ジャイガリンG対グレートファントム10号 -天空大激突-

オリーブドラブ

前編 天翔ける漆黒の巨人! グレートファントム2号!

 幼い頃から身体が弱く、病気がちだった僕は昔、よくいじめられていた。そんな僕をいつも助けてくれていたのが、最愛の幼馴染にして空手の有段者でもある、唯川綾奈ゆいかわあやなさんだった。

 その気丈さ、強さ、誰に対しても分け隔てない優しさ、類稀な美貌。全てに惹かれていた僕は、彼女との結婚を夢見てひたすら努力し続けてきた。


 身体が弱いなら頭で。その一心で勉学に励んできた僕はついに、父の軍事企業を継ぐ御曹司に相応しい男へと成長したのだ。

 そして、あの頃よりも遥かに美しくなられた綾奈さんと再会した瞬間、僕は胸を躍らせた。ついに僕はここまで来たんだ、夢を叶える時が来たんだと。


 しかし。


 その夢は。


 ……あの男によって。いともたやすく、踏みにじられてしまった。


 何が中学時代のヒーローだ。何が帰国子女の美男子だ。あんな、ただ顔が良いだけの軟派な男が、なぜ綾奈さんの隣にいる。

 しかも僕にとっては妹のようだった、専属侍女メイド鷺坂千種さぎさかちぐさちゃんまでもが、あの男を恋い慕っているという話じゃないか。

 なぜだ。2人とも、ああいう見るからに軽薄な男が嫌いだったじゃないか。あんな手合いには絶対に心を許さない、気の強い子達だったじゃないか。


 許さない、絶対に許さない。僕がどれほど綾奈さんを想い、彼女に見合う男になるための努力を重ねてきたと思ってる。その上、まだ中学生の千種ちゃんまで手篭めにしようというのか。


 しかもあの男、大学ではテニスサークルに所属しているという話じゃないか。テニサーだぞ、テニサー。女の子を弄ぶことしか頭にない連中の集まりなんだ、そうに決まってる。

 2人とも、きっと……いいや絶対、あの男に誑かされているんだ。


 あんな奴には絶対、綾奈さんも千種ちゃんも渡さない。何としても奴から、彼女達を取り戻してみせる。誰が彼女達の隣に相応しいか、思い知らせてやる。


 例え、どんな手を使ってでも。


 ◇


 闇夜の下に広がる大都市を照らす、輝かしい夜景。人々の営みが生む真夜中の煌めきは、「地上人」の文明を象徴するかのようであった。


『ワイバァァアンッ――カノンッ!』


 ――だが、今はその遥か上空で。鋼鉄の巨人達による、壮絶な果たし合いが繰り広げられている。

 土塊を彷彿させる色に統一された、鋭利なる鼻先ドリルを備える巨人――「ジャイガリンGグレート」。彼の者は漆黒の翼竜「ダイノロドWワイバーン」を従え、平和を脅かす悪の手先に敢然と立ち向かっていた。


 翼竜の双頭に備わる大顎から放射される、灼熱の光線。Gと相対する漆黒の巨人は、その連続射撃を巧みにかわし続けている。

 両肩に物々しい砲台を乗せた彼の巨人は、その砲口から100発にも及ぶミサイル弾を連射していた。


『火砕流ミサィィイルッ!』


 その猛襲を迎え撃つ、真紅の弾頭が群れを成して空を駆ける。夜のネオンに彩られた東京の上空に、爆炎の花が次々と広がっていった。

 一見すれば花火のようにも映るその光景を、人々は物珍しげに見上げている。すでに「世界防衛軍」の隊員達による避難誘導は始まっているのだが――民衆のヒーローとして認知された「ジャイガリンG」の活躍を一目見よう、という手合いがあまりにも多いのだ。


「っく……! ダグラス、避難の状況は!?」

『誰かさんが大人気なおかげで、思わしくねぇな! どいつもこいつもロボット見物に夢中だよ!』

「降りられる場所はないか!? 死地熱エネルギーがそろそろ持たない!」

『ちょっと待ってろ、今人気が少ねぇ地点に誘導する! ――オイ、照明弾だ照明弾!』


 Gをはじめとする古代兵器「ダイノロド」は、遥か地下から放出される「死地熱エネルギー」を動力としている。その供給は地上から離れれば離れるほど弱くなるため、Wと合体したGといえども、長く翔び続けることは出来ないのだ。

