童話02―シンデレラがたくさん

「え? なに?」

「――ああ、動かしちゃいかん!」


 さらに何事かを囁こうとした少女に顔を近づけたところで、待ったがかかった。

 三人の男性が足早にやって来る。その先頭の人物を目にしたとたん、胸を射抜かれたような衝撃を受けた。


 こんな美人、見たことがない!

 男性に美人という形容はあまり使わないけれど、イケメンと表現するのは軽々しすぎる、神々こうごうしいほどの美形だった。

 腰まで届きそうなプラチナブランドをなびかせ、童話に登場する魔法使いみたいなローブを羽織っている。その上に乗っかっている小顔の造りは、あきらかに日本人じゃない。

 紫水晶……って、アメジストだよね? アメジストのような二つの瞳を中央階段に向けて、


「あそこから滑り落ちたのか。ったく! けったいな靴が流行したせいで、ケガ人が絶えんわ」


 ちっと舌打ちして、少女の元にひざまずく。


「額を切って出血しているようじゃが、命に別状はなさそうだぞ。よしよし」

侍医じい、頼む」


 亜蘭君が美人さんに言う。

 ジイ? どう見ても私たちと同年代か少し上にしか見えない人に、ジイって。


「我が家のおかかえ医師、セフィーレスです」


 いぶかしんでいると亜蘭君が教えてくれた。

 ああ、なるほど、〈侍医〉ね。

 最近王宮を舞台にした映画(ドロドロ不倫劇)を観たばかりなので知っている。王族や貴族専属のお医者さん、だっけ。ということは、亜蘭君はどこぞの貴族という設定なのかな。

 美人医師は私に気づいて、「ん?」と眉根を寄せた。眉間の皺の入り具合まで美しい。が、すぐにきびすを返して、連れてきた若い男性らに指示して少女を担架に乗せた。


「じゃあ、王子。あとでな」

「ああ、セフィ」


 ひょいと手を上げて、ロビーの奥へと少女を搬送する。

 命に別状はないと診断されて安心したせいか、緊急事態なのに、その後姿をうっとりと見送ってしまった。

 中学生のときハマったRPGのラスボスに似ている。セフィーレスさん、か。口調はジジむさかったけど、脳内補正できる範囲だ。


「アラン様」


 騒ぎが収まるタイミングを待っていたかのように、高らかな声が上がった。

 踊り場にいる貴婦人らのひとりが、手すりに身を乗り出している。

 でっぷりした身体に、フリルが目立つラベンダー色のドレスをまとったミセス。彼女を認識するなり、亜蘭君がぎくりとした表情になった。


「あたくしの義娘むすめ、シンシアが城内でケガを負ったからには、それ相応の対処をしていただかなくてはねぇ」


 うわあ。人を見かけで判断するのはよくないけど、いかにも狡猾こうかつで意地悪そうな顔つきをしている。


「ちょうど良いところに、うちには年頃の娘がもうひとりいましてよ? 今後の身の振り方をよくお考えになってくださいまし」


 手のひらを口元にかざして声高に笑う。おっほっほ、って笑う人、初めて見たよ。

 ミセスの後ろから、ノッポで痩せぎすな女性が現れて、亜蘭君に膝を折ってお辞儀をした。あだっぽく、流し目を使ってくる。


 ちょっと待って。

 私のムスメってことは、あのミセスは“シンデレラ”のお母さんってこと? で、ノッポの娘はお姉さん?

 家族が大変な目に遭ったのに、二人とも動転している様子も悲しむそぶりもない。むしろ余裕さえ感じられるのは、どういうことよ。私が怒ってもしょうがないけれど。

 そのうち周囲もざわつき出す。

 踊り場にいる貴婦人らはざっと五十人はいるだろうか。彼女たちがスズメの大群のようにさえずり始めたのだ。なかには奇声や悲鳴を上げる人もいて、かしましいどころの騒ぎじゃない。


「お嬢様方、おしずかに!」


 さえずりを止めさせたのは、亜蘭君の背後に控えていた、恰幅かっぷくのいいオジサンだった。

 音楽室に貼ってある中世の音楽家のような縦巻カールの髪型。彫りが深い顔立ちで、彼もまた日本人じゃなさそうだ。セフィーレスさんといい、日本語が流暢りゅうちょうな西洋人スタッフを雇っているんだなぁ。つい感心してしまう。

 オジサンは、白タイツの筋肉質な脚で中央階段を駆けあがり、貴婦人たちを奥の間へと誘導する。


「指示があるまで宴会場で控えていてください。どうかお願いします」


 貴婦人たちがゆっくりと移動し始める。


「はぅっ!」


 窓ガラスを爪でひっかいたような音がいっせいに響き、反射的に耳をふさいだ。

 苦手な音ランキングで、常に上位にくる、あの音だ。


「なんなのこれっ」

「ガラスの靴が床に擦れる音です」


 同じように両手で耳ふさいだ亜蘭君が答える。

 貴婦人らの足元を眺めて驚いた。そのほとんどが“シンデレラ”と同じガラスの靴をお召しになっているではないか。靴の底面と大理石の床とが擦れ合って、酷い音を発している。


