光速の第一歩 その7
007
無事、恋人兼ストーカーの村雨を撒いて一人で帰宅することができたときの達成感たるや、筆舌に尽くしがたいものである。
村雨をまいて一人で帰宅することに成功した僕は、久々に一人の時間を満喫し、まるでその限りなく貴重な時間を噛み締めるようにリビングでソファーに横たわりながら夕方のニュースを見ていた。
「久間倉、ゆっくりするのは勝手だけれど、もうすぐ夕飯が出来上がるからできれば飲み物だけでも机に置いておいてくれないかしら?」
……振り返れば
一体いつの間にどこから侵入したのか、村雨は当たり前のように僕の部屋のキッチンで何やら調理をしていた。
「……村雨、いつからこの部屋にいたんだ?」
「久間倉が帰ってくる前からずっとよ。そんなことより夕飯が出来上がったから早く食べましょうよ?」
至福の時間だと思っていた時間が実は恋人の手のひらの上で踊らされていただけだったと知ったショックから立ち直れないまま、僕はなし崩し的にテーブルのいつもの定位置について、あとから座った村雨と『いつものように』夕飯を食べ始めた。
つけっぱなしにしていたニュース番組からは先ほど火災が発生した生物化学研究所のニュースが取り上げられていた。
「なあ村雨、こういうのって助けにいかなくていいのか?」
「当たり前でしょう? 別に私たちは慈善事業でやっているわけではないのだから、超人がらみの事件以外は手を貸さないわ。こういうのは警察に任せておけばいいのよ」
「そういうものか」
「そういうものよ。久間倉君だっていつも言っているでしょう? 私たちは決して正義のヒーローではないのだからすべてを助けようなんて思う必要はないのよ」
「……なるほどな」
何となく言いくるめられた気がしないでもなかったけれど、とはいえ、村雨の言うことももっともではあるので、僕はそれ以上深く突っ込むこともなくすぐに話は別の話題に移った。
「あ、これ美味しい」
「あらそれはよかった。今日はちょっと隠し味を入れてみたの。気に入ってもらえてよかったわ」
「ちなみに何を入れたんだ?」
「……内緒よ」
「……」
僕の質問に対して目を泳がせるどころか今にも目がバタフライでも泳ぎだしそうな村雨の感じを見るに、隠し味として入れたものはおそらく媚薬効果のある何かなのだろうということは薄々察したけれど、ぶっちゃけ問いただすとそれはそれで面倒なことになりそうだったので僕は適当に流すことにした。
「あ、そうそう久間倉、申し訳ないのだけれど、私明日は一緒に帰れないから、一人で帰ってくれないかしら?」
「別に僕は一回でもお前に一緒に帰ることを強要した覚えはないんだけどな。で、何か用事でもあるのか?」
「ええ、明日はかれんちゃんと一緒に最近話題になっているカフェに行く予定なのよ」
「へー、それって僕も付いていったら――」
「絶対にダメよ」
「……分かった」
なぜだか分からないけれど、村雨の尋常ではない迫力に気圧されて、僕は渋々諦めた。
こんな風にいつもと変わらず僕たちの日常(?)は過ぎていく。
テレビからは相変わらず、生物化学研究所のニュースが流れ続けていた。
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