 そして今まさに、その飛行維持に限界が近づいているのである。Gの操縦桿を握る不吹竜史郎の呼びかけに応じて、地上で避難誘導に徹していたダグラス・マグナンティは、仲間達に照明弾の使用を呼びかけた。


 それから僅か数秒の内に、事態が現場に展開されている全部隊へと通達され――唯一無人となっている広大な交差点から、赤い閃光が打ち上げられる。夜空に眩い輝きを放つ、その信号を目にした竜史郎は、安全な着地点に向かうべく直ちに操縦桿を切った。

 30mもの巨体を持ったGの両脚で、上空数百mにも及ぶ高度から着地すれば、近くに立つ人間はタダでは済まない。それをよく知るが故に、照明弾を放った隊員は装甲車に乗り込むと、一目散にその場から脱出する。


 ――そして間も無く、翼を畳みながらGが交差点の上に降り立ち。その衝撃で、足元のコンクリートが大きくヒビ割れ、めくれ上がる。


『スピンリベンジャー・パァンチッ!』


 ひとまず着地には成功したが、まだ戦いは終わっていない。竜史郎はすぐさま狙いを上空に定め、宙を駆ける敵機目掛けて回転鉄拳を撃ち放つ。

 だが、刃を纏い螺旋を描くGの拳さえも、闇夜に紛れる漆黒の巨人は、容易く回避してしまった。


「あの図体でなんて速さだ……! しかも見たところ、宇宙怪獣の類でもダイノロドでもない……。いったいヤツは……!?」


 その問いに答えられる者はいない。翔び続ける力を失ったGを見下ろす巨人は、暫し様子を伺うような挙動を見せた後――やがて興味を失ったかのように、何処かへと飛び去ってしまうのだった。


『撤収した……? どこの勢力のヤツか知らねぇが、逃げられちまったな』

「……いや。見逃されたんだ、オレ達」


 先程までの激戦が嘘のような静けさ。その中で、ヘルメットを外した竜史郎は黒髪を靡かせ汗を拭うと――Gを扱いきれていない自身の非力さを、改めて思い知るのだった。

 ――あの巨人の腕部に搭載されているバズーカ砲は、戦いの中で山一つを破壊している。もしここで使われていたら、ひとたまりもなかっただろう。それに、Wが疲弊してエネルギーが持たなくなるほどの空中戦が続いても、あの機体は全く飛行速度に衰えがない。

 一見すれば引き分けのようにも見えるが、内容としては完敗に等しいのだ。竜史郎は己の至らなさ故に、目を伏せる。


(……しかし妙だ。東京上空に現れはしたが、奴に街を破壊する気はないように見えた。狙いが東京じゃなくて、オレにあるのだとしたら……どうしてオレのことを……?)


 ――20XX年6月。

 この日、世界防衛軍のパイロットとして徴用されていた不吹竜史郎は――謎の識別不明機アンノウンとの接触を果たしていた。


「なぁーんだ、あれでおしまいかぁ。聞いてたほど・・・・・・じゃないなぁ、つまんないの」


 その漆黒の鉄人――「グレートファントム2号」を操る「悪の組織」の幹部が。5歳ほどの無邪気な少年であることなど、知る由もなく。


 ◇


 ――かつてこの星は、宇宙怪獣軍団の侵略によって未曾有の危機に瀕していた。

 その絶望の淵から人類を救い、救世主となった伝説的戦闘機乗りファイターパイロット――日向威流ひゅうがたける。彼の活躍によって怪獣軍団は撃滅され、地球に平和が取り戻されたのである。


 だがその影で、心に深い闇を落とした青年がいたことを、人々は知らなかった。優秀な戦車操縦士であった若き士官候補生・不吹竜史郎ふぶきりゅうしろうは、地上での激戦の中で子供達を死なせてしまい、そのショックから首席卒業を目前に軍を去ってしまったのだ。

 さらに、それから1年後。教師を目指し大学に通っていた彼は、再び戦乱に関わることになってしまったのである。


 遥か地下深くに栄えた強大なる軍事国家「グロスロウ帝国」。その頂点に立つゾギアン大帝が、地上への侵略に乗り出したのだ。彼は古代怪獣「ダイノロド」を意のままに操り、地上を急襲する。

