その聖剣、高らかに。
「旭!」
その日、SHRを終えて帰ろうとしていた俺に純が話しかけてきた。
「さあ! 今日はどこへ行く⁉︎」
今日は、っていつもどこか行ってるみたいに……。
「なんでどこかへ行く前提なんだよ。今日は寄り道なし」
「そうか……」
純は俯いて露骨に落ち込む。はあ……しょうがない。
「ちょっとだけだぞ……」
聞いた途端に純の顔が明るくなる。何度も勢いよく頷いている純を見ていると感情が一目で分かるのが面白い。
「真人、純とどっか行くけど来るか?」
「すまん、妹が風邪引いててな。早く帰って世話してやらないといけないんだ」
「そうかー、それは仕方ない。お大事に、って言っといてくれ」
真人は「ああ」と軽く返事をした後、小走りで行ってしまった。
「妹さん、大切なんだろうな」
しみじみとつぶやく純の目は、どこか羨ましそうだ。分かる、分かるよ。その気持ち。妹が欲しいんだよな。
「めちゃくちゃ可愛いぞ」
「え?」
「真人の妹、めちゃくちゃ可愛いぞ」
「お見舞いは何が良いだろうか」
早すぎるだろ。俺から言っといてなんだけど友達の妹だぞ。
「梨……とか」
「よし! そうと決まったらすぐに行こう! 善は急げだ」
ギャグ漫画よろしく三本線と白い煙を残して走っていった純の姿はすでに教室から消えていた。別に、そうとは決まってないとおもうけど……。
☆
人気のない小さな公園。遊具はすべり台とブランコだけで、一見綺麗に整地された砂場は落とし穴だらけだ。小さい子がはまると怪我しかねない深さなので潰しておく必要がある。誰が仕掛けたかは知らないが。
「まさか純がインターホン恐怖症だったとはな」
ところで俺たちが今、ここで何をしているのかというと、公園に置いてあったサッカーボールを借りて遊んでいるのである。遊ぶと言ってもそれほど広い公園でもないので相手の足元に弱くパスを出すだけだ。
「失礼な言い方だな。僕はただ、友達の家に行くのが初めてだったから、その……緊張してしまったんだ」
純はボールをぎこちなく蹴りながら言いわけをする。初めてって……純。
「純……これからは俺がいるぞ……!」
「か、勘違いしないでほしい! 別に友達がいなかったわけでは……」
慌てている純に近付いて肩に優しく手を置く。
「純……良いんだ……別に恥ずかしがることじゃない。重要なのは過去じゃなく今なんだ」
「だ、だから! 旭は勘違いをしている!」
「まあまあ。一緒に砂場で遊ぼうぜ! ピラミッド立てよう! ピラミッド!」
純は一度大きくため息を吐いた後、上着を脱いだ。
「仕方がない。だが、旭。僕は中途半端が嫌いなんだ。やる以上は本物と間違えるくらいの傑作を作っタァバァシャゥゥッ!」
純が何かを言いかけていたが、頭までスッポリの落とし穴にかかって、最後まで聞き取れなかった。
「アヒャヒャアヒャヒャッ! おいおいおいおいおい! いい歳した高校生が落とし穴なんかにかかってどうするんだよぉ!」
そうだ。あのとき、一人で砂場の落とし穴に二回かかったとき、俺は思ったんだ。
ああ、これ。人が落ちたところを見たい。
と。見て笑いたい、と。
「大丈夫か! 純っ! 抜け出せるか⁉︎ 抜け出せるのか⁉︎」
純からの返答は無い。一言も喋らない。あまりのショックに喋ることができなくなってしまったのか。単純に恥ずかしくて喋りたくないだけなのか。どちらなのか。
ただ一つだけ。さっきから疑問に思っていることがある。それは落とし穴にかかった純がずっと右腕を伸ばしていることだ。ピン、と空に向かって垂直に。
「お、おい、どうしたんだ……?」
「…………」
「お、おい……」
俺は落ちた穴をゆっくりと覗き込む。
一瞬だった。
俺が穴を覗くために顔を近付けた一瞬。伸ばしていた純の腕が俺の顔をがっしりと掴む。それと同時に純の腕は別人のように筋肉が膨れ上がり俺を砂場へ放り投げた。そして、砂場ということは……。
「アッビルブィェッ!」
俺も穴に落ちるということだ。今度は頭から……。
「ゲホッ。これ、どうするんだよ……」
口の中に土の味が広がる。おまけに視界が暗い。
「おい! 見ろよ! 高校生が落ちたぞ! マヌケだ!」
上から甲高い声が聞こえてくる。真っ暗で何も見えないが、たしかに分かる今、俺をバカにしたのは……。
SHOGAKUSEIだ!
忘れもしない! 回想だ! 回想! 回想を用意してっ!
