童話08ーシンデレラの本音【前編】

「あの者の動きを止めればよいのじゃな」


 セフィーレスさんがふところをごそごそとやる。先端におもりがついたロープを取り出すと、砲丸投げの要領で前方に放った。

 逃げたロウソク番の足元にロープが絡みつく。結果、勢いよく転んだ。


「東の国の武器だ。城下町の貿易商がくれた」


 にやりと得意げに侍医。あんたは忍者か。

 倒れてしまったロウソク番のヘッドドレスを、セバスチャンが「失礼」と外す。私と同い年くらいの女性が、せっぱつまった形相ぎょうそうで唇をきつく結んでいた。


「見たこともない使用人です――いや」


 セバスチャンは思い直したように、


「あなた、たしか舞踏会のゲストとして入城しましたね。

 他の貴婦人は王子へのアピールが熱心なのに、あなただけは顔を隠すよう、始終うつむいていた」


 目立たないよう行動していたつもりが、裏目に出てしまったのね。

 私が彼女に目を止めたのは簡単な理由だ。

 ワンピースの丈が長かったから。

 宴会場で後片付けをしていたメイドさんたちと装いは一緒なのに、唯一、丈だけが違う。よく観察すると丈が長いのではなく、ワンピースの裾から黒いドレスがはみ出ていた。

 ワンピースの下にドレスを着込んでいたのか。この状態で、ロウソクの芯切りをしていたのだから逆にすごい。


「これは、あなたのものですか」


 アラン王子が一段と低い声で尋ねる。

 彼女が履いている皮の靴の代わりに、ガラスの靴をあてがうと、あっけなくぴたりと合った。

 かたく閉じていた口元を歪ませ、わあっと泣き出す。


「どうか罰してください! あたしのせいで、シンシア様は……!」


 激しい嗚咽がロビーに響く。

 必死に伝えようとしているけど、途切れ途切れでなかなか言葉にならない。

 どうしたものか。

 セバスチャンとセフィーレスさんが顔を見合わせ、アラン王子は私を振り返った。


「キミチャン、どうして彼女が犯人だと?」


 あ、説明が必要なのね……。

 披露するのはちょっと緊張するけど。私は姿勢を正し、まず中央階段を指した。


「セフィーレスさん、教えてくれましたよね。階段ここから落ちたにしては、シンシアの身体に傷がないって。おまけにガラスの靴も無傷だった。――つまり、シンシアとガラスの靴は、階段からは落ちていないんです」

「で、ですがっ」息せき切ってセバスチャン。「彼女の額には傷がありましたよ」


 私は頷いてから、下ろされたままのシャンデリアを示した。

 彫刻が施された円環にロウソク台が取り付けられている。近くでみると意外にもシンプルな構造だった。


「毎回お手入れのたび、ああして上下させているのですね」

「……はい。宴会場のものは固定式ですが、こちらは上げ下げが可能なので」


 ロウソクの芯が長くなると、炎が大きくなって、煙がすすがひどくなる。そうならないよう、一定時間ごとに芯を切るのがロウソク番の役目だという。

 セバスチャンが教えてくれた。ひとつ利口になった私は続けて話す。


「階段から落ちたのでなければ、シンシアはどこ、、から落ちたのか。――もう、おかわかりですよね? 

 シャンデリアからです。このように下ろした状態で、シンシアを縛り付けて固定し、ある程度の高さまで引き上げたところで落下させた」


 驚きのあまり、皆、二の句が継げないようだ。

 電気式のシャンデリアしか知らない私だからこそ気づけたといえよう。


 やばい、私、ほんとうに名探偵みたいじゃん。


 高揚感に酔いしれていると、ぬははっ、とセフィーレスさんがせせら笑って、


「ありえん!」


 と怒涛の反論をはじめた。


「いくらシンシアが小柄といっても、シャンデリアの金具は人の重さには耐えられんよ。

 途中まで引き上げられたとしても、金具ごと落ちてくるのがオチじゃ。だが、ちょうどシンシアが倒れていた上にあるシャンデリアは壊れてなどいない」

「で、でも」

「もうひとつ。お前さんは『落下させた』といったが、引き上げた状態でどのように落としたと?」

「……それは、ロウソクの炎を利用して縄を焼き切るような、時限装置が」

「縛られたシンシアごと焼けるぞ。肌やドレスに焼けた跡はなかったがのぅ」


 やってみないとわからないじゃない! と返そうとして、私は力なくうなだれた。

 肝心の犯人が、ぽかんとしていたからだ。まったく心当たりがないように。


 やっぱり、違うの?

 勢いを失った私に代わり、アラン王子がロウソク番の彼女に手を差し伸べ、語りかける。


「すべてを打ち明けてくれますか」


 犯人に対するものと思えない柔らかな声音に、泣きはらした目をしょぼつかせた彼女は、ようやく頷いた。

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