童話09ーシンデレラの本音【後編】

「ハウスメイドのジェーンと申します。亡き母の代からスミス家で奉公しておりました」


 スミス。継母の名前だ。私は小さく息をのむ。

 アラン王子がソファに座るよう勧めたのを固辞して、ジェーンは立ったまま話している。


「ところが、奥様が再婚されて新しい旦那様の連れ子・シンシア様が来てから状況は変わりました。

 シンシア様は、料理に掃除、暖炉の世話にいたるまで見事にこなすお嬢様でした。まもなく旦那様がご病気で亡くなられて……経済的に余裕がなくなった奥様は、『シンシアがいるからあなたはいらない』と私に暇を出したのです」

「ふぅむ。では、そなたはあの娘のせいでお払い箱になったと。さぞ憎かろうな」


 セフィーレスさんの辛辣しんらつな台詞に、ジェーンは唇をかみしめた。


「その後しばらくは花売りなどをして日銭をかせいでおりました。ある日、シンシア様の義姉・シャーロット様が訪ねてきて、『使用人として戻ってきても良い』と。

 ただし、恐ろしい条件が付いておりました。『城の舞踏会でシンシア様に傷を負わせるように。手段は問わない』という」


 王子とセバスチャンが目配せして、空気がぴりっとしたのを感じた。

 たった今、継母&義理姉の黒幕説が明らかになったのだ。


「わたしは……苦しい生活に耐えかねて、ついに了承してしまったのです。

 シャーロット様から借りたドレスとガラスの靴で着飾り、ゲストを装い入城しました。ドレスのままでは隠密に行動できないので、あらかじめ持参してきた使用人の服を上に着込み、靴も履き替え、ロウソクの芯切りをしながらシンシア様に近づく機会を待ちました」

「ちょっと待った。ロウソク番のローラは?」

「侍従様からの使い、と名乗ったらすぐ仕事を譲ってくれましたよ。腰を痛めていたようで、『助かるわぁ』と喜んでいました」


 セバスチャンはほっと息をついた後、「使用人の教育を徹底しなければ」と苦い顔をした。


「いざとなったら使用人の服を脱ぎ捨て、ゲストに紛れて逃げるつもりでした。どうにかしてシンシア様に近づけないかチャンスを伺っていたところ、あちらが先に私に気づいたのです。

 目が合うなり、『ジェーン!』と満面の笑顔を浮かべて。ガラスの靴を脱いで、階段を駆け下りてきました。私が城で働いていると勘違いしたのでしょうね」


 場面を思い出すようにジェーンは微笑み、両手で顔を覆った。


「そして、あろうことかロウソクの芯切りを手伝ってくれたのです。私がスミス家で働いていたときも、暖炉掃除などを一緒に行っていましたから……。

 もし、二人でいるところを誰かに見られたら計画は台無しです。あせった私はとんでもない失態を犯しました。

 シンシア様の作業が終わるやいなや、「待って」と制されたのを無視して、シャンデリアを引き上げたのです。次の瞬間、悪夢のような出来事が」


 ふたたび嗚咽を漏らし言葉を詰まらせる。「なるほど。だからあの傷か」とセフィーレスさんがしたり顔になって、


落ちてきた、、、、、のじゃな?」

「はい」


 ジェーンはいっそう悲しげにうなだれた。

 落ちてきた? 何が?


「シャンデリアが引き上がっていく途中、芯切りバサミが……シンシア様のお顔に」

「芯切りバサミが!?」


 ハウスメイドの手の中にある、鈍色に光る道具に視線が集中した。


「作業中、シンシア様が金具に引っ掛けたままにしていたのです。あの方にそういう悪癖があることを、私は知っていたのに……っ」


 やりきれないようにジェーンは涙ぐむ。


 仕事上の悪い癖。耳の痛い話だ。

 私がよくやらかすのは、コピー機に原本を挟んだまま忘れてきてしまうミス。大抵は次にコピー機を使った人が原稿を届けてくれるけど、もし個人情報が掲載されたものだったら、と蒼ざめること数回。


 それにしても、ハサミが落ちてきたって……。下手したら大ケガをしていたことには変わりない。シンシアが無事でよかった。


「私が間違っておりました。私利私欲のためシンシア様に手をかけようとするなど。どうぞ、なんなりと罰を与えてください」

「ちがう!」


 ヘッドドレスの頭をジェーンが深く下げた瞬間、小動物のような足音が近づいてきた。

 淡いブルーのドレスの美少女――シンシアだ。


「ジェーンは悪くない! わたしの作業が遅くてドンくさいせいなの。落ちてきたハサミをキャッチしようとしたら、取り損ねて落としちゃうし」


 細い肩を上下させて、荒い息で主張する。

 キャッチしようと? なるほど、だから真正面から受けてしまったのね。

 ふいに第六感が働く。

 彼女の言付け――『落と……した』って、もしかして、取り損ねた、って意味だったの? 

