後編 唸れ、必殺の新兵器! ファントムスマッシャー!
――遥か遠くに東京の夜景が伺える、とある山中。
その頂に聳え立つ白い建物へと招かれた竜史郎は、この「研究所」の主であるという白髪白髭の男性――「博士」との対面を果たしていた。
「つまり……あの識別不明機は、こちらで研究されていた『グレートファントムシリーズ』の一つである、と?」
「うむ。まさか悪人どもの手に渡ってしまうとは、歯痒い限りだ」
建物の傍らに広がる、50mものプールを窓辺から一瞥しつつ。竜史郎は博士の言葉に耳を傾け、神妙な表情を浮かべる。常に腰が曲がっていることもあり、非常に高齢な印象を受ける外見だが――その見た目に反して、「博士」の眼には雄々しい正義感が宿されていた。
(悪の組織に奪われた最強のスーパーロボット、か……)
――竜史郎はグロスロウ帝国と戦うためだけに、ジャイガリンGに乗っている。しかし相手は、ダイノロドの類ではない。本来なら無闇に介入する案件ではなく、「グレートファントム10号」のパイロットであるという黒金ケンに対処を託すのが筋だ。
しかしグレートファントム2号の暴走はもはや、この研究所の中だけでは解決しないところまで来ている。すでに彼の者に抗するために、防衛軍の各部隊が都内に展開されている状況なのだ。
敵機の正体が判明した今、ジャイガリンGという「ヒーロー」を預かる者として、見過ごすわけにも行かないのである。
「グレートファントムシリーズの強奪事件は、防衛軍内部でもトップシークレットなのだ。いたずらに都民に不安を与えるようなマネは避けたいのでな」
「……分かりました。この一件、オレにも手伝わせてください」
「ありがとうございます! スーパーロボットが2体も揃えば、2号だってイチコロですよ!」
意気揚々と声を上げるケンは、ガラス壁の向こうに聳え立つ巨人――「グレートファントム10号」を見つめ、拳を震わせていた。
白を基調とするメタリックボディに、頭部から伸びる3本ものグレーのアンテナ。左腕に装着された、純白の「X」を刻む黒い盾。右手に握られたメインウェポン――「グレートファントムガン」呼ばれる、
平和を守る正義のロボットとして、雄々しく両の脚で立つ、その鋼鉄の戦士は――出動の瞬間を、今か今かと待ちわびているかのようである。
「うむ、意気込んでくれているようで私も嬉しい。……そこで、私からもプレゼントがある」
「プレゼント、ですか?」
「……っていうことは、グレートファントム10号の新兵器ですね!?」
「その通り。2号に対抗するために用意していた、新ウェポン! その名も『ファントムスマッシャー』だ!」
その勢いに乗るかの如く、博士も声を荒げながら――天井から吊るされた紐を引き、背後の巨大カーテンを一気に開いた。
そこから現れたのは――2号の右腕に装備されていたバズーカ砲を彷彿させる、白銀の砲身。金色の縁取りが施されたその武装は、まるで2号のバズーカ砲と対を成しているかのようであった。
「元を正せば2号も10号も、同じグレートファントムシリーズだからな。さすがに完全再現は無理だったが、威力だけなら奴のバズーカにも引けを取らん!」
「すごい! これさえあれば、もう僕らの勝ちは決まったも同然ですね!」
「ただし威力に強度が付いてきていないので、1発撃てば即自壊する」
「ズコッ!」
竜史郎がズッコケる。使い捨てであった。
「で、でも当たりさえすれば勝てるんですよね! 早速10号に――」
「10号はこれからロボ検に出さねばならんので、1週間は出動できん」
「ズコッ!」
ケンがズッコケる。ロボ検とは一体。
「いやぁ、私としたことが年1回の検査を忘れてしまっていてね」
「ていうか何ですかロボ検って!」
「どこの省庁でやってるんですか!?」
「国土交通省だが」
「「それも国交省なんだ!?」」
予期せぬ事態に見舞われ、グレートファントム10号は
「とにかくそういうわけだから、向こう1週間は10号は動かせんのだ。もしそれまでに2号が再び現れた時は、このスマッシャーをジャイガリンGで使ってもらいたい」
