【4-2】

 自宅に戻った富井は、先ずパソコンを立ち上げるとネットで自宅周辺の地域での、ここ五日以内の死亡交通事故について調べてみたが、二十代から三十代前半辺りの女性で、背後から轢かれるなどの幽霊になりやすい状況での犠牲者の情報はなかった。

「無いな……」

 0チャンネルで調べた限りでは悪霊とは死んだ段階で悪霊の卵として誕生する。そして一週間も経たずに瘴気を放ち始め数時間で消滅する。普通の幽霊から悪霊化する場合も無いがその可能性は極めて低いという話だったので、五日以内と範囲を絞ったのだがヒットするのは、何故か全く違う九州の死亡事後が検索リストのトップ表示されてしまった。


 情報の範囲を区内に広げ、更に一週間以内とすると、条件に合致する死亡例は一件見つかったが、その住所と名前、年齢で検索を掛けると本人がSNSで自分の顔を晒していたが、全くの別人だった。

 その後、交通事故から火災に変更して検索を掛けても芳しい結果は得られなかった。

 幽霊には、太平洋戦争時には空爆で防空壕ごと死んだという幽霊がかなり多いが、現在多いのは交通事故か火災事故を原因とする死亡による幽霊化なのだが完全に当てが外れた格好となる。


 事故死を含めて警察が関わるような事件での死亡なら情報はマスコミ経由でネットに経緯まで記されるので調べやすいが、それ以外の病死などは新聞のお悔やみ欄で確認出来るが全ての死亡者が載る訳では無く、載っていても死亡時の詳細が分からないので幽霊になる可能性が高いかどうかは判断は出来ない。


「まいったな……」

 ネット上にはどんな情報でも転がっている。それはある意味事実だが得たい情報にたどり着く為には絞り込むための鍵となる情報が必要になる。そして富井が持っている情報は多くはない。

 二十代から三十代前半までの女性で、癖のない腰まで伸びた黒髪。顔は表情に問題があるが目鼻立ちは整っている……

 彼はノートを開くと、脳裏に思い浮かべた女性の顔をなぞる様に鉛筆を走らせていく。


 彼が描き出す女性の顔はかなり……いや、そんなレベルではなく細密画とも呼ぶべきで、顔だけじゃなく全身を細部、服装の皺から髪の毛の一本まで精緻に描き込まれており、良く見なければモノクロ写真と間違える出来栄えだった。

「……幽霊すげえな」

 富井は自分が描き上げた幽霊の姿絵の出来に思わず自画自賛を漏らすが無理もない。彼には絵の才能は全く無く他人に笑われた事はあっても褒められた事など一度もないので、そんな自分にこれほどの絵が描けた事が信じられなかった。

「これならいけるか?」

 流石に幽霊状態のこの絵では、彼女の知り合いでも一見して生前の姿と一致させるのは難しいだろうが、髪型や化粧した状態に修正すれば、先ほどの現場周辺で聞き込みをすれば探し出せるのではないかと考えた彼は、まずは自分の描いた絵を複合型プリンターのスキャナーで取り込んでデジタルデータとして保存し、セットどころかブラッシングさえもしていない髪の部分に消しゴムを掛けて消す。

 そして綺麗な黒髪のストレート・ロングに似合う髪型を思い浮かべながら再び鉛筆を走らせる。目覚めた己の画才を信じて。



 そして僅か三秒足らずで彼は気づいてしまった。

 自分は別に死んで絵の才能に目覚めた訳でもなく、単に幽霊になった事で、記憶を明瞭かつ詳細にイメージとして引き出す事が可能となった為に細密な絵を描く事が出来ただけで、見て記憶した映像だけを印刷可能な糞遅いモノクロ専用プリント能力を手に入れただけで、想像を働かせて描くという事に関しては、筆が全く動かない事に失望する。


 余りの駄目っぷりに乾いた笑い声を上げて鉛筆を投げ出すと、足も前に投げ出して深々と椅子の背もたれに背中を預ける。

「似顔絵作戦も駄目だとすると……あれ?」

 絵を見ながら考え込んでいると何かに気づいたようだ。

「これって……」

 富井が注目したのは絵の中の女性の足元。自分で描いていながらも単にノートの上に重ねて浮かべたイメージに沿って鉛筆を走らせる作業だったので気付いていなかったのだが足にはスリッパ。しかも旅館や病院など履くような業務的な感じのデザインではなく、如何にも自分の趣味ですと言わんばかりの可愛いリボンが付いた部屋履き用のスリッパだろう。

