童話07―行方知らずのシンデレラ
「門番に確かめて来ました。当家の始祖・大賢者アカンラザール様に誓って、ゲストは宴会中に城を出ていないそうです」
戻ってきたオルチャンが仰々しく、そう告げて。行方不明の“シンデレラ”探しがはじまった。
私は居てもたってもいられず、捜索隊への参加を申し出たのだけど、「やめなせぇ。迷子が増えるだけだから」とオルチャンに諭された。結構はっきり言うね……君。
「わたくしが、ゲストが入城する際にリストを作っておけば……」
一方、セバスチャンは落ち込んでいた。責任を感じているらしい。
「仕方がないですよ。あんな事件が起こるなんて、誰にも予測できませんし」
「ありがとうございます。お優しいですね、キミチャン様」
ぐすっと鼻を鳴らして目尻をぬぐう侍従。
ただし、入城したのはシンシアを含めて『101人』――その数字に、揺るぎない自信を持っているのはさすがだった。
おもてなしに不足がないよう、来客があるたびコック長に数を報告していたから。伝言係を担った執事のサンチャンも「間違いないっす。確実っす」と証言してくれたしね。
行方知らずのシンデレラ。
いったい、どこに消えてしまったのだろう? オルチャンが言うように、たんなる迷子の可能性もあるけど。
捜索と並行して、パーティーの後片付けも進められている。
空になった皿を運ぼうとすると、「どうかお休みになっていてください」と、いかにも仕事ができそうな年長のメイドさんに断られた。
メイドのユニフォームは、黒ワンピースに白のエプロンドレスと、クラシカルなデザイン。動きやすいよう、スカート丈はすね辺りまでになっている。
役立たずな私はせめて邪魔にならないよう、宴会場を後にした。
ロビーに戻る。
大理石床のチェッカー模様のうち黒いダイヤをたどって階段まで移動した。
ロウソクの炎の揺らめきと同じように、シャンデリアの影も揺れている。
最上段に立って階下を見下ろすと、吸い込まれてしまいそうな、おかしな感覚がした。
「危ない!」
「っ」
ふいに後ろから拘束された。暴れると、さらに強い力で抱きすくめられる。
慣れた腕の感触に振り向くと、亜蘭君――じゃなくて、アラン王子が驚いたような面持ちで、
「フラフラしているから。落ちてしまうんじゃないかと思って」
「あ……ごめんなさい」
「疲れているのでは? 休むための部屋を用意しましょうか」
「大丈夫。ねえ、亜蘭君」
「はい?」
「やっぱり、これってサプライズやドッキリじゃないんだよね?」
いまさらの疑惑をぶつけると、王子は困ったように首をかしげた。
違う。わかっている
これは、たぶん、『夢』だ。
なかなか覚めることのできない夢。夢のなかで早く覚めろ、と願う夢。
幼いとき毎晩のようにそんな夢をみていた時期があった。
あの頃の私はどうやって夢から覚めていたんだっけ……。
「大丈夫ですよ。僕はあなたの味方ですから」
不安を悟ったみたいに。肩につく髪を掻き分け、うなじにキスを落とされた。
唇の感触まで同じだなんて。
これって浮気じゃないよね……?
少しの罪悪感を抱きつつも、体を正面に向けてぎゅっと抱きつく。なんだかそうせずにはいられなかったのだ。
夢にしてはリアルな体温に包まれ、ぼんやりと考える。
あーあ。どうしてケンカなんかしちゃったんだろう。
しなければ今頃、現実の亜蘭君といちゃいちゃぬくぬく過ごしていたのに。
出会いの場面。アラン王子は、城の外で地面に転がっていた私を見つけてくれた。
あのときはサプライズだと決めつけていたから不審に思わなかったけど、偶然にしては出来すぎていないか。事件が起こった直後に城を出た理由を、『セフィを探していた』とセバスチャンに答えていたけど。町医者を探しにいくならともかく、セフィーレスさんは城のお抱え医師なのだから、わざわざ外に出る理由はないような……。
もしかして、何かを、隠している?
王子の腕のなかから抜け出して、一歩後ずさる。
「どうして、あのとき城の外に出ていたの?」
ストレートに尋ねると、黒い瞳の瞳孔が開いた。
言葉を大幅に省略したのに、私が何を言わんとしているのか、すぐ察したようだった。
「僕を、疑っている……?」
薄い笑みを浮かべて、間合いを詰めてくる。王子の雰囲気が急に変わった。
さらに一歩後ずさったそのとき、がしゃん、と何かが砕ける音が響いた。
階下に視線をやると、セフィーレスさんがこちらを見上げている。
「こりゃ失礼。お楽しみを邪魔しちまったようじゃな」
プラチナブロンドの髪をわしわしと掻いて、てへぺろする。
いつからそこに!?
