最強に恋して その1

 目を覚ますと、そこは冷たい床の上だった。外はいつのまにか明るくなって、白い光が室内に射し込んでいた。

「……寝てしまったのか」

 重い体を起こすと、僕は室内を見渡した。

「……行こう」

 道場は、最初来た時の手入れの行き届いた神聖さはなく、壁や床がボロボロに破壊されていた。



 最近は走って登校するようにしている。距離はそこまでないので汗もかかない。

「おはよう!」

 教室に入るとまず挨拶。

 次にお決まりのあの言葉を告げる。

「僕は結婚を前提としてお付き合いをする彼女ができた!」

 その瞬間に教室中に殺気が満ちる。ドブ川にでも浮かんでいそうな汚い殺気だ。

「……ッ」

 僕はいち早く殺気に反応すると、その場で大きくジャンプした。

 下を見ると、さっきまで僕が立っていた場所に数人が拳を繰り出していた。

「「「なっ……消えッ……!」」」

 一点にばかり気を取られていてはいけない。空中にいる僕に、すでに数人が飛びかかってきている。

「ッッくらえ!」

 それぞれが鉤爪やモーニングスターなどの武器を持っている。

 ここは『一手』先を……。

「……姿が」

 姿が消えて見えるほど高速で動き、相手の背後に回り込むと下にいる人間に投げ飛ばす。

「ウガッ……!」

 男子たちが倒れていく中、文房具がこちらに飛んでくる。僕はそれを指と指の間に挟んで受け止めると、飛んできた方向に投げ返した。

「うぎゃあ!」

 そこでようやく攻撃が止んだ。嫉妬に狂ったクラスメイトを無力化した証だ。

「おい……純」

「うわ!」

 声に驚いて振り向くと、すぐ後ろに友人の安川旭がいた。

 旭は身体中ボロボロで目の下に深い隈ができていた。表情も暗い。

「お前……強くなるのはいいけど、絶対団あいつらを強くするのはやめてくれよ……」

 そう言うと、旭はふらつきながらどこかへ歩いていった。

 あの調子だとまだ乙宮さんとは仲直りできていないらしい。僕との戦闘で絶対団かれらの動きが良くなっているのは薄々感じてはいたが、旭があそこまで疲弊するほどとは……。

 彼らの性質上、色恋話が嘘と分かっていても突っ込んできてくれるが、やはり嘘話である僕と実際に男子の憧れである乙宮さんが対象の旭とでは向けてくる嫉妬も質が違うのだろう。

 旭もこの二ヶ月で以前にも増して強くなっているはずだが、やはり乙宮さんとの件が効いているのだろうか。

 僕はポケットから、丁寧に折りたたまれた一枚の紙を取り出して開いた。

「……花火大会か」

 たしかに、旭が焦る気持ちも分からなくはない。なんとか花火大会までに仲直りをしておきたいのだろう。

 それに夏休みに入れば毎日のようには会わないだろうから、仲直りをするのはより難しくなる。

「ハナビタイカイ……?」

「花火大会がなんだって…………」

「マカベェ、俺たちと綺麗な花火上げようぜぇ!」

「お前で……きたねぇ花火を上げてやるよォォ!」

 確実に倒したはずのクラスメイトたちが続々と、ゾンビのように起き上がってくる。動きだけじゃなく耐久性能も間違いなく向上している。

「それも楽しそうではあるが、今回は遠慮させてもらう!」

 再び教室に男たちが舞った。



 ☆



「じゃあみんなまた明日!」

 別れの挨拶を済ませると、最高速度で学校を飛び出す。

 以前よりも道場に着く時間が早まったのは言うまでもないが、最近は二人で鍛錬を積んでいる。

『ごめん、しばらく行けそうにない……』

 旭は乙宮さんとの仲直りができるまではおそらく来れないだろう。それもいつになるのかは分からない。

 真人は。

『すまんな……真壁……。俺はしばらく身を隠さなくちゃならなくなった……。体が鈍らないようにはしておくが、特訓も俺の命があってだ……』

 と怯えながら、言っていた。

 本当は学校へも来たくないらしいのだが、一人でいると恐怖で潰れそうになるので仕方なく登校していると震えながら答えていた。

 いったい何にそこまで怯えているのだろう。

 最近ではデザインが統一され、新しくなった絶対団のマスクを着用してまで顔を隠し始めた。

「つかちゃんは……」

 道場の前で道の向こうを眺める。すると、フラフラと一つの人影がこちらへ向かってきているのが見えた。

「へぇ……へぇ……いつもながら疲れるぜ」

「また早くなっているぞ、つかちゃん」

 つかちゃんはあれからもずっと鍛錬に参加してくれている。辛い辛いと何度も弱音を吐き、倒れる度に奮起して立ち上がってくれた。

 つかちゃんの諦めない姿勢には僕自身も何度助けられたか分からない。

 ……やはり、友達というのはいい。

「さぁ、今日もやるぜ……とその前に」

 つかちゃんは顔中にかいた大粒の汗を、既に濡れているTシャツで拭った。

「ちょっと水分補給させてくれ……体力が落ちたのか、最近どうも疲れる」

 それも仕方のないことだった。梅雨は明け、空では雲が少しずつまとまりを見せている。

「毎日走ってんだけどなぁ……」

首を傾げるつかちゃんに、僕は空を見ながら言った。

「……夏だ」

いつもより濃い木々の影が、そよ風に吹かれて揺らいだ。


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