最強に恋して その2

 日差しの強さが気になり始める、そんなある日の朝。

 Cクラスの人間はその光景を見て騒然としていた。

「これは?」

 学園一の強さを持つ浅沼由乃。その彼女の机の上に一枚の紙が叩きつけられた。

 叩きつけたのはこの僕、真壁純だ。

 由乃は読んでいた本を閉じると、僕の方を鋭く睨んだ。

 ……読書中はまずかったかもしれない。

 そして、さすがの迫力だ。抑えようとしても指先が小さく震える。

「果たし状だ」

 僕の言葉に教室が一段と騒がしくなる。

「おいおい……流石に無理だろ……」

「いや、でも真壁なら死ぬほど汚い手を使えばワンチャン……」

 周りの騒ぎようとは反比例して、僕と由乃の間の空気は恐ろしく冷え込んでいた。

 由乃の全てを射抜くような鋭い視線に、何もかもを見透かされた気分になる。嫌な汗で全身がベタついてきた。

「皆の衆おっはーん! あれれ? どうしたの二人が話してるなんて珍しいね! あ、もしかして由乃がまたなんかやっちゃったのかな!? ドンマイドンマイ! 気にしなさんなって! 人間誰にでもミスはあるよ! ていうか由乃、顔が怖ぐぅぅぉおおおお首が本来不可能であるはずの可動をしている!」

「自分から言っといてなんだけど、安川に由乃って呼ばれると腹が立つわ」

 教室に入ってくるなり首が真後ろに回った旭はとても元気がある。乙宮さんと仲直りできたのだろう。よかった。

「日時はそこに書いてある。正々堂々、勝負だ」

 言い切ると僕は由乃の席から離れた。不安はある。勝つ算段なんてない。だけど、男にはやらなければならない時がある。

 それが今だと、僕は判断した。

 由乃の方を見ると、由乃は僕が叩きつけた果たし状を、始業の鐘がなるまで睨み続けていた。



 しかし、よく考えてみれば今まで由乃に勝つ方法というものを具体的に考えたことはなかったように思う。

 それもそのはずで今の僕と由乃の間には絶望的な実力差がある。

 例えるなら、バスケットボールを始めたばかりの人間とNBA選手、それほどの差が。

 どう勝つのかと聞かれれば、覚悟を決めて無茶苦茶をするしかないと答えるが、それでも由乃にダメージを負わせられるかどうか。

「おい、純!」

 その時、僕を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、なぜか自信満々の表情で旭が仁王立ちをしていた。その隣では真人が、こちらもなぜか自信に満ちたニヤけ顏で、ドアにもたれている。

「浅沼さんとるんだってな」

「手を貸すぜ」

 ……由乃禁止になったんだな旭。

 と、ともかく、二人が手を貸してくれるのはありがたい。二人と特訓するのは久々だからな。

「しかし、二人とも大丈夫なのか?」

「俺はもうバッチリよ! 花火大会が楽しみだなぁ……ムフ」

 とにかく気持ちが悪い笑みを浮かべる旭とは対称に真人はどこまでもさわやかな笑顔だった。

「俺の方は問題自体は何も解決していないが……追い込まれすぎて精神が一周したんだろうな、何も辛くなくなったんだ」

「それは大丈夫なのか……?」

 白い歯が太陽光に反射して眩しく光ったが、真人の影はどこまでも暗かった。

「おおーす。お、今日は旭と真人もいんのか。てか、めちゃくちゃ久しぶりじゃねーか?」

 つかちゃんはいつもの動きやすい服装に着替えていた。

「つかちゃんこそ……相変わらずなんて艶のある髪だ……」

「それは男友達に言う台詞じゃねぇだろ!」

 つかちゃんも合流して久しぶりの四人特訓が始まった。

「よしっ! じゃあいつも通りランニングからだ!」

 そう言った直後、旭と真人の姿が消えていた。

「なっ……二人はどこへ……」

 慌てて窓の外を見ると、二人がとんでもない速度で学校から飛び出して行くところだった。

「おいっ! ついてくんなよ真人!」

「お前がついてきてんだろ! 離れろボケ!」

 二人の姿はあっという間に見えなくなってしまう。

「つかちゃんっ! 急いで二人を追うんだ!」

「えっ? おい!」

 あの二人でさえ、由乃には遠く及ばないんだ。なら、あの二人を超えなくては由乃に勝つなんて到底無理だ!

 僕は急いで二人の後を追いかけた。

 しかし、走れど走れど、二人の姿は見えず、やっと追いついたと思った時には……。

「お、純ちゃん! おーい」

「中ボロボロだったぞ」

 目的地である道場に着いていた。……くそ、まだこの二人にも追いついていないのか。

「つかちゃんが来てからにするか」

 息も絶え絶えで、その場から一歩も動けない自分がとても惨めに思えた。

「純、ここからは真面目な話だ」

「お前にしては珍しくな」

「そう俺にしては珍しく……」

 額を擦り付けて睨み合う二人に、僕は酸素を取り込んでなんとか尋ねた。

「真面目な……話?」

「そう。純、勝負の日時は?」

「……明後日の放課後、近くの河川敷だ」

「明後日か……ギリギリだな」

 たしかに旭にしては深刻そうな顔をしている。尚更、内容が気になってくる。

「それがどうかしたのか?」

「純……今のお前が浅沼さんに勝つのは、はっきり言って無理だ」

 本当に、はっきりと言い切られたその言葉に、一瞬、目の前が真っ暗になった。無理……。

「……実は俺と真人も一年の頃に浅沼さんをボコボコにしてやろうと特訓したことがあったんだ」

「旭と手を組んだこともあったが、結果は変わらなかった」

 いや、さらっと話しているがこれは要するに同級生の女の子を二人掛かりでボコボコにしようとしたということだろう?

「かなり最低なことをしているな……」

「いいか純、実力以上の相手に勝つにはなアレがいるんだ」

「アレ……?」

 旭はアホンとわざとらしく咳払いをすると、一度目を閉じてから、カッ! と目を見開いて力強く言った。

「必殺技だッ!」

 …………。

 辺りが静まり返る。

「……必殺技だッ!」

「いや、聞こえているが……必殺技というのは最初に旭や真人が使っていたような技だろうか?」

「いや、正確には違う。必殺技というのは書いて字の通り、必ず殺す技だ。つまり一撃、実力以上の相手さえ屠る、奥の手だ」

「まさか……二人がこのタイミングで来てくれたのは……」

「その通り、明後日の決闘までに必殺技を身につけてもらうためだ」

 それはまさに希望そのものだった。

「休憩したらさっそく必殺技の特訓だ」

 疲労を感じる。今にも倒れそうなほどフラつく体、内側から割れそうなほど強く乱暴な頭痛。

 しかし、それ以上に、僕を突き動かす熱いものを、体の内側に感じた。

「やってやる……!」

 立ち上がる僕の顔には笑みが浮かんでいた。

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