近況報告
「どうよ?田舎の暮らしは。」
一杯目の生ビールで乾杯するとすぐに古田が切り出した。
「それがさ、すごいいい感じのカフェを見つけたんだよ。」
ジョッキの下をおしぼりで拭きながら答える。
転勤前に飲んで以来、ようやくお互いのタイミングがあった金曜の夜、古田とは久しぶりの再会となった。
「カフェ?イマドキのパンケーキでも出てくるような?」
枝豆をつまむ。
「いや、シンプルにコーヒーがおいしいんだよね。それと景色がいい。」
ポテトフライを食べる。
「へえ。湖沿いとか、川沿いとか?」
「いや、山から盆地を見下ろすんだ。それで店長のコーヒーが僕の好みとドンピシャ。」
「店長って、なに、老舗の喫茶店のマスター的な?」
「いや、まだオープンして数年らしいよ、店長は三十代前半くらいかな。穏やかでいい人。」
「へえ。」
揚げたての唐揚げにレモンを絞る。
「ここのところ毎週のように休みになると行っているんだ。その店長が虫好きでね。」
「虫?」
レモンを絞った手を拭きながら、古田はおもむろに嫌な顔をした。
「虫が好きって人は、俺、正直ちょっと無理だわ。」
僕は枝豆を取る。
「僕も基本的には虫超苦手だけど。でも田舎って土も木もたくさんあるから、虫もたくさんいろんなのがいて。あまりにも多いから、なんかいちいち反応しなくなってきた。」
古田は唐揚げをほおばり、もぐもぐしながら、
「なんだ、良かった。」
と言った。僕は枝豆の中身を一粒、口に入れて、言葉を返す。
「良かった?何が?」
「正直、すんげえ心配してたんだぜ。」
古田が運ばれてきた大根サラダの半分を自分の皿に取る。
「え、何の心配?」
僕は残った半分を受け取り、大根と水菜を箸でつまむ。
「お前みたいな無趣味で激しい人見知りが、だ。何もない田舎に独りでさ、心の支えになるような彼女もいなくてさ。仕事だってプロジェクト内じゃ末端の立場でなんでも屋の雑用係で、しかも一年限定ときたら、田舎で独り、病んでくださいってなもんだろ。」
「え、まあ、なるほど・・・」
サラダをほおばり、口の端についたドレッシングをおしぼりで拭いながら言う。
「今日だって、げっそり、目の下クマ作って、やばい感じで来るかもって思ってた。」
「そ、そう・・・か。」
古田は箸を置き、飲みかけのジョッキを持ち上げると、乾杯のしぐさをした。
「良かった。ほっとしたよ。」
いつになく、優しい顔。
「お、おう。なんか、ありがとう。」
ちょっと照れてしまった。
「そ・・・そのカフェはさ、ちょっと山寄りの高台にあるんだ。三十分ちょっと歩いて行くんだけど、車通勤で本当に歩かないからいい運動になるんだよね。それに歩いていると草とか花とか鳥とか、結構名前を知らないものがいっぱいあることに気付いて面白い。」
「へえ。」
古田は、食べる速度を緩めて僕の話を聞いている。
「あ。そうそう。この前なんか、畑の中にキジが歩いているのを見た。」
「キジ?!」
「そう。派手な色をした雄と地味な雌。初めて見たよ、本物の、しかも野生のキジ。」
「すげーな。キジ鍋にして食べるのか?」
「食べる?いやあ、山梨でキジ鍋って聞いたことがないな。すごいキレイで、しかもつがいで歩いてて・・・あれを見て、捕って食おうっていう発想は出てこなかったな。」
大根サラダの大根を数本、箸でつまんで口に入れる。
「そっか。そういうもんなのか。」
「あ、あと、野菜とか果物とか、やたらともらう。」
大根サラダの水菜だけ1本ずつ、箸でつまんで口に運ぶ。
「なんで?」
「地元の人って、自分の敷地で野菜作るのが当たり前で、自家用なのにスゴイ量作っては、余らせるらしいんだよね。だから野菜作っていない人を見つけると、こぞっていろいろな野菜をくれるんだ。そのカフェで知り合った地元の人からさ、一人暮らしだって言ってるのにものスゴイ量を半ば押し付けられる勢いでくれちゃって。この前は新玉ねぎを大量にもらってさ、すごくおいしいけど、毎日ずっと、玉ねぎ生活。」
大根サラダを数本ずつ、ずっと箸でつまんでは口に運び続けている。
「へえ。贅沢じゃん。」
「ほんと、贅沢だよ。果物は傷物の、えっと、なんて言ったかな、そう、跳ね出しって言うのをくれてさ。それこそ本当に贅沢。果物なんて普通買わないじゃん。食べてもゼリーとかだもんな。生の果物を潤沢に食べまくるなんて経験は初めてだよ。」
「さすが、果物王国山梨だね。そりゃすごいや。」
大根サラダを食べ終え、口についたドレッシングをおしぼりで拭うと、古田が言った。
「山梨、楽しんでるな。お前、いい顔してるわ。」
いい顔してる、という言葉を人生で初めて言われ、嬉しいような、こそばゆいような、なんだか感じたことのない気分だった。そして、古田からは春菜さんとの相変わらずののろけ話をたっぷりと聞いた。
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