「は、はぁ……」
「そんなぁ……せっかく今度こそ、出動できると思ったのに……」
「……」
しかし、今度こそは上手く行くはずだったのだ。ロボ検さえなければ。
毎度毎度、何らかのトラブルで出動出来ず、他のロボットに手柄を譲る羽目になっているグレートファントム10号。今度こそ、その雪辱を果たせるはずだったのだ。
ようやく巡ってきていたはずのチャンスを逃し、ケンはガックリとうなだれてしまう。そんな彼の様子を一瞥し、竜史郎は静かに拳を握り締めていた。
――「力」ならあるはずなのに。守るべき平和のために、戦えない人々のために、振るうべき「力」ならあるはずなのに。その責任を果たすことが、叶わない。
その悔しさは、察するに余りある。そして竜史郎にも、近しい経験はあった。
「……使い手が誰であっても、このファントムスマッシャーは紛れもなく
「不吹さん……!」
それはシンパシー故か。気づけば2人は握手を交わし、新たな友情を築き上げている。
――2号との再戦までに、10号のロボ検が間に合うとは全く思っていない辺りには、多少目を瞑りつつ。
「……あ、電話だ。ごめん黒金君、ちょっと――」
『てめぇ不吹、どこほっつき歩いてんだ! さっさと電話に出ろバカヤロウが!』
「――おわわっ!?」
だが、そんな熱い握手も長くは続かない。突如、携帯の向こうから飛んできたダグラスの怒号に、竜史郎は思わず仰け反ってしまう。
山奥故に電波が届きにくかったらしく、今になってようやく繋がったらしい。電話の向こう側から響く声は、焦燥の色を帯びていた。
「ご、ごめん、ちょっと色々あって……」
『色々でもエロエロでもいいからさっさと帰ってこい! ――あの識別不明機が、また現れた!』
「……! わかった、すぐに行く!」
リベンジの機会は、思いの外早く訪れる。ダグラスからその一報を受けた竜史郎は、一瞬だけケン達の方を見遣り――研究所の外へと走り出した。
「博士! スマッシャーをなんとか現場に届けてください! オレは2号を!」
「よぉし任せたまえ! ケン君、手を貸してくれるな!」
「……もちろん! 不吹さん、お願いしますっ!」
もはや一刻の猶予もない。一目散に研究所を出て行く竜史郎の背に、親指を立てながら――ケンと博士もまた、準備に取り掛かろうとしていた。
「しかし博士、スマッシャーを届ける手段なんてあるんですか!?」
「地下深くに、10号を発進させるために建設していたカタパルトがある! それを使えば、スマッシャーを打ち出せるはずだ!」
「そんな設備があったんですか!? だったら僕と10号が出動できるじゃないですか!」
「射出口が小さ過ぎて10号のガタイでは潜れなかったんだ! でもスマッシャーなら小さいから行ける! たぶん!」
「……はぁ……」
◇
そんなやり取りが研究所で繰り広げられているとは、知る由もなく。山道を真紅のバイクで駆け下りる竜史郎は、夜空を駆ける識別不明機――グレートファントム2号を目撃していた。
「現れたか……! ダグラス、今ならオレの位置は分かるな!? アントラー号を近くに打ち出してくれ!」
『そんなところにか!?』
「奴に都内まで入られたら、また戦いにくくなる! その前に奴を抑えたいんだ!」
『……チッ、怪我したら承知しねぇぞ!』
すでに遠い山岳地帯の秘密基地から、ダグラスは竜史郎の位置を把握している。
新たに組み込まれた
「……とぉおッ!」
そこからは、一寸の迷いもなく。バイクから勢いよくジャンプし、アントラー号のコクピットに飛び乗った竜史郎は――キャノピーが閉まる瞬間、狙いを2号の背に定める。
「ロケットアントラーッ!」
先端から伸びるドリルが発射され、2号の背面に命中したのは、その直後であった。後方から奇襲を受けた漆黒の鉄人は、森に紛れて山道を走り抜けていくアントラー号を発見すると――両肩のミサイル弾を乱射してくる。
「ダグラス! 次はGだ!」