「外出中に死んだのなら靴を履いてるはず。そしてこのスリッパは彼女個人の物の可能性が高い」

 警察ならそう考えるだろうが、何せ相手は警察の管轄外の幽霊であり、幽霊がスリッパを履いているかといって死んだ時に靴を履いていないかは富井にも分からなかった。


『もしもし、浩太朗? 悪いけど三秒で来て』

『何それ? くしゃみ一発で呼ばれてしまう大魔王扱い?』

 幽霊には距離など関係なく記憶にある場所ならば瞬時に移動可能だが、三秒で来いとまで言われて素直に従う訳もなく苦言を呈する。

『例えが古いんだよリアルタイム世代が』

『ドラマ化したから関係ないね』

『ドラマ化しようがしまいが、お前はアニメのリアルタイム世代なのは事実だ』


『それで何の用だよ?』

 何処にいたのかは分からないが実際三秒で現れる浩太朗。

 三秒どころじゃない会話が挟まっていたが、念話で会話ならどれほど話し込んでも一秒もかからない。某SF小説に出てくる高速言語も真っ青な情報伝達速度である。


『幽霊って、死んだ時の姿なのか?』

『いきなりだな。別にそんな事は無いだろ。もしそうなら風呂に入ってて心臓止まって死んだサイモンは裸って事になるぞ』

『そういう事じゃないんだ。幽霊になった時点での服装はどうなんだ?』

『そういえば俺は……今と同じ死んだ時の格好のままの格好だったな』

『三十年間そのままの格好かよ。何か臭って来そうだな』

 そう言いながら三歩下がる。


『幽霊だから臭わないし、季節や状況に応じて色々着替えてるし、大体これは服じゃなく俺の霊体だし』

『浩太朗が臭いのは仕方ないとして、幽霊になったばかりの奴の服装は、死んだ時の格好のままというのが多いのか?』

『臭くねえって言ってるだろ! 全く……それでだ、基本は死んだ時の格好だな、自分の思い入れのある格好をしてる奴もたまにはいるが』

『やはり、自覚も無く死んだ奴しか幽霊にならないんだからそうだろうな。それで基本的じゃない奴は理由があるのか?』

『病気とかでうなされて夢を見ながら死んだ奴等は、夢の中での格好な場合があるそうだ……お前まさか? さっきの──』

 浩太朗は質問の意図に気付いた。

『あのまま悪霊と化して意識も無く狂った様に周囲に不幸をばら撒いて消えるなんて、本当にそれで良いと思っているのか? お前だって幽霊だろう』

『だがお前死ぬぞ』

『死ぬも何も幽霊だし。それにやるのは俺じゃなくお前だから心配いらないよ』

『ちょっと待てどういう事なんだ!?』


『俺の考えが正しいなら、彼女は俺達が見た場所の近くの家で死んでる。だから確認のために突撃取材して来てくれ』

『もしかして死刑宣告?』

 流石に浩太朗も冷静ではいられなかった。

『悪霊化するまでまだ余裕はあるんだろ』

 二日と言ったのは浩太朗自身だった。

『彼女が通りにいるのを俺が見張るから、その間にお前は裏手に回って近くの六軒を速攻でチェックして遺体を見つけたら離脱すればいい』

『全然安心出来ないどころか不安しかない! そもそも近くの家に遺体があるって話だって根拠はあるのかよ!』

 そう口にした浩太朗に富井は、先程描いた絵を差し出した。

『これは……お前! 俺は目を合わせるなと言っただろ。何でばっちり細かく観察してるんだよ』

『お前が言うのが遅かった。言われた時は完全に観察済みだよ』

『あちゃ~~、これって二郎さんから説教だよ』

 元々、幽霊達から富井と富井に接近するものを監視する役目を任されているので、自分から夜遅くに富井を呼び出した挙句に悪霊に遭遇させ、しかもその時の対処が遅かったとなれば当然の話だろう。

