【6-2】

 翌日の夜、自宅の居間のリビングでソファーに胡坐をかいて座り幽霊専用スマホのディスプレイを眺めている富井。

 映っているのは浩太朗達のバンドの仲間である江戸川と言う男の家の中だった。

『お前のしょうもない下ネタ映像は良い。相手を映せ。相手の顔を』

 どうやらライブ映像の様で映している相手は浩太朗だった。

 相手の表情からして疑う気持ちが強いように感じるが、一方で浩太朗のストレート過ぎる下ネタのせいで嫌な顔をしている様にも感じていた。

『……反応が分かりづらいな。それに死亡時でさえ二十代半ばを過ぎていたのに尻を出すのはありえないだろ』

『俺は止めろと言ったからな。それなのにあの馬鹿が、これくらいやらないと俺だと分からないよと言い張ってな──』

『サイモン君。サイモン君。ライブの打ち上げで自分のナニにサイリウムを着けてグルングルン振り回しながら「まん丸お月様だよ!」と叫んだ事を今もよく憶えているよ』

『お前……』

 ドン引きで見やる富井は、心の中でこの男へ払う敬意はもう最低限で構わないと心に決めた。



「これは確かに浩太朗と洋三……? いやCGか……誰がこんな馬鹿馬鹿しいのを作るんだ? いや万が一、そんな奴がいたとして、その代償に俺に演奏させる意味が無い……だとすると本物なのか? 最近の心霊ブームは……まさか本当なのか? しかも曲が浩太朗の曲っぽいくせにかなり出来が良い?」

 キーボード担当のエドガーこと江戸川 仁(えどがわ じん)は混乱していた。

「それに協力者って誰だ?」

 SDカードに記録された動画を郵便で送りつけるは幽霊に出来る事ではないので、その辺は曖昧に協力者としておいたのであった。

「……訳わからねえよ」



 三十年前に死んだ浩太朗と二年前に死んだ洋三の二人が名前が書かれた封筒の中には厚紙に挟まれたSDカードと「中の動画を見てくれ」と言うメモが一枚。


 怪しいと思いながらも興味を惹かれて再生してみると、昼の駅前の人波の中に死んだはずの二人が立っている姿が映されていた。

 どうやら浩太朗の自撮りの映像の様に見える。

『これは、エドガーとハリーとカークの三人に送っている』

『久しぶりだな皆。まあ信じられないだろうが本物俺と浩太朗だ……幽霊になっちまったがな』

『それで、お前等に頼みがあってこんな事をしているんだけど、まあ、簡単に信じてはくれないよな?』

 その言葉に仁は思わず肯いてしまった。


『だからちょっと思いついた証拠を見せてみる』

 そう言うと二人は歩き出す……他の通行人を避けることなく突き抜けながら。

 唖然とする仁の視線の先では、二人はコンビニに入って新聞コーナーで昨日の日付のスポーツ紙の見出しを読んでいた。


『これだけじゃあ信じるのはカーク位だろ? それじゃあいつものをやってやるぜ!』

 いきなりズボンとパンツを下して唄いながら踊り出す姿に「ああ、浩太朗だ……」と懐かしさが仁の胸の中にこみ上げてくる。

 しかし、周囲の人間が全く反応していない不自然さに、これが幽霊だからと言うよりも作りものではないかと言う疑いが強くなったのだった。



 CGで作った偽物と疑えば疑うほどに、この動画を自分に見せる理由が分からなくなる。

 作り物にしては無駄にクオリティーが高過ぎた。

 そしてその内容はクオリティーに値するような要件では無い。

 合理的に考えるならば、こんな映像に費用を掛けてまで自分達を騙す理由が無いので本物だと考えるべきであるが、そもそも死者からのビデオメッセージという存在に合理的説明がある筈もない。


 ならば、これだけの映像を大金を掛けて作るだけの理由が何処かにある筈だが、単に映像の製作費だけでは無く三十年以上前に死んだ浩太朗の自分達しか知らないプライベート情報を手に入れるだけでも、どれほどの時間と金が掛かったかを想像すれば、自分達を騙して経費を上回る利益を手に入れる事の出来る人間が居るとは思えない。