 全身から力が抜けていく。振り回された感がすごい。勝手に勘違いして、悪戦苦闘したのは私なんだけど。


「今まで黙っていてごめんなさい。ジェーンに落ち度はありません。罰しないでください!」

「おいおい。体調が戻ってきたからといって、興奮するのはいかんぞ」


 華奢な身体を震わせているシンシアにセフィーレスさんが寄り添う。この人は一貫して患者の味方だ。

 ジェーンは泣き出しそうにな顔で、首を横に振った。


「私は良い人なんかじゃありません。だって、あなたが額にケガをして倒れたのをチャンスとみて、階段から落ちたように見せかけるためガラスの靴を置いたんですから」


 偽装工作を明らかにしたメイドに、シンシアがあらん限りの声で届ける。


「良い人だよ! だって、その気になればいつでもわたしを襲うことができたでしょ? でも、あなたはそうしなかった」

「……シンシア様」

「ジェーン!」

 

 ロビーの出入口が開いて、夜風とともに継母と義姉が侵入してきた。

 門番さんたちが必死に止めようとしているのもかまわず、継母はずいっと前に出て、ジェーンの頬をひっぱたいた。


「約束の時間になっても戻ってこないと思ったら。よくも、しくじったわね!」


 セバスチャンが激高している継母をジェーンから引き離す。


「アカンラザール家の城内でそのような暴挙は許しません」

「……っ」

「お義母さまっ! お義姉さま! どうしてジェーンにあんなことをさせようとしたの? ひどいよ!」


 シンシアが子犬のように吠える。

 無邪気な抵抗に、義姉のシャーロットが顔を真っ赤にして身を乗り出した。新たな修羅場を予感して、私は目を閉じたくなる。が、まったく予想外のことが起きた。


「っ! あ、あんたこそ、あたしたちのこと嫌いなくせに!」


 は……? 今、なんて?

 私だけでなく、ジェーンも、シンシアさえも呆然としていた。


「お母様が再婚して、新しく家族ができて……可愛い妹ができてあたしは嬉しかったの。お母様もよ。あんたと仲良くなりたくて、市場やお芝居に誘ったのに。

 シンシアときたら、いつも家のことばかりで、使用人室に閉じこもって。――どうせ、ジェーンとあたしたちのことを蔑んでいたんでしょ! だから、シンシアなんて利用してやればいいって……」


 シンシアの可憐な顔つきが、驚きと絶望に染まっていく。


「違う! 違うよっ! お継母さまや、お義姉さまがそんな風に想ってくれていたなんて……本当にごめんなさい。わたしは、ただ、お掃除や洗濯が大好きなだけなの。きれいなドレスもガラスの靴もいらないの」

「……シンシア」

「お父様が亡くなった後、落ち込んでいる私を励ますよう以前と変わらぬ態度で接してくれた。感謝しています。お継母さま、お義姉さま。大好きよ」


 にっこりと笑う。

 頬を膨らませそっぽを向いていた継母が、「バカな娘!」と悪態をついてから、おいおいと泣き出した。義姉もぴえーんと泣きじゃくる。シンシアとジェーンが継母たちをなだめにかかる。あの過剰な悪役ぶりは演じていたからだったの?

 そんな一家を、私たちはただ遠巻きに眺めるしかなかった。


 シンデレラが望んでいたのは、華やかなドレスでもガラスの靴でもなく、平穏で慎ましい暮らしでしたとさ。めでたしめでたし。

 ――ナレーションが入るのならば、こんな感じだろうか。


 ようするに、市民の愛憎劇に領主家が巻き込まれたってこと? そんなのアリ?

 セバスチャンを見ると、白目をむいて固まっていた。セフィーレスさんはあくびをかみ殺している。私は吹き出してしまった。


 掃除や料理が好きだなんて、シンシアすごいな。

 実家暮らしに甘んじている私は洗濯機を回すのもあやしかったりして。見習おう。


 やや混乱ムードの大広間で、アラン王子が厳かに口を開く。


「スミスさん。シンシア嬢を連れ帰ってください。ジェーンを元のように使用人として雇うように。

 四人で力を合わせ、仲良く暮らしてください――この条件を守るのであれば、今回のことは不問にします」


 寛大すぎる処置に、スミス親子が必死に頷いたのは言うまでもない。

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