『何ならラーメン屋の件も俺から切り出したことにしてやっても良い。それに悪霊の件は仕方のない事でお前には責任は無いとも言ってやろう』

『ああ、もうやれば良いでしょ!』


『改めてこの絵をよく見てくれ』

『カメラ初心者が適当にシャッターを切っただけの白黒写真だってもう少し情感を感じるだろうと思う』

『黙れ! そして彼女の足元を見ろ』

『これは……スリッパ? しかも普通に家庭用の室内履きだな……そういう事か! 先の質問も?』

 察しがついた浩太朗に富井は黙って肯いた。



『でも安全性は別問題だよね?』

『今日明日くらいは悪霊化しないんだろ?』

 再び釘を刺される。

『悪霊化したら大変なんだろう? お前が巻き込まれなかったとしても他の幽霊が巻き込まれるかもしれない。それ以前に悪霊の存在を知らない生きてる人達は、避難する事も出来ずに巻き込まれて命を落とすかもしれない……お前のせいで』

『ぐっ』

『みんなごめんね。自分で大丈夫だといった期間内でもビビっちゃった浩太朗のせいで犠牲になっちゃって』



「いる」

 その頃、暗い部屋のベッドの中で気配を感じて目覚めた縁。

 毎晩、幽霊達が家にやって来ていることを縁は漠然とだが感づいていた。

 お化けへの恐れも彼女は既に克服している。お化けなんて噛み付いてやれば良い。そう思うと怖いと感じる事は無くなっていた。

 そして今日も自分の聖域(縄張り)であるこの家に推参者(招かざる客人)がいる事に抑え切れない憤りを覚えた。

「噛もう」

 もうそうする以外に客をお持て成しする方法を彼女は知らなかった。



『仕方がない。俺がやるしかないな』

『やるって何を?』

『そりゃあ、不法侵入しかないだろう』

『不味いって。警察に捕まったら薬物使用を確認するのに尿検査があるぞ。どうするんだ?』

『そんなこと言ったってお前がやらないんだからしょうがないだろ』

『こ、こいつ自分を人質にしやがった。何て大人げない……って痛い! 痛い痛い! タイッ!』

 いきなり我が身に襲い掛かってきた激しい痛みとしか言いようがない。そして身に覚えのある感覚に叫びながら、痛みの元となる脚の方を見ると『餓鬼ぃぃぃぃっ!』と全力で叫んだ。

 それは絶望の叫び。一旦噛み付いたらどんな手段を用いても、自力でそれ引き剥がす事は不可能な対幽霊最強兵器である縁が浩太朗のふくらはぎに噛み付いてた。


「ナイスだ縁」

『ナイスじゃない!』

「縁もっと噛んで」

 富井の言葉に肯きながら更に力を込めて噛み付く。

『ああぁぁぁぁぁっ! 止めて! 何で俺が謝るのか意味分からないけど謝るから止めて!』

『やってくれるよな?』

 顔をずいっと近づけて富井は尋ねる。

『それは話が別!』

『じゃあ仕方がない──』

『仕方がなくない! 分かったから、やるからこの餓鬼を、何でもやるから止めさせて!』

 正義が悪に屈した瞬間であった。



 ファラオこと縁が再び眠り就くのを待って行動を作戦を開始する二人。


『目標の動きはない』

『それじゃ、一番目標に近い家から調べるぞ……何で俺が』

 一人でやるのは嫌だった浩太朗、他の人も巻き込もうと洋三に連絡をとるも、話を聞いた上で『今忙しいから』と切られた。

 他の若手の幽霊や挙句の果てに二郎さんまで呼び出すも全員からお断りと今後のご健勝を祈られたのだった。


『結果はどうあれ、悪霊化する前にサクッと調べてサクッと撤退な……何だ? まだビビってるのか』

『び、ビビってなんて無いし!』

 百人が百人ビビってる判断するだろうキョドリっぷりだった。

『それじゃあ頼むぞ。今度、美味いカレー屋に連れて行ってやるからさ』

『カレ~屋?』

『安心しろ。少なくとも俺が死ぬ少し前までは美味いと確認が取れてる店だ』

 そう言われると反論出来ず『はいはい』と肯くしかない浩太朗だった。


『じゃ、じゃ、じゃあ家の中に入るぞ』

 流石に富井もこいつ大丈夫かと心配になってくる。

『目標に変化なし』

『これから裏庭のウッドデッキから掃き出し窓を通って居間にはいる』

『了解。目標以前変化なし』

『な~んにもしませんよ。だから祟らないでくださいよ~』

 そう呟きながら掃き出し窓ガラスをすり抜けて中へと侵入する。


 そこは十畳ほどの居間。ソファーの背中の向こう側、フローリングに敷いたラグの上に横たわる何者──悪霊の成かけの女性幽霊の遺体?