「一年前」
その日、俺は制作発表されたときから目を付けていた恋愛シュミレーションゲーム『スウィートゴッド〜忘れ去られたヒロイン〜』をゲーム屋に買いに行った帰りだった。
このゲームは人気シリーズ、スウィートゴッドの新作で攻略対象の人数がシリーズ最多の百人という前代未聞のゲームだった。攻略対象が多いだけに一人一人のルートの濃さは期待できないと言われていたが、やってみなければ分からないということで買いにきたわけだ。
そして帰り道、俺は道端で泣いている子供を見つけたので、優しく声を掛けた。
「おいガキ! どうしたんだよ! 転んで怪我でもしたのかな⁉︎ 分かってるぞ、こういうときは
すると、そのガキは俺の顔を見て泣き止んだんだ。一瞬でな。でも次の瞬間にはさっきとは比べものにならないほど大泣きし始めたんだ。
「ビェェェェェェェェエフゥ! エフゥグゥン! アフゥ!」
「ど、どうしたんだ?」
俺はひどく動揺した。どうしてこいつは俺の顔を見て大泣きしたのか。たしかに、その日は恋愛ゲームを買うのが少しばかり気恥ずかしかったため、マスクにサングラス、帽子を目深にかぶっていたが、それくらいで泣き出すものだろうか?
あたふたしていると、周りの人間が、まるで不審者を見るかのような目で俺を見てきた。な……! おかしい! 俺が悪者か⁉︎
「どうしたの? ボク?」
その中の一人、三十代くらいの女性がガキに質問した。どうしたのか、と。それは俺も気になっていたところだ。まあ、大方、転んで膝を怪我したか、親とはぐれてしまったかだろう。
不審者に勘違いされたかもしれないが、これでこのガキは無事に家へ帰ることができるわけだ。一安心一安心。
と思った俺がその場を立ち去ろうとしたそのとき。背後からとんでもない言葉が聞こえてきた。
「あのおじちゃんがボクのお股を……ぐすん」
耳を疑うのを超えて耳を尋問した。振り返るとさっきまで大泣きしていたガキが俺を指差している。おいおい、なんなんだこれ。
「嘘ついちゃいけないなあ……君も聞いたことがあるだろう? 嘘つきは泥棒の手下って」
俺がガキに近寄ろうとすると、何人かの大人たちが俺を止めた。
「ちょっとあなた。それ以上、この子に近寄ると警察呼びますよ」
おいおいおいおいおいおいおいおいおい。子供の冗談を本気にしちゃいけないぜ。
「うぅ……、おじちゃんが……ヒック……気持ち悪く笑ってボクのお尻を……」
「まあ、その……アレだよアレ……。百歩譲っておじちゃんは許そう。気持ち悪く笑っていたのも事実だから許そう。だがお尻ってのはなんだ⁉︎ 俺がいつお前のお尻を狙った⁉︎ 俺の性癖はどこまで特殊なんだ⁉︎」
「ビェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!」
「誰か! 警察呼んで!」
「く、くそ!」
逃げるしかなかった。仕方がなかった。それしかなかったんだ。全てに背を向けて走り去る俺は、振り返った時たしかに見た。
泣きじゃくるガキの口元が。
ゆっくりと釣り上がるのを。
「どうだ! あのガキはな! 俺のことをはめやがったんだよ! おかげで! その
回想まで見せたんだ! これで分かってくれたか!
「うわ、なんだこいつ。穴の中で一人喋ってるぞ。気持ち悪っ!」
直後、尻を棒のようなもので突かれる。痛! 痛い痛い!
「コラァ! クソガキィィッ! 穴出たら覚えてろ! ギッタンギッタンのバッタンバッタンに……痛っ! 痛いって!」
心なしか、俺の尻を突く威力と数が上がっている気がする。最初は一本だった棒が、今は三本。しかも、その中の一つは形状も硬さも全く違う。
「いつの、話だよっ! 大体、さっきの、話じゃ、小学生かどうかわかんねーだろっ!」
突きながら話しているからか、言葉が途切れ途切れだ。荒い息も聞こえる。体力の限界、所詮小学生なんてその程度よ!
「おいおい! どうしたァ! 突く威力が下がってきてるぜぇ⁉︎ もっと俺を楽しませてくれよォォォ!」
「うっ……くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「ハハハハハハハハハ、はぅっ!」
高笑いする俺の体に異変が生じる。な、なんだ? この感覚は……。
「あ……」
「おい! なんだ⁉︎ その「やってしまった」みたいな声は!」
上から小学生たちの「お、おい……これどうするんだよ」や「分かんねぇよ」という、脅すだけのつもりでナイフを持ち出した不良が、相手を本当に突き刺してしまった時のような会話が聞こえてくる。
「に、逃げるぞ!」
「あ、待て! 俺はどうなってるんだ!」
小学生の足音が遠ざかっていく。く、くそ! よく考えたら抜け出せない!
