光速の第一歩 その17

017


 村雨のスマホが振動したのはちょうど僕たちが放課後に生物準備室で過ごしているころだった。


 僕と村雨が生物準備室の机の上に無造作に置かれたそのスマホに気づいた瞬間、遠くで、爆発音がした。――より厳密に言えば、それは爆発音というよりも、雷が落ちたような音だった。


「久間倉君」


 僕にはおおよそ、このあたりで今の音が『誰が』通った大音なのかが分かってしまった。


「……浅川さん」


 浅川さんとは、たかだか昨日戦っただけの仲なのだけれど、それでも僕は、どこかあの人に親近感のようなものを覚えていた。


 不思議な話だ。年齢も、育ってきた環境も違う。むしろ、アスリートであったあの人と僕ではそもそもの考え方からして異なる部分の方が多いはずだ。でも、


「なぜか、放っておけないんだよな」


「――?」


 村雨は僕の方を見て首をかしげる。


「いや、何でもないよ。たださ、ただほんの少しだけ、浅川さんと俺って何となく似ているなと思ってさ」


 僕は村雨の方を見ずに窓の向こうだけを見ながら答える。


 窓の外に見える空は曇りがかっていて、今にも雷が落ちてきそうな天気だった。


「あら? あの人と久間倉君は全然違うわよ」


 村雨は少しむっとしたような顔をして言う。


「まあ、そりゃ実際には違うところの方が多いんだけどさ。ただ何となくってだけだよ」


「だから、久間倉君とあの人は全然違うわよ」


「具体的にはどこが違うの?」


 正直なことを言えば、村雨が何を答えてきたところで、適当にはぐらかすつもりだった。だってこっちは何となくとしか言えないのだから、明確な基準などあるわけがない。


 しかし、そんな僕の少し意地悪な問いかけに村雨は、


「だって、あの人と違って――久間倉君には私がいるでしょう?」


 と、そんなことを自信満々に答えるのだった。


「そっか。そうだったな」


 そして、その村雨の言葉になぜか僕は納得してしまった。それくらい、村雨の言葉には力があった。


「一人で背負い込みすぎないでね、って前にも言ったわよね? 覚えているかしら?」


「……ごめん、忘れていたよ。今の今まで」


 僕は正直に村雨に伝える。


「でしょうね? 久間倉君はいつもそうだもの。どうせ目の前のことしか見えていない。そんなことは私だってわかっているつもりよ。だから――久間倉君が忘れているときにはこうやって私が伝えるし、久間倉君が何かに迷っているときには私がそばで支えるわ」


『力にはなれないけど、支えてあげる』と、村雨は僕に対してそんなことを言うのだった。


 それがなぜだか僕は嬉しくて、


「ごめん」


 と、僕には珍しいくらい素直に謝った。


「別にいいわよ。久間倉君のことだもの。ほら、早くいきましょう?」


 そう言って村雨は僕に手を差し出す。


「ああ、行こう」


 僕はヒーローなんかじゃない。でも、きっと『僕たち』ならヒーローの代わりくらいは務まるかもしれない。


 まずは、夢と職を失った中年アスリートから街を守るところから始めようか。

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