2:謁見

私は、リュドミールに連れられて、人通りの少ない路地を進んでいきました。彼はフードを被って、人目を気にしながら進んでいるようでした。


「そう言えばさ、」


歩いているうちの沈黙に耐えきれなくなり、私は彼に話しかけました。


「ん、なんだ?」


「さっきさ、『追われてる』って言ってたでしょ? どうして一国の主となる予定の人間が追われてたわけ? しかも王城行っても大丈夫なの?」


「あー。俺、学校行ってないからさ、数時間前まで家庭教師に教わっていたんだが、無理言って休憩取らせてもらってたんだ。」


「休憩で追われるって繋がらないけど?」


「休憩の時間を大幅に超えて休憩してんだよ、今も。王宮抜け出してきたってことな。」


「ふふっ、それ絶対後々怒られるやつじゃない。というかそろそろ怒られるのね。少しくらいなら弁護してあげますが?」


私は彼の行動の子供らしさに思わず笑ってしまいました。


歳は私より1つ上だと言うのに、中身は何だか容姿と同年齢に見えてきてしまいます。


可愛いな、なんて色々彼のことを考えていたところ、繋いでいた手をぶんぶんと振られ、


「今、子供っぽいって思っただろ。正直に言えよ?」


「え、なんで見透かせるわけ?ごめんって、可愛い以外にも考えてたから許してよ。」


「例えば?」


「…言わないからね?」


今の状態では口が裂けても言えないことを考えていた私は、彼に悪戯っぽい笑顔を浮かべてそう言いました。


さすがに子供っぽいと考えていた上に、守ってあげなきゃって思ったなんて、彼の高めのプライドが音を立てて崩れていってしまうでしょう。


「…ふーん。あ、もうそろそろ着くから準備しとけよ?」


「了解しましたーって、王城に行って何するの? この町って、王城が職探しの相談所なわけ?」


「言ってなかったっけ。いまから俺の父さんに会いにいくんだけど?」


「待って、理解が追いつかない。リュドミールのお父さんって国王様じゃない。こんな格好で行くのも恥ずかしいし、やめにしない?」


まさか初日に国王に会うなんて、夢にも思っていませんでした。


新薬を開発して、不治の病を治せるようにした時なんかに、功労賞、の様な感じで王城に招かれることを最終目標としていたというのに。


「容姿については全く問題ないと思うぞ。知らないと思うが、王城はこの時間帯一般開放されていて、父さんに会うことも母さんに会うことも可能なんだ。町民は皆普段着だぞ?」


「いや、リュドミールと一緒に居て、更に町民もいるのにこんな格好で良いのかと。」


「まあその辺は俺がどうにかできるし、もうすぐ開放時刻も終わるから、プライベートな方になるから町民に会う心配はないぞ。」


そう話しているうちに、王城の正門を正面とした左手側の小さな扉に到着しました。


木々の間から少し見える正門では、王城から出てくる民間人で沢山でした。


「いつまでそこに立ち止まってんだ…。行くぞ?」


「ごめんっ、行く行く。」


裏門から王城に入るときらびやかな雰囲気は…


全くと言っていいほど無く、ただの廊下でした。少し残念です。もっとシャンデリラとか、鹿の頭の剥製なんかある、豪華絢爛な城だと外見からは思ったのですが。


「残念な感じって思ってるな? こっから先が本番だって。失神するなよ?」


「しないわよ。今のでだいたい検討ついたもの。」


他のドアより別段大きな観音開きの扉を見つけ、その扉を開けました。


「うわ、これはさすがとしか言いようがないわ……。」


視界が開けて真っ先に見えたのは本で見たような、私の想像していた通りの大きなシャンデリア。

壁には大きなシカの剥製に、床には赤いカーペットが、二階へと続く階段に向かって真っすぐきれいに敷かれていました。


「これがお前の想像していた城の雰囲気か? まあ、中を回るのはまた後にして、まずは謁見だな。」


「田舎者だとか、そんな理由で弾かれませんように……。というかどんな職場が紹介されるわけ?」


「それはあってからのお楽しみってところだな。自分の意志伝えられるように準備しておけよ。」


彼は二階への階段を駆け上り、父親と少し話しているようです。ここからでは彼の背中しか見えませんし、声も聞こえません。


しばらく待っているとフローレンス! と初めて名前で呼ばれました。


嬉しくも、やはり少し恥ずかしさもあり、顔の火照りを覚ますように、ゆっくり階段を登っていきました。



長い階段を上り終え、二階に到着すると、絵本で見たような豪華な椅子に、王様と王妃様が座っていらっしゃいました。


さすがリュドミールの両親といいますか。お二人とも端正な顔立ちをしていました。


王妃様はリュドミールと同じ緑目を持っていらっしゃって、ウェーブのかかった長い髪がキラキラと光ってとてもきれいでした。


王様は見た目の年齢が30歳後半ほどで、普段、リュドミールのように年齢の勘違いをされているのではないかと、少し笑ってしまいそうになってしまいました。


「フローレンス殿。うちの愚息が迷惑をかけた。ます謝罪と感謝の意を示したい。この町に着たばかりというのに、申し訳ない。傷の手当までなんとお礼を言っていいか……。」


「いえ、そんな王様に頭を下げられるほどのことはしておりません! どうか顔をお上げください!」


役に立てたのは嬉しいのですが、こうも頭を下げられてしまうほどのことは本当にしていないので、必死に村で覚えたこういうときの対処法を実践した。


「ミラから来たなんて長旅だったわね。お疲れ様。」


王様も落ち着き、王妃様が温かい声でそうおっしゃりました。


「いえ、自分で選んだ道ですので。」


「早速だが本題に移ろうか。今聞いた話によると、フローレンス殿は職をお探しのようですな。それも医療関係の。」


「はい、リュドミール王子にいい職場があるとお聞きして、教えていただければと思い、王城に参りました。」


「もしフローレンス殿がよろしければ、の話なのだが、最近、治療法を探してくると言い残して、このアゼリア家に医者が一人もいなくなってしまったので、アゼリア家の宮廷医師を紹介できるのですが、やっていただけますか?」


宮廷医師という、村医者なんかからでは到底なれないような職を紹介されていることに、驚きを隠しきれず、思わず即答してしまいそうになりましたが、ここは少し引きます。


「村医者の中でも知識がまだ浅く、医学の勉強もろくにできていない状態で、宮廷医師なんてさせてもらってもよろしいのですか?」


「お前、せっかくのチャンスを!」


私の隣にいたリュドミールは、耳打ちをしてそう私に言いました。


「だって、できるかどうかわからないんだもの……。少し、不安で。」


「なら、お試し期間、っていうのはどうかしら?」


小悪魔のような笑顔で王妃様は笑ってそうおっしゃりました。

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