告白の仕方

「ああっ! それ俺が持つよ!」


「黒板、俺が消しておくよ!」


「危ないっ! 桜の花びらが!」


「ブロックの下にダンゴムシが!」


 ハァ……ハァ……今日はやけに疲れるな。

「乙宮、重いだろ! 俺が持つよ!」

「これくらい私にさせて」

 プリントを運ぶのを手伝おうとしたが、乙宮にはっきりと断られてしまった。

 ここでまさに今、自分が直面している問題に気付いた。

「告白ってどうやるんだ……⁉︎」

 根本的な話だが、告白の仕方が分からない。これまで告白してこなかったのだ。突然しろと言われてもできるはずがない。

「露骨か」

 頭に重めの衝撃を感じる。振り返ると、浅沼さんが呆れたような顔で俺を見ていた。

「急に態度変えすぎてバレバレよ。一応、誤魔化してはいるけど、そんなんじゃすぐバレるわよ」

「分からないんだ。女子の好感度の上げ方が。告白への繋げ方が……」

「はぁ……アンタ告白とかできなさそうだもんね」

「失礼な! 俺だって告白くらいしたことあるぞ」

「へぇ、どんな子だったの」

「明るくて、優しくて、でも、ちょっとドジなところもあって……」

「それでそれで?」

「男――」

 そこでドカン、と大きな音が聞こえた。音の出所を探すと、すぐ近くのドアに人がぶつかっていた。

「ちょっ……乙宮さん大丈夫⁉︎」

「大丈夫…………」

「いや、でも、おでこ真っ赤だよ⁉︎」

「だ、大丈夫……」

 乙宮にしては珍しくドジだなぁ。考えごとでもしてたんだろうか。

「あー……ごめん、ちょっと」

 浅沼さんはため息を吐くと、乙宮の方へ行ってしまった。なんなんだ?

「おーい旭……どうしたんだ? そんな深刻な顔して」

「らしくないな」

 振り返ると、真人と純がいた。姿はすっかり元に戻り、肌も白くなっている。

「いや……友達から相談されたんだけどさ。異性にアピールするにはどうしたらいいと思う?」

「そうだな……無難なのは相手を怒らせるとか、困らせるとかじゃないか?」

「……怒らせるか」

 それは、まだやったことがなかったな。よし、実践あるのみだ。





「乙宮!」

 振り向きざまに乙宮の綺麗な黒髪がなびく。

「この……」

 怒らせる怒らせる。乙宮を怒らせるんだ。

「…………」

 どうやって? 乙宮が怒ってるところなんて見たことがないぞ。

「デベ! ソ……」

 でも可愛いな。乙宮なら。いや、むしろテベソの方が……。

「デベソじゃない」

 すごく真面目に返されてしまった。

「ええっと、おたんこなす!」

「美味しそう……」

「才色兼備!」

「ありがとう……?」

「あの、この間はごめん!」

「大丈夫。気にしてないから」

 ダメだ! 全っ然上手くいかない! 今、すごいフワッとした会話が繰り広げられたよ! 無感情だよ! 乙宮の表情が無を司ってるよ!

「こうなったら……」

 もう言葉はやめた。やはり怒らせるにはこれが一番だ!

「ヘナァフ〜」

 俺は全力で顔を歪ませた。顔の全パーツの位置をぐちゃぐちゃにして、相手をバカにしたような顔を作る。加えて、体を軟体動物のようにぐにゃぐにゃと動かす。

 どうだ! これならさすがの乙宮でも怒るだろう! ちなみに一年前、これをクラスメイトの前で披露したときは容赦なくリンチされた。

「…………」

 乙宮は無表情で動かない。ところで、今更だけど、これ、怒らせてどうするんだ?