『ん? 生きて……る? 生きてるよ!』

 僅かだが彼女の身体から立ち上るオーラが見えた。

『本当か?』

『ああ、間違いない──ちょっと待ったまだ誰かいるぞ!』

 目の前の女性とは別の弱々しい小さな息遣いが聞こえてくる。

『……他にも?!』

 息遣いを頼りに居間を横切り隣の部屋へと入った浩太朗が見たのは、ベビーベッドの中で泣き疲れて苦しそうな顔で眠る赤ん坊の姿だった。



 あれだけ騒いだ挙句に一分もかからずに目的を果たした浩太朗が撤収してきた。

 しかしその結果は二人を大いに悩ませる。

『どう考えても救急車を呼ぶ事案だ』

『問題はどうして女性が倒れている事を知ったのか追及を受けると不味いな』

『不審者以外の何者でもないぞ』

『……どうすれば良いんだ?』

『どうすりゃって……大体、何が悪霊だよ生きてるじゃないか!』

『仕方ないだろ。俺だって幽霊を三十年やってて生霊なんて初めてなんだよ。トミーほどじゃないけどかなりのレアだぞ』

『へぇ~』

『もう少し驚いて。へぇ~じゃ全く驚きが足りないからね』

『そんなに珍しいのか?』

『作り話の怪談じゃあるまいし、そんなに生霊がいるわけないだろ。俺の知る限り世界的にみても百年に一度くらいの事らしいぞ』

『確かにすげえな! だがそんな幽霊の常識を前提に話をされても困る。俺は幽霊としては生後半年の赤ちゃんだからな』

『おいおい、そこは生後じゃなく死後だろ』

『ハッハッハッハッハッ!』

『幽霊ジョークかましている場合か!』

 二人は我に返った。


『時間的余裕はないな。今晩中にしかも出来るだけ早く病院で治療させないと死ぬ』

『子供もな……』

 浩太朗の一言に富井の顔が歪む。

 自分の判断次第で子供が死ぬと突きつけられるにも等しい言葉に思考までも硬直する。


『トミー落ち着け。冷静になって頭を柔らかくして考えるんだ。考える時間だけは俺達にはある』

『そうだな。考えるんだ……何かいい方法があるはずだ』


『例えば、赤ん坊の泣き方がおかしい。もしかして虐待じゃないかと通報するなんてどうだろう?』

『こんな時間に通報して警察を呼ぶ方が問題じゃないか? 大体、夜泣きで片付けられそうだ』

『どうせなら不審者が彼女の家から出てくるのを見たと通報するのはどうだ?』

『それは侵入した形跡が無いと分かったらすぐに俺が疑われるだろ……待てよ。それなら俺が裏庭の窓を破って侵入して、そのまま玄関から出て不審者と遭遇したかのように叫んで警察に通報というのはどうだ?』

『悪くはないが、トミーの服は俺達の様に身体の一部じゃないから、侵入して繊維片を残してそこから捕まる可能性もあるんじゃないか? ……そうだ。どうせなら外から鍵を開けてしまえば良いだろう!』