 そうなればやはり心霊……オカルト……「うっ、頭が痛い」

 チョイ悪親父というより昔堅気の任侠を思わせる顔立ちを歪ませる。どれだけ考えても状況は動画が真であるとしなければ説明が使いないが、いい歳した大人として幽霊を信じる気にもなれないという堂々巡りだった。


 その時、テーブルの上に置かれたスマホが通話着信し不快な振動音を立てる。

「春美?」

 相手はバンドのギタリストだった針井 春美(はりい はるよし)だった。

「どうした?」

『仁、もしかしてお前の所にも何か届かなかっ』

 慌てた様子で話し出す春美の言葉を遮り「届いた。今見ていたところだ」と答えた。

『そ、そうか……あれは本物だと思うか?』

「幽霊を信じるというなら、疑う理由はない。幽霊を信じないとしても疑う根拠が見つからない」

『どういう事だよ!』

「分かんねえよ! 俺達を騙して金を巻き上げようとしてもたかが知れてるぞ。精々何十万かが良いとこだろ? 俺達の事を三十年前の事まで詳しく調べ上げて、この映像を作り上げる……どう考えたって割に合わねえよ! じゃあ利益じゃなく感情的な何か、復讐か? 俺はそこまで誰かに恨まれた覚えはないぞ!」

『俺にだってないよ』

「だから分かんねえんだよ!」


『じゃあ友樹が誰かに恨まれているとかさ?』

 春美が残りのメンバーの名前を出すが「三人の中で恨まれるならお前だろ」と断言される。

『……つまり、あの映像は本物だと?』

 華麗にではないがスルーした。


「差出人が死んだ仲間という要素を除けば本物と思うしかないだろ?」

『それなんだけど、重金の(しげかね)のおやっさんがガンで余命宣告されてるからって話が気になるんだ』

「だから、これは出鱈目なんだよ!」

『これは言いたくなかったんだけど、おやっさんがガンの件は嘘じゃないと思うよ』

「何だって!」

『丁度一昨日に病気の話を知って見舞いに行ったんだけど、前から痩せてきたとは思ってたけど一月前にあった時とは別人の様に痩せてたから……』

「おやっさんが……マジかよ」

 仁は天井を仰いで、深く溜息を漏らした。


『おやっさんが倒れて入院したのが五日前で、送られて来た郵便スタンプの日付は今日なんだよ。そんな短期間であの映像を作れると思うか?』

「おやっさんが倒れてから計画を立てたとすると時間的には無理だ……可能性があるとしたら自分の病を自覚したおやっさんが前々から仕込んでいたと考えるしかないけど」

『その理由が分からないよな。おやっさんだったら、自分が死ぬ前に一曲完成させて聞かせてみろってストレートに言うだろうし。それに話をした時も何かを企んでるような様子もなかった』

