【2-3】
『俺はとんでもない事をしてしまった』
どちらかと言うと、幽霊よりも人間よりの心情の富井は、幽霊達のやりたい放題のあまりの所業に、協力した事を深く後悔する。
しかし富井の名前も味覚とついでに触覚の獲得の立役者として広く知れ渡ってしまったの事実である。
知り合いも一気に増え、彼の家を訪れる幽霊の数は増え、彼等の生前の話や幽霊としての体験談を聞く機会があり、それらの話を元にした文章をブログで更新する様になる。
暇潰しというか現実逃避の一環だった。
そのタイトルは『幽霊日誌』で、最初は彼自身も我ながら遊びもない直球ど真ん中だとは思っていたが、後になって考えてみるとシンプルで中々良いタイトルだと自画自賛している。
また日誌と言いながら、その日その日の出来事をただ日記として更新するわけではなく、小説風に話をアレンジしていく。
富井は小説を書いた事は無かったが、小さな貿易会社とは様々な人とのコネクションを繋ぐのが何よりの宝となるような仕事であり、時節にふれて挨拶の手紙なども欠かさない事が大切であり語彙や言い回し表現も豊富で、単にプレゼン用の文書を書くだけの男ではなかった。
また釣りの友として小説を持ち歩き読む事が多かったのも役に立ち、主人公である自分視点で、数多くの幽霊との交流を通して知り得た話という形で更新していく事が出来た。
更新が続くにつれて人気は高まりアクセス数が伸びたが、初期の読者は圧倒的に幽霊仲間という状況でカウンターは幽霊たちのアクセスでは回らないので注目を浴びる様な事は無く、一部のオカルトファンからは視点のユニークだと評価されていたが、リアリティがあるという評価は一切なく『幽霊にリアリティとか求めてるんじゃないよ』と富井は切れた。
幽霊達には知り合いの幽霊との対談形式などが人気で、幽霊アルアルなどは幽霊には大爆笑モノだったが、生きている人間達には評判が悪かったのが影響していたと思われるが「昨今の心霊ブームに乗っかった安っぽいブログ」という批判も少なくなかったものの、
幽霊達が持つ情報ソースは、人間や実体化している富井にはどう足掻いても知り得ないモノも多く、富井自身が面白いと思ったネタを法に触れない範囲でブログにアップするので、嘘吐きと批判される事もあったが、ゆっくりだが確実に人気は高まって行った。
カウンター回るようになった事は彼自身でも想像を超えて嬉しかったようだ。
その一方、インターネットとは別の幽霊達にしか使えないネット環境には「0(レイ)ちゃんねる」という何処か聞いた事のあるような名前の巨大掲示板サイトではグルメ板が生まれていた。
それまで食べ物に関しては臭いしか感じられないという生殺し的な状態だったので食に関する話題は盛り上がりようがなかった。
だが念願の味覚を獲得した幽霊達の食にかける情熱は恐ろしいものがあり「0ちゃんねる」には出来た即日からアクセス数トップの板として君臨するのであった。
幽霊達が競う様に書き込んでいくグルメ情報は膨大であり、しかもほぼ全てが的確であり、いたずらで書き込む者には容赦の無い制裁が下された……匿名掲示板じゃないので。
やがて0ちゃんねらー達の、それらの情報を生きている人間達にも知らせたいという欲求を抱くようになる。
その要望を受け、富井は【無名店の美味いメニュー】をテーマで毎日数店舗ずつ紹介する事になる。
客が少なくなって潰れには惜しいと思う店を紹介するのが目的であり、原則的に肯定的な情報だけを扱い、否定的な情報を流すなら紹介しないというポリシーである。
するとグルメ情報に弱いのは生きている人間達も同じで、富井のブログは情報の正確さも相まってアクセスは爆発的といってよい勢いで増加する事になる……元々が少なかったのだが。
そしてその事を富井以上に喜んだのは幽霊達だった。
記事には必ず情報提供者の幽霊の名前と国名と県名や州名までを記す。
幽霊は何かと「自分はここにいる」というメッセージを様々な形で生きている人間達に伝えたいといういう願望を持っているので「良いぞどんどんやれ!」と言う応援の声だけに留まらず、彼の【無名店の美味いメニュー】という趣旨に沿った店を血眼に探して、人間達に自分の名前を知って貰う事を熱望した。
本来メインである富井との対談形式による幽霊話エッセイは一日に一人だけなのに対して、グルメ情報の方は今では毎日二十件以上更新なのでそちらに力が入るのは当然だった。
ちなみに幽霊日誌の人間達の一般的評価は『昼時のおじさん達のバイブル』といった評価だが、これには理由がある。