「君たちが落とし穴を作ったのか」
遠くの方で声が聞こえる。これは純の声だ。遠ざかっていた足音が急に近付いてくる。うっ! なんだこれ! あがががが。
「大丈夫か。旭」
視界が一気に明るくなって目が痛い。後、尻も痛い。徐々に視界がはっきりしてくる。
「あれ……世界が逆転してる……」
と思ったら俺が落ちたまま持ち上げられてるから逆さになってるのか……。純の後ろに小学生が三人いる。
「お前……なんだその筋肉……」
「はっはっ。大胸筋モードだ」
その設定まだ生きてたんだ……。
「ところで……その、気になってたんだけど……」」
「ん?」
そう、ずっと気になっていた。尻の痛み。小学生たちの不安そうな声。そして……。
「お前、今、俺のどこ持ってるの?」
さっきから、どこかを持ち上げられている感覚がない。下半身を見ればすぐ分かることだが、はっきり言って、恐い。
「残酷過ぎて言えない……」
「なんだよ! 恐いぞ! 大丈夫! どんなことがあっても俺は大丈夫だから!」
「尻の穴に木の棒が」
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
血の気が引くというのはこのことか。全身に鳥肌が立ち、吐き気がする。ああ、分かった途端に痛みが増して……。
「こ、このガキャァァァァ!」
「「ご、ごめんなさーい!」」
逃げる小学生を輪のようにぐるぐると走って追い回す。これオチでいいでしょう。オチで!
「待てコラァァって痛ァァッッッッ!」
二人のガキを追い回す俺の尻に鋭い痛みが走る。な、なんだ?
振り向くと、赤い槍を持った小学生の女の子が俺の尻を突き刺していた。そういえば、俺の尻を突き刺していたのは三人だったのに、二人しか追いかけていなかった。
「お、お前か! 一人だけやたら痛かったのは」
少女は、こくりと頷くと一言つぶやいた。
「……ゲイボルグ」
「ちょうどいい! 貸してくれ!」
俺の尻に刺さっているゲイボルグを引き抜こうとすると、少女は頬を赤らめて恥ずかしいのか、モジモジしながら言った。
「自害……してくれる?」
「よし、君にはまた今度。一日かけて命の大切さを教えるよ」
嬉しそうに、しかし恥ずかしそうに「うん……」と返事をした少女のことはさておき! 少女からゲイボルグを受け取り、残り二人のガキに向き直る。
「よぉぉぉぉぉぉし。ガキども、心臓の用意はできてるかぁ⁉︎」
ガキどもはゆっくりと落ちている木の棒を拾い、折って長さを調整する。
「おいおいおい⁉︎ そんなんで俺に勝てると思ってんのかあ⁉︎」
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」
刹那。
ゲイボルグとガキ二人の木の棒が空中で交差する。後、俺の尻の棒も。
場が静まり返る。
緊迫した空気の中でガキ二人が使っていた棒の先端が宙を舞う。俺自身も驚いたぜ……ゲイボルグのこの切れ味。小学生が待ってていい物じゃないぞ、これ。
「ま、負けた……」
「くそ……」
ガキ二人が悔しそうに膝をつく。
「よっしゃァァァァァァ! 勝ったァァァァァァ!」
空へ拳を突き上げ、今世紀最大のガッツポーズを繰り出す。勝ったァァァァァァァァァァァ!
「ああー……旭」
「オラオラオラァァォ! これが『高校生』の力だァ! どうだ見たか! 甘いんだよお前らは! アヒアハアハ!」
「旭……」
「二度と俺に逆らえないように額に肉の字を書いてやるぜぇぇぇ!」
「旭」
「あぁ! 勝利って素晴らしい!」
「旭!」
「うお、どうしたんだ。そんな大声出して」
ん、と公園の外を複雑な表情で純が指差す。なんだ、この不穏な空気は……。
純の指差した方を見ると、そこには乙宮がいた。
……乙宮がいた。
乙宮がいた!
乙宮が!
「…………」
乙宮は冷たい表情、冷めた目で俺を見ていた。今にも唾を吐き捨てそうだ。
改めて自分の状況を確認する。
体中が砂で汚れていて、ゲイボルグを持っていて、ズボンに血が滲んでいて、尻に木の棒が刺さっていて、小学生を相手に高笑いをしている。うん、ヤベーやつだ。これ。
「これは……その…………誤解だ!」
「……そう」
冷たい声が俺の胸に突き刺さる。くっ! 違うんだ! 違うんだ! これは……。
「ちゃんばら……だ……?」
「大丈夫……誰にも言わないから」
「誤解だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
由乃へ。
完全に詰みました。
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