「そんな腹芸が出来る人じゃないからな」

『そう言う事だから、おやっさんでは無く俺でも無く仁でもないとなれば……友樹じゃないか?』

「お前じゃないと決まった訳じゃない」と釘を刺す。

『俺の扱い酷くないか?』

「友樹が居ない所で悪く言うお前が一番酷い」

『……お、俺達の中に犯人は居ないと思う』

「…………」

『返事しろよ!』

 返事をする価値も無いという事は往々にしてある。



 そんな様子をライブ映像で見ていた富井達の表情は微妙だった。

『ねえ、俺っぽい曲の癖にかなり出来が良いってどういう意味?』

 画面の向こうから浩太朗がそう問いかけてくる。

『…………』

 富井は何も答えない。

『ねえサイモン。どういう意味だと思う?』

『…………』

 洋三も答えない。

『ねえ、トミー。サイモン教えてよ。これって日本語じゃなく暗号か何かだよね?』


『……何か浩太朗みたい奴がいるな』

 富井が話をそらすために洋三に話しかけた。

『あいつ……春美は浩太朗と一緒に二人にしておくとどこまでも悪ノリするから面倒なんだよ』

 富井の疑問に洋三は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。浩太朗の方には一切顔を向けない。

『何だよ。無視した挙句にハリーとなんか一緒にするなよ!』

『ハリー?』

『こいつのいつもの病気だ。針井だからハリーってやつだ』

『病気って酷くねえ?』

『ああ、うるさい! こんなんだからお前と春美は一緒にしないように様にいつも気を付けてたんだよ』

『その一緒じゃない! 日本語が難しい』

 二人は文句を言う浩太朗を無視して話を続ける。


『それはどうでも良いけど、幽霊を信じる方向には話が進まないぞ。このままだと猜疑心だけが強まって決定的な証拠を突き付けても、感情的に拒絶されかねないぞ』

『今回の鍵となるのはラストの友樹だと思う』

 洋三はバンドのメンバーの一人である角田 友樹(かくた ともき)。通称カーク──時折船長が付いたりする──の名前を告げる。

『ドラマーの奴か、どんな奴なんだ?』

 洋三は少し考えた上で言葉を選んで答えた。

『……まあオカルト好きだな』

『それは心強い……ある意味』

『本当にある意味だ。だけど今回に関しては目的に合致するから期待してくれ』




 次の瞬間、部屋の扉がバーンと派手に音を立てて開く。

「オカルトキターっ!」

「帰ってくれ。本当に頼むから帰ってくれ」

 いきなり自分の家に現れて奇声を発した相手に対して、驚く事もなく一瞬の間を挟む事すらなく流れる様に仁は深々と頭を下げていた。

 その所作は美しさすら感じた。

「そんな事よりも凄いのが来たぞ。物凄いのが! 何だと思う? なあ、何だと思う」

「ああ、お前のところにも──」

「幽霊だ! しかも浩太朗と洋三の幽霊だ!」

「……」



『相手を無視して話を振って自分で答える……リアルで見るのは初めてだ。これまた凄いのが出て来たな』

『…………』

 揶揄する富井に洋三は答える事は出来ない。そんな事は自分が一番分かっているのだから。

『良い友達ばかりで羨ましいよ』

『そうだろ。マイフレンド裕君』

 洋三の反撃は辛辣であった。

『……それで、あっちの方が浩太朗よりスケールのデカい馬鹿だと思うんだが?』

 本心では「マイフレンド? 誰が?」と言いたい富井だったが、ほとんど毎日自分の家で過ごす相手には言えなかった。

『スケールは大きいが基本的に無害だ。浩太朗達の様に他人を、主に俺達を困らせて喜ばない』

『家に突然押しかけて「オカルトキターッ!」と叫ぶ奴を無害と呼べるお前等の心の広さにドン引きだよ』

『慣れだよ』

『慣れたのかよ』

『慣れちゃったんだよ……』

 そう語る洋三の背中は今にも消えてしまいそうなほど力なく映った。



「俺もそれを今見たところで春美と話してたところだ。だから落ち着け」

 仁は画面を指さしながらそう告げた。

「そうだこれだこれ! それで俺が検証した結果だが、画像には不自然な部分があるが、浩太朗と洋三が本物の幽霊であるとすると不思議では無いんだ」

「……不自然な部分?」

「髪の毛の動きが明らかに不自然だ。まるで重力の影響も空気の抵抗も受けていない」

「まず合成を疑えよ」

「地球上の何処で撮影しても重力の影響は受ける。そしてあのレベルの動画をCGで作るとなると、ハリウッド映画レベルの技術と金と時間が必要になる。仕事を頼めるコネがあっても十万ドルの世界だぞ」

 年季の入ったオカルト者としては画像解析のシビアさは素人レベルでは無かった。


「元々撮影してあったビデオを元に作った可能性はないのか?」

「無いね、そもそも一枚一枚の画像の解像度が違い過ぎるから合成しても違和感しか感じないよ。安っぽい心霊ビデオみたいで一発で分かる。だからといって刑事ドラマで古い監視カメラの低解像度でぼやけた画像を科捜研がクリック一発で鮮明にするなんて事は現実では不可能だから」

「つまりこれは?」

「誰かがこんな事を言っていた。作り話(フィクション)において嘘は一つだけで十分だ。二つも三つもあれば嘘臭くなるってね。幽霊だとするなら嘘は一つで済むけれど、幽霊じゃないとすると幾つもの嘘が必要になる……どうだ?」

