トウモロコシ

 翌日の土曜日、久しぶりに東京で買い物をし、最近人気の東京土産を見繕って歩いた。日曜の昼に山梨に戻った僕は、東京土産を持ってカフェ龍へと向かった。店に着くと、閉店時間の十五分前だった。「OPEN」の看板が出ていたのでほっとしながら店に入ると、既に椅子はテーブルに乗せられ、閉店の準備がほぼ整っている。

「店長、もう今日はおしまいです、かね?」

 キッチンを覗くと、左手に棒状のものを垂直に持った店長と目があった。

「やあ、宮さん、いらっしゃい。」

「ん?何を持っているんです?」

 はは、と笑う店長が手にしていたのは、半面が食べられているトウモロコシだった。

「閉店をフライングしたの、見つかってしまいました。」

 いつも丁寧な口調の店長が掲げ持つトウモロコシはとてつもない違和感を放っている。

「お食事中、でした?」

 つい、トウモロコシを指さして尋ねた。

「今朝の採りたて、茹でたてをさきほど祐子さんが差し入れてくれまして。誘惑に負けて、つい閉店を前倒しました。これ、本当においしいんですよ。」

「あ、つまり、至福の時間をお邪魔しちゃった?」

 すると、店長は右手でビニール袋から、ラップに包まれたもう一本を僕に差し出した。

「すごく甘くておいしいです。すぐ食べた方がおいしいです。今です。」

 すぐにかじりつけ、と促しているのだ。

「あ、そんな、恐縮です。いいんですか?」

 と、つい受け取ってしまったので、代わりにその手にお菓子の紙袋を握らせた。

「昨日、久しぶりに東京で買い物して来たので、良かったらこれ。」

「わざわざ?すみません。ありがとうございます。」

 店長はキッチンから出てきてカウンターに紙袋を置くと、早足で店の入り口へ向かった。トウモロコシを垂直に掲げたまま、どうやら看板を「CLOSE」にしてきたようだった。にっこりと笑うと、僕にカウンター席に座るよう右手で指示し、自分もその横に座った。

「ふふ。」

 嬉しそうに左手のトウモロコシを再開したので、僕もラップを剥いて食べ始めた。

「うわ。甘っ。これおいしっ」

 つい声が漏れる。店長は一粒も残さず、こぼさずきれいに食べている。僕は缶詰ではないトウモロコシを一本まるかじりするのは初めてで、店長のようにきれいに食べられない。

「ほんと、贅沢ですよね。」

 僕がそういうと、店長はトウモロコシにかじり付いたまま視線だけを僕に送る。その目は、話を続けて、と言っている。

「一昨日は東京で久しぶりに同期の奴と飲んだんです。野菜も果物もたくさんもらっているって話したら、贅沢だなって言われて。」

 店長は、きれいに食べ終えると、満足げな顔をしながらおしぼりとペーパーナプキンを僕に渡し、お土産の紙袋を覗き込んだ。

「見てもいいですか?」

「ええ。どうぞ。たいしたものじゃないですが。」

 店長は嬉しそうに中の箱を取り出した。僕は補足説明する。

「あ、小さい箱は要冷蔵なんですが、僕の中でランキング一位のマカロンで、下の箱は、最近の一番人気っていうバームクーヘンです。それは常温で一週間大丈夫。」

「マカロンって食べたことがないです。すごいですね。贅沢です。」

 店長が素直に喜んでいる顔を見てこちらも嬉しくなった。

「マカロンには味の種類がたくさんあるんですが、日持ちしないので四個だけにしました。さくらさんと二個ずつ食べてください。」

 さくらさんは毎日のように来ていると聞いていた。

「ありがとうございます。でもさくらさん、来週まで来ないようです。」

 小さい箱を冷蔵庫に入れながら店長が言った。

「昨日いらしていたんですけど、用事があるようなこと言っていました。」

「そうでしたか。じゃあ、賞味期限内に店長が全部食べちゃってください。」

 にんまりした店長を見て、ふと思った。店長とさくらさんの関係ってどうなのだろう。

「そういえば、さくらさん、この前の情報交換会のときに言っていましたよ、店長のすごい知識は隠し持たずに発信しなきゃもったいないって。」

 なるべくこぼさないようにトウモロコシを食べながら僕が言うと、店長は頷いた。

「さくらさんは、アイディアマンなんです。私は特別な知識があるつもりもないし、ましてや発信する、なんて思いつきません。それをさくらさんが引き出して、発信する場を作ってくれて。私だけだったらあんな素敵な経験はできません。」

 確かに情報交換会での店長はすごく楽しそうだったし、両家族も、そしてさくらさんも、みんながみんな楽しんでいた。

「全員が楽しめる場を自分も楽しみながら創るさくらさんって、すごいですよね。」

「はい。さくらさんはすごい人です。私は、彼女の幸せを心から願って止みません。」

 僕はようやくトウモロコシを食べ終え、テーブルを拭きながら

「店長とさくらさんって、良いコンビですよね。」

と何気なくそう言ったのだが、店長から言葉は返ってこなかった。

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