童話05―So sweet!
トラブルが起こったときには、まず状況の確認。そして、情報の共有だ。
自然と、私は、マリア課長を思い浮かべる。
お嬢様然としてぽおっとしているけど、非常事態になると、スピーディーに的確な判断をして、部下に指示を飛ばす。
彼女にあやかりたいと願いつつ、肩の力を抜いてから口を開く。
「シンシアが階段から落ちたとき、ロビーには他に誰かいましたか?」
その問いに、セバスチャンは回想するように碧い瞳をさ迷わせた。
「ここに、ですか? いいえ。悲鳴と音を聞きつけて、まず私が駆けつけました。
それからすぐに、ロウソク番と執事が。騒ぎに気づいたゲストも踊り場に集まり出して……王子もやじ馬の後に」
ロウソク番。シャンデリアのメンテナンスをしていた黒ドレスの女性ね。
あらためてロビーを見渡す。
純和風住宅で育った私なんかはソワソワしてしまう。マリア課長ならしっくりきそう……じゃなくて。
セバスチャンが駆けつけるまでに、犯人が身を隠せる場所はいくらでもあるのだ。
シンシアの背中を押した後、家具の影に隠れてセバスチャンたちをやり過ごし、何気ない顔でやじ馬たちに合流する。
犯人の姿を想像して、ぞっとした。
最有力容疑者の継母と義娘は、アラン王子の〈ローサイのメソッド〉でアリバイが成立してしまったけど、彼女たちが直接手を下したとは限らない。
実行犯は別にいるのかもしれない。もしくは、継母たちとは無関係の誰か。
「事故の後、城を出たゲストは? なんというか、あわてた様子で」
単純に考えて、やっぱり舞踏会のゲストが怪しい。
なにせこの催しは、王子の結婚相手を選ぶためのものなのだ。
倒れている姿しか目にしていないけど、シンシアは文句のつけようのない美少女だし、使用人たちの印象も良好らしい。
有力なライバルを減らすため、って動機も考えられるよね。
よく手入れされたチョビ髭を撫でて、いいえ、と侍従は首を振った。
「というか、まだ誰もお帰りになっていません。
舞踏会がお開きになるまでは、ゲストが途中で帰られることは滅多にありませんし。出入口の門を開いた場合、門番がわたくしに報告する
甲冑姿の門番さんたちか。
私が城に入ろうとしたとき、すんなり開門してくれたのは、アラン王子が一緒だったからだろう。
「じゃあ、今ゲストたちは皆、宴会場に?」
「ケガをしたシンシアをのぞけばすべて」
ふぅむ、なるほど。
冷めた紅茶をすする。推理小説はあまり読まないけど、シャーロックホームズみたいな、外国の名探偵にでもなった気分。
ティーポットの隣に、フルーツの砂糖漬けが盛られている。オレンジ、アプリコット、キウイ。色鮮やかなルックスに誘われひとつ口にしてみると、
「甘っ! 激甘っ!!」
「フリュイコンフィ。お口に合いませんでしたか」
むせてしまった私に、セバスチャンがナプキンを差し出してくれる。
「キミチャン、甘味が好きじゃないんだ」
「そういうわけじゃないんだけど」
アラン王子にも気遣われてしまう。
スイーツは好き。でも、これは甘さの限度を超えているって。とはいえ、贅沢に砂糖を使うのが貴族風なのかもしれない。食い意地が汚いせいで痛い目にあってしまった。
もう一度紅茶を啜ってから、自分の推理を話す。
「継母たちはシンシアの悲鳴がしたとき宴会場にいたようですけど。逆にいえば、そのとき宴会場にいなかった人があやしいですよね?」
侍従と王子は顔を見合わせた後、微妙な表情をした。
「はあ。それはそうかもしれませんが……宴会場にいなかった人物をどのように特定します? 犯人が自ら名乗り出てくれると思えませんし」
「だから」
じれったくなって、隣にいる彼の腕に抱きつく。
「アラン王子に確認してもらえばいいじゃないですか! ローサイのメソッドで!」
彼はあのとき宴会場で誰がどこにいたか全て記憶している。
ならば逆に、宴会場にいなかった人物を指摘してもらえば、容疑者がいっきに絞れるじゃない!