『無茶言うな! アイツと戦いながら、どうやってドッキングのタイミングを掴むってんだよ!』
頭上から降り注ぐ、弾頭の雨。その爆撃の嵐を、右に左にかわしながら、竜史郎はさらなる一手を打とうとしていた。
「G本体を砲弾の代わりにして、2号に直接ぶつけてくれ! 後のドッキングはこっちで合わせる!」
『ハァ!? マジかよお前!』
「出来ないか!?」
『……チッ、いつもながら無茶苦茶な野郎だ。見くびんなよ、俺はこれでも戦車隊の出身なんだぜ!』
次の瞬間。遥か遠方から飛来してきた土塊色の巨人が、アントラー号を注視していた2号の脇腹に、頭から直撃する。
30m級の鉄人という、大質量の「砲弾」をまともに浴びてしまった2号は、大きく体勢を崩していた。その一瞬の隙が、好機となる。
「ダグラス、やったな! ――アントラー・セェット!」
2号の機体に激突し、山中に墜落していくジャイガリンG。大気を裂く轟音と共に、地上を目指すその機体を追うように――竜史郎を乗せたアントラー号も、反り立つ岩肌をジャンプ台にして、大きく跳ね上がった。
やがて上下から、激突するかのように。アントラー号の車体がGの脳天に突き刺さり――ドッキングが完了する。
さらにそこから間髪入れず、操縦桿を倒した竜史郎は機体を反転させ、Gの両脚で山道に着地して見せたのだった。その衝撃による地響きが天を衝き、土砂が激しく舞い上がる。
彼という「頭脳」を得たことを証明する、眩い光を放つ土塊色の鉄人は、頭上から狙いを定めてくる漆黒の巨人を睨み上げていた。対する2号も、忌々しげな様子を露わにしつつ、敵の頭上を飛び回っている。
『この前のようには行かないぞ。……怪我をしたくなければ、地上に降りて投降しろ!』
「……ちょっとフイをついたぐらいで、ちょうしにのって……。アイツ、ナマイキッ!」
そして。東京の都心から離れたこの山中で、2号は右腕のバズーカ砲を構えるのだった。山さえ吹き飛ばす必殺の一撃が、邪魔者を刈り取らんとGを狙う。
「……!」
まさに、その時であった。遥か彼方から、弧を描くように飛んできた
素早くそれをキャッチしたGは、迷わずその砲身を右腕に装着する。
10号のために造られたはずの「ファントムスマッシャー」は、ジャイガリンGの腕部にもしっかりと収まっていた。恐らくはこの事態に備えて、博士が以前から本来の規格に手を加えていたのだろう。
「博士……黒金君! 確かに、受け取ったッ!」
「そんな……おもちゃでぇえッ!」
「ファントムッ――スマッシャァアァアァッ!」
そして、竜史郎の絶叫が轟く時。
Gのバズーカと2号のバズーカが、同時に激しく火を噴き――互いの砲弾が、敵機を殲滅せんと唸りを上げる。
その火力の化身達は、討ち亡ぼすべき敵に辿り着くよりも先に――双方の弾頭を、激突させてしまっていた。山を吹き飛ばすほどの威力を誇る、砲弾同士の衝突が爆炎と衝撃波を生み――この一帯の木々を、根から吹き飛ばしていく。
「……!」
そして、双方の砲弾が爆発したことによる爆煙が消え去り――夜空の星々が輝く、穏やかな空が蘇る頃には。グレートファントム2号は、この戦場から姿を消していた。
高速でレーダー外に飛び去っていく機影を見る限り、どうやら「撃破」に成功したわけではないらしい。だが少なくとも、「撃退」には成功したのだ。
『不吹、無事か? 東京の方も、今の一撃で少し揺れたらしいが……特に怪我人はいないって話だぜ』
「わかった、ありがとう。……今度は見逃されたわけでもない、らしいな」
『……あぁ、そうかもな』
ファントムスマッシャーが装着されていた右腕を見遣り、竜史郎は安堵の息を漏らす。これなら当分は、あの漆黒の鉄人も大人しくなるだろう。
――ありがとう。その言葉を胸に、竜史郎はGの右腕を。右腕から崩れ落ちていく白銀の砲身を、静かに見送るのであった。
「……あのおにーちゃん、けっこうやるじゃん。また、あそんであげるよ……」
一方、その頃。ジャイガリンGの前から姿を消した2号のパイロット――悪の組織の幹部・ラッキーは。