 その混乱の渦中で、父の凶行を阻止せんと戦っていたグロスロウ帝国の皇子・ゾリドワから、竜史郎は巨人兵器「ダイノロドGゴーレム」を託された。

 古代怪獣の圧倒的な力の前に倒れ、命を落とした彼に代わり、竜史郎はGに乗り込みダイノロドと交戦。辛うじて彼の者達を破り、人々を守り抜くことに成功する。


 そして、新たなヒーローの誕生を祝する人々によって、その機体には「ジャイガリンGグレート」という名が冠されたのであった。

 だが、これで終わりではない。ゾギアン大帝は次に差し向ける古代怪獣達を眺めながら、妖しげに嗤っている。


 かくして、ダイノロドG――改め、「ジャイガリンG」と不吹竜史郎による、グロスロウ帝国から地球を守るための戦いが幕を開けたのだ。


 ――しかし、今。

 彼らの前にグロスロウ帝国とは異なる、新たな脅威が現れたのである――。


 ◇


 数日前の夜、突如として東京上空に現れ、都民を威嚇するかのような低空飛行を繰り返していた漆黒の人型兵器。その蛮行を制止するべく出動してきたジャイガリンGをも手玉に取る彼の者は、僅かな間だけ交戦した後、戦いそのものに「飽きた」かのように飛び去ってしまった。

 現在、都内は彼の者の再来に備え、至る所に防衛軍の戦闘車両が常駐する事態となっている。どこに行っても物々しい「兵器」が目に入ってしまう東京の景観に、都民からも不安の声が上がり始めていた。


「よし、採点終わり。凄いね幸太こうた君、この前より10点も上がってる! これなら来月のテストもばっちり……」

「……」

「……幸太君?」


 そうした風景が生む「空気」はいつしか、何も知らず遊び回っていた子供達にも、伝わっていたのである。

 ジャイガリンGのパイロットとして平和を守り、大学生として学業に励む傍ら――教師という新たな夢に近づくため、家庭教師のアルバイトにも精を出していた竜史郎は。2ヶ月前の事件が縁で知り合った少年・舞島幸太まいしまこうたの異変に、小首を傾げていた。

 いつも元気いっぱい、な教え子らしからぬ物憂げな横顔を目にして、竜史郎は声を掛ける。が、幸太は反応することなく視線を外し――窓の外から見える、防衛軍の戦闘機コスモビートルによる編隊飛行を眺めていた。


「……せんせ。ジャイガリン、負けちゃったの?」

「……幸太くん……」

「学校のみんなが言ってた。ジャイガリンが負けたから、東京にいっぱい軍が入ってきたんだって。ジャイガリン、もう勝てないって」


 その声は、微かに震えている。彼の小さな肩に手を添える竜史郎は、かける言葉を見つけられずにいた。


 ――2ヶ月前のダイノロド事件。あの大騒動の渦中、竜史郎に助けられた幸太は、地球を守るヒーローとして蘇った「ダイノロドGゴーレム」の死闘を目撃していた。大好きな特撮ヒーローである、「正義勇者せいぎゆうしゃアイガリン」の人形を握りしめて。

 そして、皆を守るために懸命に立ち上がる土塊色の巨人に。この世界に現れた、本物のアイガリンヒーローに。万感の想いを込めて、「ジャイガリンGグレート」と名付けたのである。

 その名はいつしか子供達を中心に広がっていき、今は件の巨人を指す通称として定着している。


 それほどの影響を与えた、彼だからこそ。自分達のヒーローであるはずのジャイガリンGが敗れたという事実を、受け入れるわけには行かなかったのだ。

 日頃からGの話で何度もはしゃぎ、Gの玩具を何度も母にせがんで困らせていた姿を知っている竜史郎の目には、その表情に滲む苦痛の色が、痛いほど鮮明に映されている。

 そこまで彼がジャイガリンGに入れ込んでいると、分かっているからこそ。竜史郎は、自身の不甲斐なさが幸太を悲しませている事実に、拳を震わせていた。


(……先の戦闘でエネルギーを消耗し過ぎたせいで、Wはしばらく戦えない。それでも……こんなことは、もう最後にするんだ、絶対に)