『はっ?』

 勢い込む浩太朗を何言ってんだこいつという目で見る。

『ほらこれだよ』

 そう言って自分の右手の人差し指を立て、そのまま人差し指が真っすぐ上に一メートル程伸びた。

『二度目だけど新鮮に気持ち悪い』

『やってる俺も気持ち悪いよ。それはともかくとして、これを見てトミーは食道や胃を作ったけど、それは同じように外見の形も変えられるって事じゃないのか?』

 道理である。


『確かに伸ばして自由に操ることは出来るけど……どこから入れれば良いんだ? 換気口も遠いから流石に手探りでは無理だと思うぞ』

 自分の糸砂嘴指を伸ばしてクネクネと動かしながら言う富井は結構楽しそうだった。

『この家の古いアルミサッシは気密性なんてないから、窓枠の上下のレールと窓の間を探れば隙間があるよ』

 新しい住宅で使われているペアガラス窓ならば気密性も高いが、富井の近所は古くからの住宅街で町並みは古い建物が多く、生霊の女性の家も古かった。

『古くて悪かったな』

 そう言いながら富井は人差し指をミリ単位まで薄くして窓枠と窓の上側に適当に這わせてみると確かに隙間があってガラスの向こう側に自分の指が見えた。



 目的の家へと移動する。

 周辺はこの一帯を根城にしている幽霊達に協力を頼んで誰もいない事や監視カメラなどの有無を確認して貰っている。

 富井自身は深夜に外を歩いていた理由づくりにコンビニで煙草を買って来てある。

『誰だ?』

 誰も居ない闇に向かって先ずは小さく叫ぶ。そんな自分が恥ずかしいが我慢しながら五秒ほど待て『泥棒!』と大声で叫んだ。

 そしてすぐさまスマホに警察に通報する。


 すぐに富井の声に反応した近所の三軒の住人が玄関のドアを開けてドア越しに富井の方を伺う。

「黒ずくめの不審者が、あの家の裏から出てくるのを見かけて声を掛けたら逃げ出したので通報しました」

 そう告げると「ああ、なるほどね」と納得した様子で少し心配そうに富井が指し示した家の方を見る。

「あそこ藤沢さん、旦那さんもずっと家にいなくて若い奥さんが赤ちゃんと二人暮らしでしょう。心配だわ」

 小太りの話好きそうなおばさんが頼みもしないのに解説してくれたが、その辺は幽霊のネットワークで既に判明している話だったので適当に肯きながらスルーした。



 五分ほどで近くの交番から自転車に乗ったお巡りさんがやって来た。

「通報された方は?」

「私です」

 富井は軽く手を上げて自分からアピールした。

 お巡りさんは笑顔で挨拶し、バッジホルダーを開いて証票を提示した。

「それで、どんな状況でしたか?」

「私が向こうから歩いてくると、丁度そこの間から全身黒ずくめで、深く被った帽子の鍔とマスクで顔が見えない物凄い不審者が出てきたので、誰だ? と声を掛けたら逃げ出したので、思わず泥棒と叫んでから通報しました」

「それで体形は声は聞きましたか?」

「何もしゃべりませんでした。体形は身長は自分より少し低い位だったので百八十くらいだったと思います。それから中肉というよりは少し痩せていたように見えました」

 咄嗟に出たのは自分の担当編集者の山本君がイメージだった。

「なるほど、他に何か気づいた事はありませんか?」

「気づいた事じゃないんですが、先程、あの奥さんに聞いたんですが、あの家は若いお母さんと赤ちゃんの二人暮らしみたいなんで、すぐに確認して欲しいんですけど」

「それを早く言って!」

 お巡りさんは血相を変えて走り出した。


「藤沢さん! 藤沢さん! くそっ返事が無い」

 呼び鈴を鳴らしても何の気配すら感じられず、更に玄関のドアをかなり強く叩いて返事の一つもない状況にお巡りさんは焦るっている。

「裏の方に回り込んだらどうですか?」

 仕方が無いので富井はフォローに回った。

「そうだ!」

 再びお巡りさんは走り出して、玄関横の隣の家との間を走って行く。

『ああ、折角足跡をつけておいたのに……』

 何者かが侵入したという形跡を残しておくために、砂利が敷かれた地面の上に富井が就職してすぐに買ったものの、仕事の忙しさに一度も使ってないトレッキングシューズで足跡を残しておいたのだが、お巡りさんによって跡形もなくなっていた。


 しばらくして裏の方から「あぁぁあっ!」と叫ぶお巡りさんの声がした。

 もしかして手遅れだったのかと顔を強張らせた瞬間「救急車! 救急車呼んで!」と叫び声が上がった。

 お巡りさんの声から状況は切迫しているようなので富井も裏へと急いで回りながらスマホを取り出して一一九番をコールした。

「現在、警察官の要請で電話しています。現在地の住所は────でスマホで通報しています。スマホの番号は────です。今警察の方に電話を代わります」

 富井はウッドデッキからそのまま室内に入り、床に倒れている女性の肩を叩きながら「藤沢さん!」と名前を呼びかけているお巡りさんにスマホを差し出した。

「────二十代後半と思しき女性。外傷は確認出来ていません。呼吸は浅く心拍数は高いです。また体温は高く汗で身体が濡れています。まだ確認は終えてませんが赤子もいるようなのでこれから探します。はい。手配をお願いします」


