな……お前。少しは世界観を気にしろ」

 一番言われたくない人たちに言われてしまったよ! なぜ急にそんな冷静になるんだ!

「くっ、俺は現代ファンタジーの世界に迷い込んじまったのか……?」

 つかちゃんの疑問ももっともだった。そろそろ決着をつけないと。

「あ、そうだ、純。浅沼さんを倒すには、多分千連撃くらいしなくちゃならないから、できれば今日で三百連撃くらいは……」

「それは無理だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 絶望と希望に弄ばれている気がしてならなかった。



 結局、今日は二十連撃までしかできなかった。

 帰り道で今日の反省点について話し合っていた僕たちは、通りがかった河川敷でとんでもないものを目にする。

「――ああ、こんな時間に会うなんて珍しいわね」

 そこには、数え切れないほどの男たちが倒れ伏す中で、一人佇む浅沼由乃がいた。よく見れば、倒れているのは全てヤンキーと呼ばれる男たちだった。羽にさえ見えるほど長い学ラン、気合の入った赤いハチマキ。フランスパンを彷彿とさせる巨大なリーゼント。プロレスラー顔負けの金属のように鍛え上げられた肉体。誰も彼も常人ではまず勝てないと思われる男だった。

「ちょっと肩慣らししとこうと思ってね」

 現実離れしたその光景は美しくさえあった。隣の三人はどこまでも怯えていたが。

「……一応、頑張れ」

「あれ五億連くらいしないと勝てないんじゃないか」

「いや、弱気だな!」

 戦うのは僕だけども!

「あぁ、そうだ真壁。分かってると思うけど……」

 由乃の瞳が獣のようにギラギラと、その輝きを増す。

「この決闘、どちらかが死ぬまでだから」

 それは、確かに僕が恋した人物だったが、しかし、どうしても違う生物だと錯覚してしまう。

 底の知れない、生物として根本的に違う、次元の違うオーラ。圧倒的な格。

 これが、浅沼由乃のもう一つの顔。

「さあ! 家帰って気持ちよく入浴してご飯食べて寝よう!」

「完全に現実逃避し始めたな……」

「浅沼さんに挑むなら、一度は通る道だ。問題はそんなやつが、明後日には逃避した現実と殺し合いの決闘をしなくちゃならないことだな……」

 晩ごはんは何にしようか! そうだ! エビフライにしよう! あ、やっぱりやめよう!

「はははははははっ!」

 一体、僕はどうなってしまうのだろうか。

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