どうよ、このアイディア。得意げな笑顔を振りまいてみるものの、なぜか二人の反応はイマイチだった。
まず、王子が、
「難しいかもしれない」
と弱気な発言。話が違うじゃん!
恨みがましい目を向けると、彼は困ったように腕を組む。
「できるとは思う、けど。一人ずつ記憶をたどっていくから時間がかかりますよ」
「そうなの? じゃあ、それぞれ呼び出して面通しを」
「キミチャン様」
やんわりと遮るセバスチャン。
「彼女たちはあくまでもゲストです。
確証もないのに尋問するなど、もっての他。今もこうして宴会場に留まってもらっていますが、夜も大分更けてきた。帰りたいと申し出るゲストがいたら、無理に引き留めることもできないのです」
「あ……」
いまさらだけど、彼らとの間に温度差があることに気付く。
私はシンシアに同情して犯人を突き止めようとしているけど、彼らは事態を穏便に収めるのが最優先で。
舞踏会のホストとして、これ以上波風が立つようなことは避けたいのだ。
「面目ないです。キミチャン様が、こちらの窮地を救うため策をめぐらせてくださっているのに」
「いえ……」
シンシアの言付けを聞いたのは私だけ。
事故じゃなくて事件だ、と騒ぎ立てているのも私だけなんだよね。
気落ちしたのがバレたのか、アラン王子が手の甲を撫でてくれる。優しい。舞踏会を訪れた女の子たちも、彼の身分だけに惹かれたわけじゃないんだろうな。私はちょっとだけ複雑な気持ちになる。
でも、このまま彼女たちを帰してしまうのはあまりにも……。
しょげていても仕方ない。すぐテンパるけど、打たれ強いのが私の長所。思考を切り替える。
「あのっ! 招待客のリストはありますか?」
名簿さえあれば後日にでもコンタクトが取れる、と考えたのだが。
「ございません」とさらに面目なさそうにセバスチャンが続ける。
「そもそも舞踏会は招待制ではないのです。身分問わず、来るもの拒まずで受け付けるように、と領主様から仰せつかっています」
「では、受付名簿は? 訪れた人に住所や名前を書いてもらったり」
「いいえ。そういったことは一切しておりません。領主様が、運命の相手に会った瞬間は迷いなくわかるものだと」
ロマンティックー!
白目をむいて叫びたくなるのを必死にこらえる。まあ、そうか。もし受付名簿があったら、王子様がガラスの靴を手掛かりにシンデレラを探したりする必要はなかったもんね。
「おもてなしに不足が無いよう、コックに人数は報告していたのですが」
「人数を? セバスチャンさんナイス!」
「ゲストは、シンシアを含めて101名です」
100人……。
多い。多い、けど、途方もない数じゃない。なんとかなる気がする。
「ゲストの名簿を作りましょう」
「今からですか?」
「一人ずつ呼び出すのではなく、お見送りするときついでに伺うのはどうでしょう? 舞踏会が中途半端になってしまったお礼をするため、とか理由をつけて」
すると、セバスチャンは苦味ばしっていた面持ちを、ぱあっと明るくさせた。
「なるほど! そういった建前があれば不服を申し立てる方もいないでしょう。同時に王子が、当時宴会場にいたかどうかを確認するという手筈ですな」
「セバスチャンさん話が早い!」
しぶっていたアラン王子も、「やってみよう」と最終的には頷いてくれた。
100人のシンデレラの名簿作り。
やりがいがありそう。夢のなかでも仕事をしている気分だけど。私は無意識にスウェットの腕をまくっていた。
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