 通話を終えて冨井にスマホを返すとお巡りさんは「この女性に付き添って、何かあればすぐに呼んで」と言うと隣の部屋に踏み込んで行くとすぐに「赤ちゃん発見!」と叫んだ。


「赤ちゃん無事ですか?」そう富井が呼びかけると「生きているけど元気は無い。無事かどうかは良く分からんよ!」と切れ気味で返事があった。


 お巡りさんが掛け布団に包んだ赤ちゃんを抱いて戻って来る。

「悪いが、救急車が来た時に邪魔にならない様に野次馬に道を開ける様に指示してくれ。俺は玄関の開けておく」

「何で一人で来たんですか?」

「仕方がないだろ。近くで事故が起きてそっちに人手を取られてたから交番に施錠して一人でこっちに来たんだよ」

 富井の責める言葉にお巡りさんも開き直るしかなかった。



 その後、救急車がやって来て親子は収容され搬送された。

 それで富井が解放される事もなく、既に来ていた機動捜査隊という初動捜査専門の捜査員に聴取された。

 しかし、それでも解放される事無く、次に来た刑事課の人間に警察署で聴取と言われて「小さな子供と二人暮らしだから無理」と断った。

「子供? 奥さんは居ないのかね?」

 同行を断られて刑事の態度が硬化する。

「奥さんも何も俺は結婚した事の無い独身だよ」

 富井も一人称を「私」から「俺」に変えて対応する。

「どういう事だね」

 そういう刑事の目は獲物を見つけた狐の様に分かりや浮く感情を露わにしていた。

「半年前の航空機事故。両親と兄夫婦が死んで姪を俺が引き取った」

「お、おう……それで今の仕事は?」

「無職。忌引き休暇が終わるより先に会社が倒産した」

「そ、それはもう……なんて」

「無職は仕方ない。海外にも出張で良く行くような仕事は三歳の姪を抱えては続けられなかった」

「それは仕方ない。うん聴取は車か何なら君の家でも構わない」

 富井の境遇に同情というよりも呪われてるんじゃないかと恐れすら覚えた刑事は穏便に事を済まそうと決意したのだった。



 翌日、生霊の女性──藤沢 奏美(ふじさわかなみ)は意識を取り戻したとお巡りさんが家に来て教えてくれた。

 子供が生まれ、こちらに一軒家を購入し移り住んで間もなく旦那が海外への長期出張が決まるという不幸に、助けてくれる知り合いのいない土地で母子二人暮らしの生活の中、体調を崩した彼女は赤ちゃんの世話の為に無理をして倒れたとの事だった。

 ついでに富井が見たという不審者は空き巣で、盗みに入ろうとして倒れてる彼女を見つけ、殺人事件に巻き込まれると思って慌てて逃げたのだろうと話してくれた。

「残念だけど、この辺は監視カメラも少ないからは空き巣が写ってなかったんだ」

 そう漏らしながら立ち去った。



『我々もアレをするなコレをするなと五月蠅くは言いたくない。そんなに絞めつけられては君が幽霊で有り続ける事を諦めてしまっては困るかなら。その代わり警察に関わるのは出来るだけ控えて欲しい。君の周辺の情報は徹底的に調べて伝えるので、面倒な事は出来る限り避けて欲しい』

 洋三が今回の事件に関して幽霊達を代表して伝えに来た。


『だが注意だけは怠らないでくれ、我々がどれだけ富井君に情報を伝えても実際に対応するのは君のなのだから』

『じゃあ、トミースレで二十四時間体制で警察の動きを見張るように頼んでおくよ』

『あれは本スレと関係無くお前が勝手に立てた誰も見て無い過疎スレだろうに』

『過疎ってませ~ん。他では手に入らないトミーの日常生活を網羅してるので、コアでディープなファンがついてますぅ~』

 富井は右手にオーラを込めて浩太朗の頭を掴む。

『これをそのまま握りつぶしたら、こいつは消滅するか否か、一度試してみたいと前々から思っていたが……もう我慢しなくていいよな』

『構わん。やりたまえ』

『面白そうじゃの』

『面白い訳あるかぁっ!!』

 味方がいない事に気付いた浩太朗は暴れるが、強いオーラに包まれた富井の手からは抜け出せない。やはりオーラの消費量だけでは無く容量が桁違いなのだろう。

『あるだろ』

『あるよな』

『あると思うので行きます!』

『行くな! サイモンお願いだから止めさせて!』

 懇願する浩太朗への洋三からの返事は『逝けぇぇぇっ!』だった。

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