光速の第一歩 その5

005


 間一髪だった。


 後ろには完全に腰を抜かして座り込んでいた男性がいて、僕はその男性を庇うように目の前のモンスターの拳を片手で受け止めていた。


 ここに到着するのがほんの少しでも遅れていれば完全に手遅れだっただろう。その男性を横目でチラリと見ると、なかなかに鍛えられたいかにもスポーツマンというようないい体格をした青年だったけれど、今は目の前のモンスターに完全に腰を抜かしていた。


 スポーツマンといえば無駄に体つきがよくて、爽やかで、スポーツやってるだけでなんかいいことをしているような気分になっている、というようなおおよそ僕みたいなコミュ障とは対局にあるような存在で、ぶっちゃけ僕がこんなスポーツマンを助けるような立場になるなんてなかなか人生どう転ぶか分からないものだと思った。


「グォォォォォ!」


 そんなどうでもいいことを考えていると、目の前にいたモンスターが雄叫びを上げて、僕に捕まれているのとは反対の手で殴りかかってくる。


「うぉぉら!」


 僕は掴んでいた腕をそのまま振り回して、モンスターの体ごと遠くに投げ飛ばす。

 次の瞬間、モンスターは大きな音を立ててビルの壁に衝突した。


 もうこのあたりですでに瀕死の状態ではあったモンスターに僕はゆっくりと近づいて大きく拳を振りかぶった。


 数秒後、『ぐしゃっ』という気持ち悪い音を鳴らして、僕の拳によって心臓あたりに大きな穴が空いたモンスターはそのまま消滅した。


「お疲れ様、久間倉君」


 声の方を振り向くと、村雨がふらふらした足取りでこちらに歩いてくる。(どうやら、また飛行する際のスピードに目を回していたらしい)


「ああ、モンスターは倒した。あとは現状復帰だけ――」


 僕がそこまで答えたところで、


「あ、あんた! 助けてくれてありかとう!」


 と、先ほどまで腰を抜かしていた男性が僕の方へ走ってきてそんな風にお礼を言った。


「え、ええ。僕も間に合ってよかったです」


 その男性の勢いに圧倒されて、僕は少し上ずった声でそんな当たり障りないことを答える。


「あ、あんたは恩人で、そして俺のヒーローだ。俺も、あんたみたいな存在になりたかった」


「ヒーロー、ですか……」


 その男性の言っていることは正直よく分からないところも多かったのだけれど、その『ヒーロー』という言葉に僕は少し憂鬱な気分になった。


「ありかとうございます。でも、僕はヒーローなんかじゃないです」


「――? それはどういう」


「ではまた」


 僕は男性の言葉を遮るように、近くまで来ていた村雨を抱き抱えて空へ飛び立った。





「よかったの?」


 僕に抱き抱えられた状態で、村雨はそんなことを聞く。


「いいんだよ。僕は、正直人に誉められるのがあまり好きじゃないんだ。どう反応していいか分からなくなるから」


「そうなの? 変わっているのね」


「そうでもないよ。そんなやつは、きっといっぱいいる」


「そういうものなのかしらね」


 と、村雨からすればそんな話は心底どうでもいいことだったようで、


「ところで久間倉、ここに来る前に話していた久間倉の性癖について聞きたいことがあるのだけれど――」


「スピード上げるぞ。しゃべっていると舌噛むぞ?」


 僕はそう言って、村雨との会話を強制終了させるためにさらにスピードを上げて学校まで一直線に向かった。

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