第20話 僕はヒーローなんかじゃない その1

001


 一歩目を踏み出すとき、周りの人の視線が気になることがある。


 特にその視線に少しでも期待の色が混じっていたなら、それに応えようとしてしまうのが人情というものだろう。


 もちろんそれは僕だって同じで、むしろ僕はそういった傾向が強い部類にあたると思う。


 しかし、僕たちは決して完璧であろうとしてはいけない。


 人間である以上、完全無欠の存在であることは不可能で――きっとそれは宇宙人である僕やあいつもきっと同じなのだ。


 ――僕たちはきっと、どこまでいっても不完全なままで、どうしようもなく未完成だ。


 しかし、決してそれを恐れてはいけない――なぜなら、人間はその不完全さに自分を重ね、未完成であることに希望を見出すのだから。


 だからこそ人間は決して枯れることのない綺麗な作り物の花ではなく、いつかは枯れてしまう本物の花を愛でるのだ。


 これは僕がそんな当たり前のことに気づく――ただそれだけの物語。




002


 ある金曜日の放課後、僕はいつものように部室で本を読んでいた。


 その日は朝から雨が降っていて、いつもなら帰る時間になっても僕は読書をやめなかった。


「雨、嫌いなの?」


 唐突に隣にいる村雨が僕に話しかける。


「嫌いだよ」


 僕は読んでいる電子書籍に目を向けたまま答える。


「そうなの。じゃあ今からそんな久間倉君が嫌いな雨を私も嫌いになるわ」


「安心しろ、確かに僕は雨が嫌いだけれど、それでもお前よりはましだよ」


「あらそうなの? じゃあ今から私も私のことを嫌いになるわ」


 僕から好かれるように努力するという選択肢はないのか……。


 そんないつも通り村雨と他愛のない会話をしていると、急に部室のドアが開いた。


「久間倉と村雨はまだいるか?」


 そう言いながら顧問の醍孔先生が部室に入ってくる。


「お、いたいた。まだ帰っていなくてよかった。少し、お前たちに話しておくことがあるんだ」


 醍孔先生はそう言って、いつもと同じようにドアから一番近いところにあるイスに適当に座った。


「話しておくこと?」


 僕は電子書籍の電源を切って醍孔先生の方を向く。


「ここ最近このあたりにモンスターを出現させている敵対組織の首謀者が判明した」


「……誰なんですか?」


 村雨は問いかける。


「首謀者は『木原那由他キハラナユタ』という男だ」


「……やっぱりそうなのね」


 村雨は小さくそう呟いた。


 その顔が何か不安そうなものだったので、


「村雨、知っているやつなのか?」


 と、僕は聞いた。


「木原那由他。彼は元々『超人集団』に所属している研究者だった。そして――私が被検体になった『超人作成計画』の主任研究者だった男よ」


 村雨は窓の方を見ながら僕にそう言った。


 窓の外に降る雨は弱まるどころか次第に強くなっていった。




003


「木原は『超人作成計画』が凍結された後も組織を抜け出して海外の研究機関で同じような研究を続けていたようだ」


 村雨の言葉に続けて醍孔先生は話し始める。


「木原はいまだに超人を人工的に生み出すということを諦めていないようだ。そして、その木原が目を付けたのがこの街に落ちてきた隕石、より詳しく言うならば、この街にやってきた――宇宙人だった」


「……」


 こう言うと後付けに聞こえるかもしれないが、僕も薄々は勘づいていた。


 ここ最近、強くなってきているモンスターたちが使っている能力は――僕と同じものばかりだった。


「人間離れした肉体や身体能力、腕を引きちぎられても一瞬で元に戻る再生能力、周りの重力を操作することで空中を自由に飛びまわれる浮遊能力、相手の筋肉の動きや内臓の動きまで視える透視能力、それに加えて一瞬で相手を溶かすほどのビームを両目から撃つところまでまったく同じだ。

 間違いなく、木原の研究対象は――久間倉、お前だと思って間違いないだろう」


 僕――より正確に言うならば、この街にやってきた『あいつ』の能力を持った人間――あるいはもはや宇宙人と呼ぶべきかもしれないそれを人工的に生み出そうとしているのだという。


「とはいえ、首謀者も分かっているし、潜伏場所もおおよその目星はついている。組織もこれから部隊を整えて木原を襲撃するつもりだ」


「ということは、それにまた僕たちも駆り出されるというわけですか?」


「いいや、今回お前たちはお留守番だ」


「……なぜですか?」


 村雨が醍孔先生に尋ねる。


「木原が久間倉の能力を研究している以上、これ以上久間倉と木原を接触させることは向こうの研究のサンプルデータを増やすことになりかねない。まあ今さらではあるが、これ以上やつのデータ収集にこちらが協力してやる義理はない」


 醍孔先生はそう言うと、イスから立ち上がってドアの方へ向かった。


「作戦の決行予定は明日だ。くれぐれも変な気を起こすんじゃないぞ? 不純異性交遊を推奨するわけではないが、明日に限っては大人しくお前らはどこかでデートでもしてくれている方が私としては助かる――分かったな?」


「……はい」


 村雨がそう渋々答えたのを確認すると、醍孔先生はそのままドアを開けて部室を出て行った。


「……そろそろ帰るか?」


「ええ。相合傘でいいなら」


 そう言って村雨は部室の隅から傘を取り出した。


「いや、僕は折り畳み傘があるから」


 僕はそう言って折り畳み傘を鞄から取り出すと、次の瞬間、村雨は自分の持っていた傘を膝でへし折った。


「あらごめんなさい、久間倉君。私今日は傘を持ってくるのを忘れてしまったみたいだから一緒の傘に入れてもらえないかしら?」


「……構わないよ」


「ありがとう。やっぱり久間倉君は優しいのね」


 そんな風に日常的なやり取りを終えた後、僕たちは部室を後にして下校した。


 僕たちが校舎を出るころには雨はどんどん強くなり、土砂降りになっていた。

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