第一位

 テスト当日。

 今日の俺は一味違う。

「やべえ……自信がありすぎて怖い……テストだっていうのになんでこんなに体が軽いんだ……」

 俺はその場で二、三度ジャンプしてみた。すると、どうだろう。なんと体が一秒ほど宙に浮いたのだ。

「俺は驚きのあまり言葉を失った……」

「失うなバカ」

 などと見当違いな言葉を浴びせてきたのは、無駄に高い身長に、無駄に鋭い目付きをしたクラスメイト、赤原真人だった。

 真人の隣には右腕のでかいワンコとドジっ子イケメンのつかちゃんがいた。

「途中でめんどくさくなってんじゃねーよ。それに誰がドジっ子イケメンだ」

 つかちゃんは自分のことをドジっ子だとは認めていないけど、つかちゃん以外は普通にドジっ子だと思っている。

「そうか? 塚原はイケメンだと思うがなぁ」

 ワンコはつかちゃんの顔を凝視して、真面目な顔でそう言った。

「……え⁉︎ いやいや……は⁉︎ お、おいおい! 褒めたって何も出てきやしねえぞ! この野郎! やいやいこの!」

 分かりやすいことこの上なかった。つかちゃんがイケメンにも関わらず、Cクラスの男たちに妬まれていないのはこういうところがあるからだった。要するに可愛い。

「しかし、俺の腕がでかいというのはどういうことだ? 別に普通のサイズじゃないか」

「それは左腕だろ。右腕を見ろよ右腕を」

 しかし、ワンコは右腕を触っても首を傾げている。ワンコの常識はどこか壊れている。

「そういえば、つかちゃんは勉強捗った?」

 昨日の勉強会をつかちゃんとワンコは断っていた。なんでも、ワンコは部活があったらしい。テスト前日に部活なんて随分と気合いが入ってるなと思ったが、なんの部活なのかワンコから聞いたことはなく、その全容は謎に包まれていた。

「おうおう。昨日は一日中家にこもってたから何も起こらなかったぜ」

 つかちゃんの方は「外に出るとなんやかんやで大変な目に遭うから家で勉強する」という理由だった。ドジっ子も大変である。

「まあ、九時くらいにちょっと仮眠を取ろうと思って、起きたら朝の五時だったっていうハプニングはあったけどな」

「大ドジじゃ!」

 しかも結構ありがちなやつだよ! オーソドックスなドジだよ!

「一回も目覚めることなく、バッチリ二十時間睡眠だぜ」

「朝の九時⁉︎」

 なんて、くだらない会話をしていると、朝一番のチャイムが学校に鳴り響いた。みんなが一斉に席に戻る中、ゼェゼェと息を切らしながら、純が教室に飛び込んできた。

「起立。気をつけ、礼」

 乙宮の号令で朝のHRが始まる。俺は声を潜めて純に話しかけた。

「おい、どうしたんだよ。やっぱりやばいと思ってギリギリまで勉強してたのか?」

「ああ、おはよう、旭……いや、ギリギリまでテストを受けるか迷っていた」

 純は息を整えるために深呼吸をすると、明後日の方向を見て儚げにつぶやいた。

「まあ、学校に来た今でも、この選択が正しいのか分からずにいるけどね」

「どんだけ嫌なんだ……」

 そんなこんなでテストが始まった。

 乙宮は相変わらず恐ろしいスピードで問題を解いていて、十分足らずでペンを置いていた。

「くそっ! またかよ!」

「塚原! 静かにしろ!」

 つかちゃんはペンと消しゴムを落としすぎるので、先生がずっとつかちゃんの近くにいた。中々に苦しい状況だ。

「くか……」

 純はどの時間も、気付いたら机に突っ伏して眠っていた。やっぱりテストは嫌だったみたいだ。

「終わったぁぁ!」

 テスト終わりの放課後。

 純ほどではないにしても、テストが好きではない俺がテストで一番楽しみなのが、テスト終わりの、この解放感だ。家に帰るまでが遠足であるように、テストもこの解放感を感じるまでがテストなのだ。