 ガラスの靴といえば、シンデレラでしょうが! どうして皆が履いているのよ。


 宴会場の扉を締め切ると、ようやく平穏がおとずれた気がした。

 縦巻カールのオジサンが「はぁああ」と地獄の底から這ってきたような溜息をついて、ロビーに降りてくる。くっきり二重の眼差しで、亜蘭君をきっと睨む。


「王子、どこにいらしたのです? 大広間を飛び出していったと思いきや、見知らぬお嬢様を連れてきて」

「ケガを診てもらうためセフィを探していたら、偶然に彼女を見つけたんだよ」


 亜蘭君は紳士的な所作で私を示して、


「舞踏会のお客様だ。庭園で迷っていたところをお連れした。――決めたよ、セバスチャン。僕は彼女と結婚する」

「おおっ!」


 あっけに取られたように、オジサンが私を上から下まで眺める。全身スウェット女を。


「――失礼ですが、吟遊ぎんゆう詩人か道化師を生業なりわいにしてらっしゃる方で?」


 あきらかに怪しんでいますね?

 道化師は何となく分かるけど、ぎんゆう詩人って何よ。どちらも堅気かたぎの商売じゃなさそうだけど。


「もしや、我が領地に来られて間もないのですか? 僕は領主ゴマーシュ・アカンラザールの息子、アランです。あなたのお名前を伺っても?」

「本気で言ってるの? 暮森公子だよ」

「クレ……」

「公ちゃん」


 亜蘭君よりも素早い反応で、縦巻カールのオジサンが胸に手を当て、私の前で片脚をついた。


「キミチャン様ですね。わたくし、アラン様を幼い頃からお世話して参りました、侍従じじゅうのセバスチャンです。お見知りおきを」

「ジジュウって、王族に仕える人? はあ、ふつつか者ですがよろしくお願いします」

「まったく、王子には驚かせられますな。結婚相手探しの舞踏会は全く乗り気じゃなかったのに、突然こんな変わった……けほん。お可愛らしい方を連れてくるとは」


 お世辞なのがバレバレだ。 

 オジサン、もといセバスチャンさんは、こいつぅ、みたいな感じで亜蘭君の腕を突いている。

 セフィーレスさんは美しすぎて現実味がなかったけど、セバスチャンさんはおとぎの国のあやつり人形マリオネットみたいで、こちらも現実味がない。


「ねえ、亜蘭君。そろそろ種明かししてよ。〈ドッキリ大成功〉の看板はいつ出てくるわけ?」


 ついに我慢できず、問い詰めてしまった。

 王子様コスプレの亜蘭君は、侍従のセバスチャンと顔を見合わせ、そろって小首をかしげた。

 バカがつくほどマジメな面持ちで、逆にたずねてくる。


「今なんと?」

「いや、だから。これって私へのサプライズなんでしょ?」

「サプライズ、とは何ですか」


 嘘でしょ……。

 なんだか頭がぼおっとしてきた。慣れないロウソクの灯りのせいだろうか。

 それにしても、この会場。照明がロウソクだけというのも、安全管理上どうなのかと思ってしまう。

 黒ドレスのメイドがやってきて、鎖を操っていてシャンデリアのひとつを下ろした。ハサミのような道具で、ロウソクの芯を一本ずつ切っている。メンテ的なものだろうか、現代ではまず見られない工程だ。


 サプライズじゃなかったら、なに? 夢?


 “シンデレラ”が倒れていた時点で、おかしいな、と感じていた。

 演出でここまでするだろうか、と。

 明るいところでまじまじと眺めると、レンタルと思い込んでいた亜蘭君の衣装は豪奢な造りのわりに年季が入っている。先祖代々のものを引き継いだかのように。セバスチャンのロングジャケットにいたっては、継ぎはぎの皮が当ててあった。レンタル衣装とは思えないボロさだ。


 サプライズにしては状況がおかしい。夢にしてはリアルすぎる。

 だんだんとわけがわからなくなってきた。 


「しっかし、困りましたなぁ」

「そうだな」


 パニックに陥りかけた私を差し置き、亜蘭君と侍従のセバスチャンが唸り合っている。

  

「あの――何があったんですか」


 いい年の男が二人して唸っているのは見苦しかったので、声をかけてみた。

 サプライズか夢オチか。

 どちらにしろ、焦ってあがいても仕方がないようだ。とりあえず話を聞いてみることにしよう。

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