童話04―アラン、記憶の宮殿

「見間違いってことは?」


 酒樽みたいなスタイルの継母ならまだしも、義姉と似たような背格好の娘は他にもたくさんいた。ガラスの靴も同じだし。

 言いつのってみるけど、亜蘭君はきっぱりと首を振る。


「間違いないです。僕は、あのとき宴会場で誰が、、どこにいたか、、、、、、を全て記憶しているから」


 記憶している?

 全て貴婦人がどこにいたかを? 

 私がよほど胡散くさいオーラを発していたのか、傷ついたような顔をした亜蘭君は、溜め息をついてから説明する。


「古代ギリシアに、シモニデスという詩人がいました。宴会で貴族たちをもてなしているとき、彼が建物の外に出た瞬間、宴会場が崩れ落ちてしまった」

「一瞬で? どんな欠陥住宅!?」

「建物に押しつぶされた貴族たちは判別できない有様になってしまったので、遺された家族は遺体の身元がわからず困り果てた。

 そこで、シモニデスがスピーチをしているとき、誰がどこにいるかをそっくり記憶していたおかげで、遺体を無事に埋葬することができた。これを場所(ローサイ)のメソッドといいます」


 はあ。入庁したての頃、亜蘭君から同じような話を聞いた気がする。

 彼は、外局含め全市職員を座席表によって記憶しているのだという。数百人分の氏名を。

 最初は冗談だと決めつけて真に受けなかったけれど、選挙管理委員会事務局のメンバーをすらすら答えたから驚いた。ただし、座席表と違う席に座っていたり、席替えしてしまうと全くわからなくなってしまうというから、便利なのか不便なのか判断が難しい。


「僕は宴会場のギャラリーからゲストを観察していました。

 悲鳴が聞こえたとき、あの母娘は給仕のオルチャンに新しいワインをねだっていた。だから、シンシアを突き落としてはいない」

「王子……舞踏会にろくに参加せずそんな力を磨いていたとは」


 脱力したようにセバスチャン。亜蘭君はやけに生き生きとした調子で、


「面白いよ。似たような髪型やドレスでも、少しずつ違うんだ。髪飾りや結い上げ方、ドレスの胸の開き具合だったり腰の締まり具合だったり」


 おいっ! 後半おかしいよね? どこを観察しているのよ。

 軽くにらむと、亜蘭君は気まずそうに目をふせた。そりゃ王子様は、好みの娘を選び放題で楽しいでしょうよ。

 考え込むようにしていたセバスチャンは席を立ち、5分も経たずに戻ってきて、


「給仕のオルチャンに確認しました。そのとおりだそうです」


 主人の記憶力を裏付けた。

 紅茶をふるまうのだって本来ならメイドの仕事だろうに。人手不足だから自ら動いているのかな。

 くぅ。このフットワークの軽さ、前園に見習わせてやりたい。感心した私は優秀な侍従にお願いする。

 

「あの、シンシアに直接話を聞くことはできませんか?」


 継母&義娘犯人説は消えてしまったけど、真相を知るには、本人に証言してもらうのが手っ取り早い。

 侍医のセフィーレスさんによると、命に別状はないとのことだから、簡単な質問だったら答えてくれるかもしれない。

 

 が、私はすぐに自分の考えの甘さを痛感することになる。

 承知しました、とセバスチャンがロビーの奥へと消えて、彼が戻ってくるよりも先に、セフィーレスさんが怒鳴り込んできた。


「ケガして間もない患者を尋問しようとは、どこのどいつの提案じゃあ!? ワシの患者に無理をさせるのは許さんぞぃ!」


 ひいっ、私です!