ファントムスマッシャーの一撃によって、亀裂が走った右腕のバズーカ砲を見遣ると、新たな「楽しみ」との出会いに歪な歓びを見出していた。
そんな彼は、僅か1ヶ月後。再びGの前に現れ、その強大な力を振るうこととになる。
次は、共にグロスロウ帝国と戦う――「仲間」として。
◇
その後、グレートファントム2号が東京に襲来することはなくなり。都内に常駐していた防衛軍の戦闘車両も、徐々に都市の外へと展開区域を広げていく形で――都民の前から姿を消した。
「いっ……いやだぁ、いやだぁあっ! 僕が、僕が
「だったらテメェがしでかしたこと、全部お嬢と不吹にチクッてやろうか? 余計な手間かけさせやがって、この屑野郎が!」
「お嬢があんたのものにならなくて良かったよ。
「ひ、ひぃいいぃいっ……!」
――それから間も無く。ダグラスや、彼の上司に当たる
防衛軍と深く関わっている、大企業の御曹司。竜史郎に想いを寄せる、防衛軍将校の娘――
ジャイガリンGをベースとする、防衛軍製
その軍事機密の中から、パイロットとして登録されている「不吹竜史郎」の名を見つけた御曹司は――自分から愛する女性を奪った男の、「正体」を知ったのである。
そして、「強い遊び相手」を探していたラッキーの誘いに乗る形で、彼に情報を売り渡していたのだ。自分から最愛の幼馴染を奪った男を、この世から排除するために。
だが。ファントムスマッシャーを開発した博士と、それを竜史郎に託した黒金ケンの尽力により、彼の暗躍は失敗に終わり。彼が継ぐはずだった軍事企業も、事件の責任を負うためとして、防衛軍に吸収されることになった。
そして、
ダグラスと亮磨によって、軍事企業のオフィスから引きずり出されて行く彼は――牢に入れられる瞬間まで、恥も外聞もなく泣き喚いていた。
――かくして、戦争の不安から解き放たれた東京は平穏なひと時を取り戻し、人々は元通りの日々へと帰っていく。それは、竜史郎の周囲においても例外ではなかった。
「へっへーん、どーだせんせ!」
「すごい、すごいよ幸太君! 90点じゃん!」
「そーだろそーだろ、すごいだろ! ジャイガリンよりすごいんだぞ!」
ジャイガリンGの勝利が報じられ、約1週間。かつて陰りを見せていた舞島幸太の表情は今、溌剌とした笑顔に輝いている。
小学校のテストで高得点を獲得した彼は、意気揚々と答案用紙を開き、胸を張っていた。そんな彼の傍らで、竜史郎は穏やかな笑みを浮かべ手を叩く。
「これでぼくも、『ヒーロー』だよね! せんせ!」
「……!」
朗らかにはしゃぐ少年の純真な眼差しは、翡翠色の瞳を真っ直ぐに見つめていた。その眼を前にして、竜史郎はかつての自分を振り返る。
――己が如何に非力であるか、知る由もなく。疑うことさえ知らないまま、父のような「ヒーロー」になれると信じていた、かつての自分。
それは愚かさの象徴であり――何を置いても守らねばならなかった、無垢なる「理想」。
「……そうだね。君もちゃんと、ヒーローだ」
そんなかけがえのない過去を、幸太を通して見つめる竜史郎は――痛みを知った己の掌で、これからを生きていく少年に触れた。
頭を撫でられ、照れ臭そうに首を振る幸太の笑顔。今は穢れなきその姿こそが、竜史郎の支えとなっている。
かつて己の過ちで、多くの幼き命を奪った竜史郎にとっては。今も生きている、この無垢な命こそが、最後の希望なのだ。
「……さ、テストの後は復習が大事! 鉄は熱いうちに打てって言うでしょ、教科書広げて!」
「えーっ、やーだー疲れたー!」
「だーめ! ペン持って、ほらっ!」
――そして。
そんな2人を、静かに見守るかの如く。棚の上に雄々しく立つジャイガリンGと――グレートファントム10号の人形が。
窓辺から差し込む陽の光を浴び、眩い輝きを放っていた。
◇
「……ねぇ、
「……如何されましたか、
「最近、不吹君に会えないの……。
「やめましょう。お嬢様、やめましょう」
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