「いや、どうだってドヤ顔で言われても、それだと幽霊だとするという事は良く出来た作り話にしかならないだろ。それで良いのか?」

「……?」

「何故不思議そうな顔する!」



『……大した鍵だな?』

『まだだ。まだ終わらんよ!』

『いや、俺はもうあきらめて試合終了な気分なんだけど』

『違う、オカルト好きの奴がカギだと言うのは、集団の中に一人でも肯定に回る奴がいれば話が変わってくるという事だ。もし三人ともが幽霊何て居るはずもないと頭から決めつけてたなら、その後どんなに証拠を突き付けても理屈じゃなく感情で反発されてしまう。だから中立でも良いんだ。客観的に否定しがたい事実を突きつけた時に冷静に判断出来る誰かが居るだけでも希望が持てるだろう。友樹が阿呆かどうかは関係ないんだよ』

『……サイモン必死だな』

 富井が答える前に浩太朗が余計なツッコミを入れて怒鳴られる。




「大体だな。これはSDカードに保存されて郵便で送られて来たんだぞ。幽霊にそんな事が出来るのか?」

「それは、協力者に頼んで送ると洋三が言ってたじゃないか」

「じゃあ、その協力者はどうやって幽霊の二人を撮影したんだ? 普通に撮影出来るくらいなら俺等にだって見える筈だ。だったらこんな面倒な真似をしなくても直接俺達の前に出てくればいいだろ」

「ほら、念写とかそういう事が出来る相手なんだよ。霊能力者とか」

「……いきなり胡散臭くなったな」


『本当に胡散臭いな』

 ライブ映像に仁の言葉に、そう返してしまう洋三。

『パープルちゃんじゃああるまし霊能力者は無いと思うわ』

 霊感と呼ばれる超自然的な感覚を持っている人間は存在する。

 最低限、例の気配を何となく察する程度なら百人に一人程度の割合でいるだろう。

 しかし、ぼんやりとでも視覚的に捉えられるレベルとなれば、数万人から数十万人に一人程度となってしまう。

 そして縁の様に幽霊に噛み付くとか意味不明なレベルになって初めて霊能力があると判断されるのだが、そこまで来ると一億人に一人いるかいないかと言うのが幽霊が情報網を駆使して調べた結果だった。

 

 基本的に幽霊は霊能力者と言う言葉が大嫌いだ。

 彼らのほとんど全てが良くても最低限の霊感しか持たないインチキであり、幽霊の事を好き勝手に語り金儲けをしている彼らを軽蔑している。


 そもそも、彼らが言う様な幽霊を動画撮影しデータをSDカードにコピー出来る霊能者が普通にいるなら幽霊は苦労していないのだ。



「大体だ。霊能力者が協力者だとするなら、そいつが直接俺達の所に来てリアルタイムで念写でもして、二人と会話させれば良いだけの事だろ」

「相手がプロの霊能力者じゃなく、一般人で顔出しNGなのかもしれないだろ」

「何だよそれ」

「一般人なんだけど強い霊能力があって、それを隠して生活しているのに、それが浩太朗にバレてしつこく付きまとわれて泣く泣く協力させられたとかさ」

「その様子が頭の中にはっきりと浮かぶな。すごい説得力だ」

 友人からの浩太朗の評価がとても低いのだった。



『何だよそれ!』

『凄い信頼感だな』

『何の違和感もなく俺の頭の中にも浮かんだぞ』

 浩太朗は古い友人からの自分の評価に憮然とするも、富井と洋三の反応も同様だった。



 仁はいきなり立ち上がる適当な方向を振り返ると大声で話し始める。

「よし……浩太朗! お前が幽霊になったという前提で話をしてやる。そうだとするなら、お前はここにも居て俺達の反応を確かめてるはずだな」

 そこで深呼吸をして間をあける。

「俺が今、頭の中に思い浮かべた言葉を、協力者とやらを通して手紙で送れ!」



『…………俺は出来ないんだけど幽霊って人間の心まで読めるの?』

 富井の質問に洋三はブンブンと頭を左右に振る。

『そうだよな……どうするのこれ?』

『どうすると言われても……どうする?』

 幽霊達にはどうしようもなかった。

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