ビッグバン
とある日の朝。教室に鈍い音が響いた。
「…………ッ!」
音の方を見ると、そこには由乃の前で這いつくばっている純がいた。
「くぅ……」
苦しそうに呻く純に由乃が何かを言っている。
「勇敢だな……純も」
最近、純は打倒、由乃に燃えていた。
朝と昼休みは必ず絶対団に喧嘩を売り、放課後は走り込みをしている。そこまでするなら運動部に入った方がいいんじゃないかと言ってみたのだが、
『僕の目標は、由乃を倒して男として認めてもらうことだ。僕一人の身勝手で彼らの汗を濁らせることはできない』
なんて、かなり真面目に返されてしまった。
もちろん、その通りではあるけど……。どうやら純はかなり本気らしい。
放課後。
いつものように走り込みに行こうとしている純に声を掛けた。
「どうしたんだ旭」
その場で駆け足をする純の姿を見た。
絶対団との度重なる戦闘で、制服も純もボロボロだった。
「大変だな……純も」
涙ぐむ俺に純は「いやいや……」と手を振った。
「旭の方が大変だと思うが……。どうするんだ……そのバトル漫画顔負けの
純に言われて俺は自分の額を触った。
実はアソビランドで小町と過ごしたことがバレて、これまでにないくらい暴徒と化したクラスメイトと
教室に血が飛び交った地獄の二週間は、他クラスの生徒から
そこで俺は額に疵を負い、戦線離脱を余儀なくされたが、運良くこの学校の武力ツートップであるごっつぁんと由乃が「うるさいし汚い」という理由で絶対団を一人残らずボコボコにして生徒指導送りにしたため、なんとか助かったのだった。
「大丈夫大丈夫っ! むしろ主人公っぽくて気に入ってるんだ」
「バトル漫画なら主人公かもしれないが、ラブコメディならネタキャラじゃないのか……?」
さすがの小町でもこの疵痕を見た時は、泣いて俺の胸に飛び込んできたっけな。
「ひっく……! えぐ……!」
「おい泣くな。男だろ?」
「男じゃありません…………だって……! ぜんばい……!」
小町は大粒の涙をこぼしながら、大声で叫んだ。
「疵が‼︎」
「安いもんだ。疵の一つくらい……無事でよかった」
その後、我に返って死ぬほど小町を拒絶して周りを確認したけど誰にも見られてなくてよかった。
「で、どうしたんだ?」
「ん、ああ。走り込み、俺も一緒にやらせてくれないか?」
俺の言葉に純はポカンと口を開いた後、警戒したような目で俺を見た。
「まさか……純も由乃のことを……?」
「いやいや、まさか。誰があんな、素敵な女性を落とすことができましょう」
廊下から顔を出した由乃に俺は慌てて言葉を変換した。危ない……今度は疵じゃ済まなかったぞ……。
「いや、なんかさ。頑張ってる純を見て、俺も少しでも力になりたいって思ったんだよ」
「本音は?」
「少しでも強くなってあいつらを潰してッ! 乙宮と仲良くなるんだ……なーんてね!嘘冗談!」
俺は心から純に協力したいと思ってるんだ。その気持ちに嘘はない!
