童話10ーちょっとだけイイコト&口上№1

 通されたのは、地味好きの私でも、乙女テンションが上がる空間だった。

 天蓋付きのベッド、白い暖炉、ちょっとした茶会ができそうなティーテーブルまである。女子の夢が詰まったような内装だ。


 私はそわそわしながら、汚れたスウェットからメイドさんが用意してくれた寝巻に着替える。ロング丈のネグリジェで柔らかな肌触りが気持ち良い。露出は高くないけど、純白すぎて下着が透けそうなのが気になるなぁ。


「ふはぁ」


 スリッポンを脱いで、ふかふかしたベッドに寝転んだ。

 舞台の終わり暗幕がゆっくりと降りてくるような、重いまどろみに包まれる。


 夢のなかで眠ったらどうなってしまうのかな。二度と目覚められなかったらどうしよう?


 ホラーめいた想像をしていると、ドアがノックされた。

 メイドさんたちが出入りする正面ドアとは別の、部屋の側面にあるドアだ。寝室に案内してくれる際、「王子の寝室と繋がっているぞ」とセフィーレスさんが下世話な口調で教えてくれた。あれってどういう意味だったんだろ。やっぱりエッチな意味?


「入っても?」


 お伺いがあったのでこちらからドアノブを回すと、アラン王子が顔をのぞかせる。ロングジャケットは脱いでいるが正装のままだ。


「少しお話したいことがあります。いいですか」

「うん。どうぞ」


 ベッドに座って隣をぽんと叩くと、王子はぎょっとして顔を赤らめた。

 しまった。いつものクセで……!

 はしたないと思われたかな。悶えていると、王子はティーテーブルのチェアを運んできて、私の向かいに腰かけた。


 宴会場とは違って、ベッドルームの照明は控えめで。

 間近にいるのは、まぎれもなく亜蘭君なのだけど、現実の彼とは微妙に違ってみえる。王子様然として、表情が締まっているからだろうか。私はいまさらドキドキしてきた。


「僕が城の外で何をしていたのか。疑っていましたね」


 静かに切り出される。その後の騒動ですっかり忘れていた疑問だった。

 事件の全貌は明らかになったけど、彼がなぜ城の外にいたのかは謎のまま。タイミングよく私を見つけた理由も。


「僕はいずれ父の跡をついで領主になります。舞踏会で良き伴侶を見つけたら、すぐにでも譲るつもりだ、と父上はおっしゃった」


 黒い瞳を伏せたまま、ぽつりと語りだす。


「しかし僕はまだ未熟者で、その覚悟ができていません。だから怖かった。あんな事故が起こって……つい、その場から――次期領主の立場から逃げたくなったのです」


 額に手をやり、ふぅと熱っぽく吐息した。

 プレッシャーから逃れたくなるのは誰にでもあること。私は励ますように明るい声で、


「そんなことないよ。スミスさんへの処分を申し渡したとき、堂々としていて立派でした」


 事実、ベストな判断だったと思う。

 ジェーンを罰しても、継母たちを罰しても――シンシアは幸せになれないから。

 あの場には、王子にとって腹心のセバスチャンとセフィーレスさん以外に、門番さんたちもいた。あれだけの騒動を不問にしたのだから、甘い処置だと陰口を叩かれる可能性もあるだろう。

 けれども彼は、自分の立場より市民のことを第一に考え、結論を下したのだ。立派な次期領主候補だよ。


「ありがとう」と、王子ははにかんだ後、真正面から私を見据える。


「信じてもらえないかもしれないけど。自暴自棄になって外に出たとき、『声』が聞こえたのです。

 僕が幼少のとき亡くなった母の声で、『こっちよ』って。導かれるまま歩いていたら、キミチャンを見つけた」


 だから、と、手の甲をそっと撫でられて、


「母上があなたに出逢わせてくれた。運命の人だ、と感じたのです。――あらためて問います。僕と結婚してくれますか」


 この世界で二度目のプロポーズ。

 頭の芯が痺れているようで、思考がまともに働かない。立ち上がったアラン王子がベッドに腰を下ろすと、マットレスが重みで沈んだ。

 はっとするほどの近距離で、彼の黒曜石のような深い瞳と、私のつぶらな瞳とがぶつかった。


「沈黙は、了承の証と受け取っても?」


 額にちゅっとキスをされる。そのまま降りて、唇にも柔らかく重ねられた。

 ちょっと! 意外と手が早いな、王子様!


 ああ……でも。抵抗する気になれない。だって、亜蘭君だもん。


 ベッドに倒されると、ネグリジェの裾がしどけなく乱れた。

 期待に満ちた目で見上げると、くすっと笑われる。恥ずかしいのに興奮している。なんて浅ましい私。

 

「キミチャン、愛しています」

「……」


 ゆるりと、のしかかられる。互いの距離が限りなくゼロに近づいてゆく。


 これって浮気じゃない……よね?




☆☆☆




「だっ!!!」


 ベッドごと揺り動かされているような衝撃があった。

 おそるおそる瞼を開けると、“般若はんにゃ”がこちらを見下ろしていた。


「あんた、何やってんのよ!」


 ――と思ったら、あらら? 典子姉ちゃんだ。

 ノーメイクだと般若顔が際立つ姉は、ベッドの傍らで仁王立ちをしている。


「うなされてるから心配して見にきたら、急に抱きついてきてさ。気色悪っ」


 起き上がると、お気に入りのテンピュール枕に大きな涎の染みができていた。

 典子が乱暴にカーテンを開けて、射し込む光のまぶしさに私は顔をひそめた。首を回すと、お姫様っぽさのかけらもない、和風で地味な部屋が視界に映る。まぎれもない、私の部屋だ。


「やっぱり夢オチだった……!」


 くっそ!

 サイドテーブルのデジタル時計が、本日は土曜日、と告げている。


「公子、あんたの机に見慣れない十字架クロスのペンダントがあるんだけどさ。誰からもらったの? ねえ、ちょっと」


 典子がなにやら話しかけてくるのを無視して、私は華麗に二度寝を決め込んだ。




+++

 



 こうして、家事が大好きな少女・シンシアは、継母のルイスと義姉シャーロットとともに仲良く暮らしましたとさ。もちろんハウスメイドのジェーンも一緒です。

 後日、領主家から彼女たちの元に、当分は生活するのに困らないほどの「お見舞金」が届けられたとのことです。


 さて、謎の女・キミチャンと出逢ったその日に婚約を決めたアラン王子でしたが、翌朝目覚めると、彼女は城から消えておりました。


 履いていた「スリッポン」のみを残して―― 


 嘆き悲しむ王子は、スリッポンを手掛かりに靴職人の元を回り、彼女を探しているところです。

 一方、王子が大事そうに抱えていた靴に目をつけた職人が、それを再現して売り出したところ、履きやすさと通気性の良さでたちまち流行しました。

 こうして、あれほど流行していたのが嘘のように、ガラスの靴はアカンラザールの領地から消え去ったとのことです。



【童話end.】

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