 美しい姿に鬼神のごときオーラをまとったセフィーレスさんが大股で突進してくる。

 恐怖に身をすくませていると、「セフィ待て」と亜蘭君が代わりに事情をつたえてくれた。これまでの経緯を知ったセフィーレスさんは、ふん、と高い鼻を鳴らす。


「まあ、明日になれば、まともに会話することもできるじゃろう」

「そうか」

「だがな、おそらくあの娘何もしゃべらんぞ。わしやメイドが話しかけても、ひどく怯えた様子で何も語ろうとしない。仮に、継母たちの陰謀によるものだったとしても、正直に喋るとは思えんがな」

「どうしてです」


 口を挟むと、アメジストの瞳で見据えられる。

 野生の獣のような凄みのある眼光だった。身を固くする私に、そんなこともわからないのか、というような冷たい表情でセフィーレスさんは言い放つ。


「義理とはいえ、母や姉を訴えることになるのじゃぞ」


 そんな……。

 私はめまいを憶える。あんな華奢な子を階段から突き落とすなんて。下手したら死んでいた。殺人未遂だ。犯人をみすみす逃すなんてあり得ない。


 反論しようとして、口をつぐむ。

 ここはシンデレラ後の世界。私が知っている現実とは状況も常識も違うのかもしれない。

 シンシアは、継母と義娘に虐げられながら暮らしていたのだ。彼女が正直に打ち明ければ継母たちは裁かれるだろうけど、その後、彼女はどうなる? 保護してもらえるような施設があるのかどうか。


 けれど――。

 胸の奥がちくりと痛み、熱い感情が湧き上がってくる。無力な私でも理不尽さに対する怒りはある。

 シンシアは伝えようとしたのだ。額から血を流しながらも、勇気を振り絞って、真実を。

 私に伝えたのは、たまたま傍にいたからに過ぎなかったのだろう。でも、見過ごすことなんてできない。

 夢オチでもサプライズでも関係ない。こんなに酷い話があってたまるか。


「ところで、王子。女の趣味が変わったのじゃな」


 へっ? 

 気づくと、無遠慮な目を向けられていた。怒りに燃えていた私のつむじから爪先まで、セフィーレスさんの視線が走る。


「おぬしの趣味は、ばーんと乳と尻が出ている娘じゃったろうに。この娘は背だけひょろりと高くて、洗濯板のようではないか」


 長い指で、ボンキュッボンのち平行のシルエットをかたどる美貌の侍医。

 な、なっ、なんですと……!?

 たしかに私は、身長高めで凹凸がなくて……でもでもっ、「モデル体型だね」って皆褒めてくれるんだよ?

 亜蘭君はひたすら俯いているし、セバスチャンは笑いをこらえているし。もう、誰かフォローしてよ。


「ああ、婚約したのか。とにかくおめでとう、王子。今度祝の酒を奢ろう」


 とにかく、って何?

 あまりに失礼なことをされると、怒るよりも唖然としちゃうんだね……。魂が抜けた状態の私にかまわず、セフィーレスさんはセバスチャンに向き直る。


「と、今はワインを一瓶もらいたいのだが」

「宴会場に残っているものでよろしいですか」

「かまわん。傷口の消毒に使いたい。どうせわしは下賤な外科医じゃからな」

「セフィ殿の技量は領主様も認めていますよ」


 はんっ、とワインの瓶を肩に背負って、大股でさっそうと去っていく。

 理想の美形にコンプレックスを指摘されるなんて。見た目とキャラが違いすぎるのも考えものだ。


「無礼を詫びます」


 申し訳なさそうに亜蘭君が、


「あれは、昔からああいう男なのです。セフィの母親が僕の乳母で、兄弟も同然に育ったものだから。物言いに遠慮がないというか」

「なんだっけ? 乳と尻がばーんと出ている娘が好きなんだ」


 嫌味たっぷりに返すと、「あなただって」と拗ねたよう耳元で囁かれる。


「セフィのことを、うっとり見つめていたではありませんか」


 ……気づかれていたか。恋人が隣にいるっていうのに、私も失礼だったよね。ごめんなさい。

 ていうか、それって、やきもち?

 現実の亜蘭君はいつも冷静で、感情の波が少ないと感じるくらいなので新鮮だった。ふくれた薄い頬がかわいい。惚れ直してしまいそう、こっちの亜蘭君に。もう紛らわしいから、こちらの彼は〈アラン王子〉って呼ぼう。


「う、うおっほん、げほん」


 甘い雰囲気にいたたまれなくなったらしい、セバスチャンが咳き込んだ。

 ああ、いちゃいちゃしている場合じゃなかった。


 シンシアが自分から証言できないのなら、こちらが真相を突き止めるまでだ。

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