「ま、まぁ何にせよ力になってくれるのならありがたい。とりあえず軽く河川敷まで行こう」
ということで、動きやすい格好に着替えて河川敷まで来た。
「で、ここからどうするんだ?」
一応、河川敷までも軽く走ってはきたが、全員まだまだ余裕がある。
「ここからすこしペースを上げてあるところに行くわけだが……それより」
純は俺たちを一人一人見つめて言った。
「なぜ真人とつかちゃんもいるんだ?」
純の疑問につかちゃんは元気よく答えた。
「聞いたぜ真壁。強くなりたいんだって? 奇遇だな! 俺も強くなりたかったんだよ! 俺のことを可愛可愛いって言ったやつらを驚かせてやる!」
気合い入りまくりのつかちゃんとは逆に、真人は明後日の方向を虚ろな目で映しながら言った。
「誰にだって倒したい人間の一人や二人、いるもんだな……」
「し、真人はどうしたんだ?」
「触れないでやってくれ……まだ過去編やってないから」
そんなこんなで四人、あちらこちらを純について行きながら走った。
「ハァ……ハァ……到着だ……三人とも」
そこは小さな道場だった。『奥義伝授します』と張り紙がある。
「ここで修行するのか?」
「みたいだな。さっそく中へ入るぞ」
道場の中へ入ろうとした俺と真人を純が慌てて呼び止めた。
「ちょっ……ちょっと……二人とも……っ。なぜそんなに元気なんだ……」
純はまだ息が整っておらず、喋るのもやっとという感じで、膝に手をついて大汗を流していた。
俺は真人と顔を見合わせると、大きく深呼吸をした。
「ゼェ……ッゼェ……ッ!」
「す……少し休憩してから……中に入るか……」
「や、やめろォッ!わざとらしい演技なんぞしなくていぃーーッ!」
どうやらスタミナは俺と真人が少しだけ上だったらしい。純が悔しそうな顔で汗を拭っている。
「あれ?そういえばつかちゃんは?」
辺りを見回すと、ふらふらとこちらへ向かってくる人影を見つけた。
あれは……。
「ゼェッ……ハッ……グ…………ウッ……お、おぉい……」
つかちゃんは真っ青な顔で、目も焦点が合っていなかった。
「これはマジでやばそうだな……」
急いでつかちゃんに駆け寄った俺は、物語冒頭で激怒する例のメロスを思い出した。
☆
「で、なんでわざわざ着替えるんだ」
道場の中に入った俺たちは純の言いつけで道着に着替えていた。
「この道場を貸してくれた人の言いつけなんだ。ここを使うときは必ず道着を着るようにと」
「そうなのか……まぁ、道着なんて滅多に着る機会ないし、いいけど」
着心地も悪くない。心が締まるというか、強くなった気になってしまう。
「ところで真壁。ここで何をするんだ」
「ああ、そのことなんだが……あれを見てくれ」
純が指差した方向には何やら道場にはそぐわない、正方形の石が置いてあった。大きさは俺たちより少し大きいくらいで、厚さは人間と同じくらい。中心に拳くらいの小さな穴がある。
「あの石材の中心にある穴はこの道場の師範代が開けたものだ」
「へぇ……どうやって?」
「ーー素手だ」
「素手⁉︎」
真人は石材の穴を触ると、こちらに振り返った。
その顔はまさに戦う男の顔だった。
「師範代からの第一の課題がこれだ。僕は正拳突きでこの石材を貫かなくてはならない」
「ま、マジかよ……」
「第一課題ということはこの先もあるのか」
真人は石材に近づくと、ゆっくりと表面を撫でて……
そして。
石材をグーパンで貫いた。
「…………は?」
道場に沈黙が訪れる。
パラパラと、真人が貫いた石材の穴から破片が落ちる。
「……荒いな」
石材から腕を引き抜いた真人は、薄い表情で言った。
「さ、次に行くか」
「いや、行けるわけがないッ!」
真人の言葉に純は全力で反対した。
「な、なんなんだ! 何者なんだ君は! これはアレだろ! 数ヶ月修行してできるようになるやつじゃないか! これはもはや才能というものを超越しているぞ!」
引いていたはずの汗を大量にかく純の表情は驚きと悔しさと困惑が混じった複雑な表情になっていた。
その師範代がどういうつもりで純に石材抜きをさせているのかは知らないが、そう簡単にできることではないぞ、これは。
「ドードーまぁまぁ、落ち着け。純も修行すればできるようになるから」
「そういう問題ではな……待て。その言い方、まさか旭。君もできるのか……?」
純の問いに俺は首を横に振った。
「まさか。あんなのそう簡単にできるわけがないだろ」
「ほっ……そうだな……って旭、何を……」
俺は石材の前で目を瞑ると、力強く握った拳を押し当てた。
そこから拳に『気』を溜める。
「いや、『気』ってなんだ。その一般人は知らない未知の概念を用いそうなのをやめてくれないか。なぁ旭」
そして、一気に解放する……!