「あ、つかちゃんどうだった? テスト」

 つかちゃんは、よほど手応えがあるのか、顔が自信に満ち溢れていた。

「ああ。今回は気合入れて勉強したんでな。かなり点数高いと思うぜ」

「さすが二十時間睡眠は違うな」

 という俺も勉強会のおかげか、かなりの手応えを感じていた。五問に一問は確実に正解だという自信がある。

「そういうお前はどうなんだよ」

「俺も今回は手応えあるよ。勝負する?」

「いいのかぁ? そんなこと言って後悔してもしらねぇぞ?」

「そっちこそ……」

 つかちゃんの悔しがる顔が今から楽しみだ……。

「「ふふふ……」」

 俺とつかちゃんはお互いの額を擦り合わせて睨み合った。ちょっと痛い。

「馬鹿とドジが二人して何してんだ」

 そこへ真人がテスト後の解放感なんて微塵も思わせない気怠げな顔でやってきた。

「誰がドジだ!」

「あぁぁ⁉︎ 俺が馬鹿だってか⁉︎」

「逆だ、逆……もうどっちも馬鹿でいいかもな……」

 ドジなんて小学校の調理実習でケーキを作ることになったときに、トマトをイチゴと間違えて持っていったときくらいしか覚えがない。

「あれ、そういえば純は?」

 テスト中もほとんど眠っていた純のことが気になる。あの感じでは赤点もありえる。というか確実に赤点だろう。

「真壁なら走って帰っていったぞ。やけに目が生きてたが」

「どんだけテストが嫌だったんだ……」

 テストが終わった嬉しさから、笑顔で浜辺を走る純が自然と頭に浮かんだ。



 ☆



「なぁ、純」

 俺は成績優秀者の張り出された掲示板を見て、隣にいた純に声を掛けた。

「なんだ、旭」

「あれ見てみろよ。第一位、お前と同じ名前のやつだ。珍しいこともあるもんだな」

「ああ、同じ名前というか僕だからな」

 へぇ、そんな偶然もあるのか。世の中ってほんと不思議だな。

「しかも満点だって。ほんとにすごいなお前と同じ名前のやつ」

「素直にありがとう、と言っていいのだろうか」

 さ、ギリギリ赤点回避したし、さっさと教室に帰って乙宮と談笑でも……、

 って。

「ええええええええええええええ⁉︎」

 俺は顎が床に着いたかと思うくらい驚いた。驚きすぎて、もう言葉が出ないよ。

「へ、じ、純! お、お前!」

「いくらなんでも驚きすぎじゃないか? たしかに勉強もテストも嫌いだとは言ったが、点数に関しては何も言っていないだろう」

 な、何を言ってるんだ、純は。こんなの勉強嫌いだろうが勉強好きだろうが驚くに決まってる。だって、一番だぞ⁉︎ 満点だぞ⁉︎ 

「だだ、だってお前……テスト中、寝てたじゃないか……」

「まぁ、見直しも含めて五分くらいで終わったのだから、睡眠のひとつくらい取るだろう」

 聞けば聞くほど驚きが増していく。な、なんだ、急に純が輝いて見える……。

「でも、今回は少しだけ張り切ってしまった。由乃よりも強くなるために」

 純は決意の表情で拳を固く握った。いくら頭がいいからって由乃より強くなるのは難しいぞ……。

「(社会的に)由乃よりも強くなって、(権力で)絶対に由乃に認めてもらうぞ!」

「考えてること最低だよこいつ!」

 こうしてテストは終わった。

 ちなみに、つかちゃんは英語のテストで名前の欄に一問目を書いてしまったらしく、一点も取れずに赤点となった。その他はそこそこだった。

 その日以降、つかちゃんのあだ名はエラーくんになった。







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