 そんな疑問が俺の頭をよぎったときに、ポンポンと肩を叩かれる。

「ごめん、今は取り込み中だから、後にしてって痛い! 痛い! やめて! みんな俺を殴るのはやめて!」





「他に案ないかな」

「ボロボロだな」

「な、何があったんだ? 旭」

 ボロボロの状態で帰還する羽目になった俺は、もう一度、二人に案を求めた。

「一回、喧嘩でもしてみたらどうだ?」

 さすがにこの案には俺も異議を唱えずにはいられなかった。

「真人、さすがにふざけてるのが分かるぞ」

「いや、そうでもない。お互いの本音をぶつけ合えば、きっと今よりも良い関係を築けるはずだ」

 そう言われると、そう言えなくもないけど……。

「その友達がイケメンなら、心配しなくても成功させるだろうな」

 なんだ、なら心配はいらないな。

「実践あるのみだ!」





「おい乙宮! 俺と戦え! そしてより深い関係になろう!」





「他に案とかあるかな?」

「ボロ雑巾だな」

「本当に何があったんだ⁉︎」

 やっぱり喧嘩はよくないよな、喧嘩は。決して俺がイケメンじゃなかったというわけではない。断じてない。

「ペット戦法なんてどうだ?」

「ペット戦法?」

「そうだ。相手のペットのように接することによって親密度を一気に高める、言わばチートだ」

「チート!」

 まさか、真人がここまで恋愛に詳しいとは知らなかった! なんて頼りになるやつなんだ。

「しかし、想い人のペットを知るというのは難しいんじゃないか? そもそもペットを飼っていない可能性だってある」

「そこは想像するんだ。相手の飼ってそうなペット、もしペットを飼っていたならこんな動物だろう、とか」

 さすがに、この案には俺も異議を唱えた。

「それは無理があるだろ。しかも、そんなことしたら、間違いなく嫌われるぞ」

「イケメンなら難なくこなすんだが――」

「よっしゃあ!」

 実践あるのみだ!









「もう俺は騙されない」

 これ以上は身が持たない。どうやら俺は相談する相手を間違えていたみたいだ。

「友達の話じゃなかったのか?」

「旭はさっきから何をやってるんだ」

 しまったっ……友達の話という設定だったのを忘れていた……。

「あ、いやぁ……別になんでも」

「乙宮だろ」

「え⁉︎」

 咄嗟に反応してしまう。な、なぜ⁉︎ なぜ分かったんだ! こいつエスパーか⁉︎

「い、いやいやいや、そそそそそれはない。それだけはない! 他の全人類、性別関係なく好きになっても乙宮だけは絶対にない!」

「下手すぎて逆に演技なんじゃないかと疑うレベルだな」

「汗がすごいことになってるぞ、旭」

 なななななな、なんで分かったんだ! 告白を決意してから、まだ少ししか経ってないぞ!

「な、なんでそんな風に思うんだよ……」

「お前が乙宮のストーカーをしてるって噂が聞こえてきてな」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 俺は膝から崩れ落ちた。近くなるどころか遠くなっている……こんなんじゃあ告白どころか、まともな会話さえできない……。

「あ、乙宮」

「え?」

 絶望に苛まれていた俺が振り返ると、そこにいたのは天使……じゃなくて乙宮だった。乙宮は無表情のまま俺を見下ろしていた。

「あ、え、ど、どうした?」

 俺が聞くと、乙宮は表情一つ動かさずに言った。

「……様子が変だったから、何か用があるのかと思って」

「用、えっと用! そう用があったんだ! あの俺……」

 なんて言えばいいんだ? 用……告白? それとも乙宮と仲良くなりたかった? そんなの言えるわけない。

「用がないならいいんだけど」

「あっ! 乙宮!」

 咄嗟に乙宮を呼び止めてしまう。何か、何か言わないと。このままじゃあ、ストーカーで終わってしまう。



「何」



 何も言えなかった。振り返った乙宮の目が、寒気がするほど冷たかったから。

「よくやるな、お前も」

「なんて迫力だ……怖い……」

 俺の体を深い絶望が覆った。

 浅沼さん、俺、年内どころか告白さえ無理かもしれない。





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