彼の足元で砕け散っているものの正体に気づき、私は絶叫した。
「そ、それっ、シンシアのガラスの靴じゃ!?」
大小のガラスの破片が赤絨毯に飛び散っている。
ヒールの部分が割れずに残っていたので、かろうじて、そうだとわかったのだ。
「なぁに。ちょいと触って手を滑らせてしまっただけで、この有様じゃ。こりゃ不良品じゃな」
うんうん、とシャープな顎を小刻みに動かしている。
なんなのこのひと……? 他人のものを壊しておいて。職業柄いろいろな人間をみてきた私でさえ、ドン引きだった。
「僕が弁償します」とアラン王子が肩をすくめて言う。兄弟同然に育ったという、彼の苦労が垣間見えた。
「あの娘、さっき目覚めてスープを一皿平らげたぞ。顔色も良くなってきたし、このまま異常がなければ朝一番に帰せそうじゃ。礼を言う以外は、だんまりを決め込んでいるがな」
「そうか。でも、わざわざそれを知らせにここに?」
「いや実は、腑に落ちない点があってのぅ」
セフィーレスさんは腕を組み、美しい顔を歪ませた。
その姿は、下界の人間たちの愚かさを嘆く大天使のようだった。願わくば、永遠にそのままで。が、祈りもむなしく、ひどいガニ股で階段をかけ上がる。
「階段を転げ落ちたにしては、身体の傷がおかしいのじゃよ。例えばじゃ」
ローブのすそをまくって段に座り込むと、侍医は講義をはじめる。
「熱した鍋に触れてしまったら、頭で考えるよりも先に、手を引っ込めるじゃろ? このように、人には体を守るための反応が生まれつき備わっている。
ゆえにシンシアも、階段から落ちる最中、顔や頭をかばって腕の外側に傷や打撲があってしかるべきなのに。あの娘の身体にはそういった跡がない。あるのは額のキズだけじゃ」
と、額の真ん中を指でなぞた。
中央階段はそれほど急な傾斜はないけど、てっぺんから転がり落ちたら体中アザだらけになりそうだ。想像しただけで痛そう。
セフィーレスさんが不思議がっているのも頷ける。……ん?
そこで私は、立て続けに不自然な点に気づいた。
無事なもう片方のガラスの靴を手に取り、ふたりに掲げてみせる。
「この靴。シンシアと落ちたわりには、破損もなくきれいな状態ですよね」
すると、セフィーレスさんはアメジストの瞳をかっと見開いて、
「たしかに妙じゃのう! さっき、わしがちょいと触っただけで壊れたというに。つまり、ガラスの靴はどのみち割れる運命にあったのじゃな。わしは何も悪くないと」
いや、悪いよ! 変な開き直りをするな!
――でも、だとしたらどういうことになるんだろう。
階段から落ちたとき、シンシアはガラスの靴を履いていなかった? それを後から、あたかも落ちる途中で脱げたように置いておいた。誰が?
「ああ、王子! ここにいらっしゃいましたか」
額の汗をふきつつ、セバスチャンがロビーに駆け込んでくる。
「見つかったか?」
「いえ、まだ。ですが、楽団の控室にこれが脱ぎ捨てられてあったそうです」
侍従はガラスの靴を抱えていた。
「ゲストの忘れ物でしょうか」
「素足で帰った婦人がいたら、さすがに目立っただろう。城内にいる誰かのものだろうな」
アラン王子が硬い表情でうなる。
美しいガラスの靴がさらに一組。いっそ、城内にいる皆に履いてもらってチェックしちゃう?
この世界はガラスの靴だらけ。うんざりして、私はふざけたことを考える。
「昨今のドレスは、レースやらフリルやら装飾がごてごてしていて、わしは好かん。そんな衣装でうろついていたらすぐ見つかりそうなものじゃが。コルセットで身体を無理にしめつけるのも良くない。そもそも……」
セフィーレスさんがくだを巻く背後で、シャンデリアのひとつが静かに下ろされた。
ヘッドドレスを被ったメイドさんがハサミで芯を切ると、炎のサイズが小さくなる。
定期的にメンテナンスが必要なのね。大変な作業だ。あんな床につくような長いスカートで、毎回シャンデリアを上げ下ろしして……あれ?
「――このお城って、今、人手不足なんですよね。最近新しい人を雇ったりしましたか」
質問すると、セバスチャンは「とんでもない」という風に高速で手を振る。
「使用人を雇うときは、必ず領主様が面談する決まりになっております。以前、城の財宝を狙ったコソ泥が使用人を装い、入り込んだことがありましてな」
「ちなみに、あのロウソク番の女性は?」
「ロウソク番? ローラのことですか……?」
「変だな」とアラン王子。
「ローラの耳がヘッドドレスに隠れている。彼女の耳は城一番の福々しさで、ヘッドドレスから耳たぶがはみ出しているはずなのに」
「うむ? 言われてみれば……。おい、ローラ」
セバスチャンが名前を読んだとたん、ロウソク番は逃げだした。
「捕まえてください!」
呆然としている一同にむかって私は叫ぶ。
「あの人が、行方不明の“シンデレラ”で――シンシアにケガを負わせた犯人なんです」
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