 かつては子供を殺し。2ヶ月前の事件では、再び殺しかけて。今度は自分を慕ってくれている教え子を、悲しませている。

 ヒーローとしても教師としても。これ以上の失態は、断固として許されない。


「……大丈夫だよ、幸太君」

「せんせ、でも……」


 竜史郎はその一心で、教え子の頭を撫でる。胸の内に滾る熱意を隠し、穏やかな笑みを浮かべる彼の貌を、幼い少年は不安げに見上げていた。


「こないだは負けちゃったのかもね。でも、幸太君は知ってるでしょ? 正義は必ず勝つって」

「……うん」

「もし今度また、あのロボットが襲ってきても。次は絶対、ジャイガリンが勝つよ。だから幸太君もテストに勝って、一緒にヒーローになろう」

「うん……!」


 だが。微笑を浮かべる竜史郎の励ましを受け、徐々にその瞳に光を取り戻していく。本物・・の言葉だからこそ持ち得る「言霊」の力が、幸太に次の勝利を信じさせていたのだ。


 やがて普段通りの元気さを取り戻した幸太は、いつものようにGの話で盛り上がり――いつものようにGの玩具を欲しがって、母親を困らせるのだった。


 そんな彼のわんぱくさに一日中付き合った後。この日の授業を終えた竜史郎は、何度も頭を下げる母に手を振りながら、帰路につく。

 ――事件の調査に動いていたダグラスからの連絡が来たのは、その直後であった。


『よう、不吹』

「……ダグラスか。何か奴のことで分かったことはあるか?」

『残念ながら収穫らしい収穫はねぇなぁ。奴の狙いが東京じゃなくて、あんたにあったとするなら……軍関係者の中に、あんたのことを奴に教えた「内通者スパイ」がいる可能性もある』

「……内通者、か」

『民間人の間じゃあ、ジャイガリンGが防衛軍所属になったってぇ噂も立ってるようだし、そいつを辿って来た可能性もあるがな……。いずれにせよ、「獅子身中の虫」がいるか否かは調べておく必要がある』

「……分かった。そっちは任せてもいいか?」

『バカ、思い上がりもいい加減にしやがれよ。あんたは奴に勝つことだけを考えてりゃいいんだ、少しくらい俺達を頼れ。……また連絡する』

「あぁ。……ありがとう」


 ダグラスとの通信を終えて、竜史郎は帰路につきながら――その翡翠色の瞳に、守るべき「日常」を映す。

 夜景の輝きに彩られた東京の街道は、戦いの外側で暮らす人々に溢れていた。だが、街のあらゆる箇所に配置されている防衛軍の車両が、その境界線を曖昧にしている。


(……オレがなんとかしなくちゃ。幸太君のためにも、次は必ず……ん?)


 そんな日々が、いつまでも続いてはならない。竜史郎がその想いを胸に、あの漆黒の鉄人との再戦へと、意識を集中させた――次の瞬間。路肩から手を振る謎の人物が、視界に映り込んで来た。

 真紅のバイクで夜道を駆けていた竜史郎は、件の人物の近くで停車すると、ヘルメットを脱ぎ素顔で対面する。見たところ、高校生ほどの少年のようであった。


「お勤めご苦労様です! 不吹竜史郎さん……ですよね?」

「そうだけど……君は、防衛軍の人?」

「ちょっと違いますけど……平和を守るっていう目的は一緒ですよ。僕は黒金くろがねケンです」


 黒髪を短髪に切り揃えた彼は、溌剌とした表情を浮かべて名乗りを上げる。「熱血」という言葉がよく似合う、好青年といった印象だ。

 面識はないにも拘らず、自分のことを知っている。外見の年頃から察するに、自分と同じ大学生というわけでもない。それらの点から当たりをつけた竜史郎に対し、ケンと名乗る少年は暫し逡巡した後にそう答えた。


「そっか……それで黒金君は、オレに一体何の用で?」

「実は……こないだ現れた、あの黒いロボット……『グレートファントム2号』のことで、不吹さんにお話があるんです。来てくれませんか、僕らの研究所に」

「……!?」


 彼が何者かはわからない。わからないが、防衛軍の軍人ではないにも拘らず、あの識別不明機のことを知っている。

 それだけで、彼の話に耳を傾ける理由は十分であった。

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