「フンッ!」
しかし、石材には穴どころか傷一つ付いてはいなかった。
「やっぱり無理だな……」
「よ、良かった……旭にまで石材抜きを成功されたら僕の立場が無くなってしまう」
次は僕の番だ、と今度は純が石材の前に立った。
「ん?なんだ……このヒビは」
よく見ると、石材に小さなヒビが入っていた。さっきまでは無かったものだ。
ヒビは徐々に大きくなっていき、やがて石材全てにヒビが広がった。
「こ、これは……」
「危ないっ!」
俺は純に飛びついて石材から離れた。
すると、石材は誰も触れていないにもかかわらず、バラバラに弾け飛んだ。
道場に破片が飛び散る。
「な、何が起こったんだ……」
「やはり成功してたか……『
「『
「ビッグバンは『気』を対象の内側に流して衝撃を爆発させる対リア充用の技だ」
「結構恐ろしい技だった……。あと、『気』について詳しく教えてくれないか」
石材の破片を素早く掃除した真人が道場を見渡して言った。
「石材も無くなったことだし、対人戦するか」
「お、いいね。やっぱ対人じゃないとな」
「嫌だ! 僕はこの二人と戦うことに恐怖しか感じない!」
「まずは俺と真壁だな」
嫌々喚く純を無理矢理、真人の前に立たせる。
「くっ……これも由乃に振り向いてもらうため……真人。君を倒す!」
純が真人に向かって突進する。
「ここだッ!」
純の射程距離。
腕の届く範囲で振るわれた右拳を真人は姿勢を低くして簡単に避けた。
「う……うおおおおおおああ!」
「覇道の相『破拳圧』」
ギリギリで身を捻らせた純の腹を掠めて、衝撃波が道場の壁を削りとった。
「は……は……」
「くそッ! こんなんじゃダメだ! もっと……もっと強くならなければいけないッ!」
「いや、色々と突っ込ませてくれ! 覇道の相⁉︎ 破拳圧⁉︎ なんだそれ! なんだあの威力!」
純はめちゃくちゃになった壁を指差した。
「人が死ぬぞ! こんなセリフ高校生のうちで言うとは思わなかった!」
お、純もいい感じに興奮してきたな。よし、次は俺の番だ。
「ほら、どきなされ真人。次は俺だ」
「ま、待ってほしい……旭、ビッグバンだけは……」
「友達に使うわけないだろ。それに俺の
逆にあんなのポンポン撃てるようなやつは人間じゃない。それこそ、ごっつぁんや由乃のような怪物にだけ許されることだ。
「そ、そうか……しかし、それを差し引いても僕たちの実力に差があるのは事実……二人には胸を借りるつもりで挑ませてもらう」
純は大きく深呼吸をすると、さっき一瞬見せた『男の眼』で俺を見据えた。
「行くぞ、旭」
「いつでも」
空気が張り詰める。酸素を取り込む量が無意識のうちに減っていく。
俺は純を見据えたまま、小さく深呼吸をした。
瞬間、同時に動いた。
「うおおおおおおおおおっ!」
突っ込んできた純の両手を俺は思い切り弾いた。
「くっ、やはり数枚旭が上手……」
俺は全身の『気』を高めると肩の高さまで上げた腕を、伸ばしたまま胸の前で合わせた。
指先で『気』の器を作るイメージ……。
「ファイナルゥ…………」
「え……あっ……ちょっと旭きゅん? それは本当にダメなや……」
「フラ○ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァシュ!」
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