幽霊の男女比率は男性側に大きく傾いていて、男性三に対して女性一といった状況なので、どうしても男性側視点で選ばれるお店が多いのだ。
女性が少ない理由は、女性の気質が幽霊に向いてないという説が有力だが、最近はそんな事を女性の幽霊の前で言うと男女差別だと吊し上げられるので表向きは「分からない」という事になっている。
それでも少数派の女性達もスイーツを中心とした情報を集め『これも載せろ』と富井に圧力をかけていたが、幽霊の情報端末から送られるデータを受け取れるのは、富井の幽霊専用スマホだけあり、そのスマホからは人間の使うネット環境にはアップ出来ないために、送られて来たテキストを読みながら、一文字一文字タイプしてパソコンに入力しなければならない状況のために、幽霊達も強く要求する事は出来ず一定の歯止めになっていた。
買い物兼散歩へと縁と一緒に出掛けた富井。当然の様にその後をふらふらとついて回る浩太朗。
縁は時折振り返って睨み付けるが、以前の様に襲い掛かりはしない。何度か顔を合わせているので自然距離感が生まれたのだった。
そうは言っても、三歳児と五十五歳児の組み合わせなので、五十五歳児が後ろからちょっかいを掛けようとして、それに気付いた三歳児が凄い勢いで振り返り睨み付ける。
しかし、周囲から五十五歳児は見えないので縁が睨み付けた延長線上にいた三十代くらいのサラリーマン風の男が縁と目が合ってビクッとするのである。
人通りの多い駅前のベンチに座り、自分の膝の上に乗せた縁にデパ地下で買ったミックスジュースを飲ませながら休憩する。
縁のオーラだけでも十分に必要分を満たす事は出来るが、姪のオーラを吸う事に対して未だに思うところがある富井は、毎日出来るだけ外出先で多くの人間からオーラを吸う事を好んだ。
真剣な表情で、じっくり味わうようにちびりちびりとミックスジュースを飲む縁に対して、富井は幽霊専用スマホを取り出すとメールの確認をする。
多くがグルメ情報であり、それらに目を通して内容を記憶していく。生きていた時には不可能な事だが幽霊の端くれとして、一度憶えた事は絶対に忘れる事は無かった。
記憶したグルメ情報を富井が興味を惹かれたものをピックアップして、それを元に頭の中で記事としてまとめていく。
これが富井の日課であった。
駅前のベンチに座り、幽霊専用スマホでポチポチとソシャゲをしながら、行き交う通行人達から溢れ出るオーラ―を吸収していると浩太朗が富井に話しかけた。
『ちょっと気になったんだけど、もしかしてそいつにも実体があるのか?』
そう富井の幽霊専用スマホを指さして尋ねる。
『実体? まあ、あるんじゃない? 触ることが出来るんだから』
そう答えながら富井はベンチの木製の座面をスマホで軽く叩くと、コンコンと木材に硬い物が当たる音が響いた。
『マジかよ……もしかして、情報をSDカードに移すとか出来るのか?』
『確かにこいつはスマホの体を成してはいるけど、そもそも俺の身体と同じで中までは精密に作り込まれてないんじゃないか?』
『いや、俺のにはあるぞ』
浩太朗は自分のスマホを取り出すとバッテリーケース部分の蓋を外し、何故か存在するバッテリーを抜き取り、奥のカードスロットを見せた。
『えっ……マジで?』
富井としてはカードスロットがある事以上にバッテリーが入ってる事に対する「マジで?」だが、浩太朗は無視して話を進める。
『でも俺らのはスマホは実体化してないから、SDカードは挿せないんだよ。悪いけど試してくれないか?』
そう言われてもSDカードを持ち歩く習慣は無く、唯一現在手元にあるSDカードは幽霊専用じゃない普通のスマホに刺さっている物だけだったので、一度バッテリーを抜かなければならない面倒さと、もしもSDカードが死んで中のデータが消えたらと思い仕方なくコンビニで割高なSDカードを購入すると、試しに差してみると幽霊達からのメールデーターをSDカードへ移動する事が出来た。
『スゲエな、これはスッゲエ事だぞ!』
興奮して周囲の通行人や壁、電柱とか関係無くすり抜けながら走り回る浩太朗の姿に富井は改めて幽霊と言う存在を思い知った。
浩太朗も普段は通行人などは避けて歩いていたのでそういうものだと思っていたのだが見事に裏切られていた。
『この事を皆に送信だ!』
『ちょっと待て! 止めろ馬鹿!』
富井の制止は間に合わず、歯止めは木っ端微塵に吹っ飛んでしまい。その日の内から容赦ない情報投稿の嵐に見舞われるのであった。
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