第19話 褐色の歌姫 その4

008


 ドーム内にいる観客は皆パニックに陥っていた。


 本来なら避難誘導をさせるはずの村雨も今はディアナの護衛についているため動けない。


 僕は観客を守りながらこのモンスターと戦う必要があった。


 しかし、


「観客に飛んでくる流れ弾は私がすべて対処する。だからお前はさっさとそのモンスターを倒せ」


 駆け付けた醍孔先生のおかげで僕は目の前の敵に集中できるようになる。


「恩に切ります、先生」


 僕は天井付近を浮遊するモンスターに向かって飛ぶ。


「ちっ!!」


 モンスターは僕を迎撃するようにビームを撃ってくるが、僕はそれをかわさずそのままビームに向かって突進していく。


「――!?」


 モンスターは驚いた顔をしたが、今さら回避行動は間に合わないと判断したのか、ビームの威力を強めて僕を押し返そうとする。


「一人じゃないと言ったな。確かにそうだよ。みんなを守るのは――僕だけじゃない」


 僕はそのままビームごと突っ切ってモンスターの腹部を思いっきり殴りつけた。


 急所を打たれ、天井に打ち付けられたモンスターは――そのまま溶けて消えた。




 僕はステージ裏に戻った。


 会場内はパニックになっているが、あくまでも僕が優先する任務はディアナの護衛だ。


「ディアナ、怪我はありませんか?」


「ええ、こっちは平気よ」


 ディアナと村雨は特に傷もなく無事だった。


「ディアナ、コンサートはどうするんだ?」


 僕の背後から声がする。


 振り返ると、醍孔先生が頭を掻きながら僕たちの方へゆっくりと歩いていた。


「もちろん続けるわよ、お姉ちゃん」


 ……お姉ちゃん!?


「え!? 醍孔先生とディアナって姉妹だったんですか!?」


「あれ? 言ってなかったか?」


 醍孔先生は何を今さらといった感じで答える。


「……聞いてないですよ」


 僕は小さな声で醍孔先生に抗議する。


「でも、コンサートを続けるって言ってもどうするつもりなんですか?」


 僕の隣にいた村雨がディアナに問いかける。


「もちろん歌うのよ。ステージでね」


 ディアナは自信満々に答える。


「でも、観客だってパニックになっているし、そもそも音響機材だって回復するのにもう少し時間がかかりますよ?」


 そんなことを僕がディアナに言うと


「坊やは……やっぱりつまらない顔をしているわね」


 と、最初に会った時にディアナが僕に言った感想を彼女はまた同じように僕に向かって言った。


 このときも最初のときと同じように、ディアナは僕が苦手な意地悪そうでニヤニヤした笑みを浮かべていた。


「――? 急に何ですか?」


「別に。ただ思ったままの感想を言っただけよ」


「……」


 僕は何も答えない。彼女が単に僕をからかっているのではなく、彼女にとってとても大切なことを言おうとしているということが何となく分かってしまったから。


「坊や、あのね――」


 ディアナはそこで何か懐かしい記憶を呼び戻すように少し間をとった後、


「――容姿っていうものは自分を映し出すものなの。そして『自信のある顔』というのは、自分自身で作り出すものなのよ」


 と、そんなことを僕に言った。


「――?」


 一瞬、僕は彼女が何を言い出したのかよく分からなかった。


「自分に自信を持って生きている人間の表情は常に明るく、魅力的に映るものよ。だから、坊やがそんなつまらない顔をしているのは、坊や自身が自分を信じていないから」


「自分を……信じていない?」


「ええ、自信のない心は表情に出る。そうやってその表情はいつしかあなたの顔つきになる。そして、いつしかその顔つきはあなたの容姿になるの」


「でも、でもそんなのどうすればいいんですか? 僕はディアナみたいに魅力的な人間じゃない。暗くて、薄くて、弱い、どこにでもいるような冴えないやつです」


 そう、強いて人と違うことがあるとすれば、宇宙人であることくらいだけれど、そんなものは僕の意思でなったものでもなければ、僕が努力して手に入れたものでもない――ただの偶然の産物だ。


「ふふふ、そんなの簡単よ」


 そう言ってディアナは笑う。


「笑いなさい。たったそれだけであなたは変われるわ」


 ディアナは僕の方を向いてとても魅力的な笑顔でそう言った。


「笑いなさい。空元気でもいい、やせ我慢でもいいの。それでも笑顔でいることで、それがいつかあなたの表情になる。そうやってその表情は顔つきになる。そして、いつしかその顔つきはあなたに自信や強さを与えるの――だからいつも笑顔でいなさい。そうすればあなたも私と同じように不安や葛藤にきっと打ち勝てるわ」


「……すごいな。まるでヒーローだ」


 僕は素直に自分の感情を吐露する。


「あら? 私はヒーローなんてごめんよ」


 ディアナは言った。


「私の役目は歌で人を勇気づけること。そして、それは人を救うことや守ることとは少し違うわ。だから――」


 ディアナは僕に背を向けるとゆっくりとステージの方に歩きながら


「だから――みんなを守るのはあなたの役目よ。頑張ってね、未熟な坊やヒーロー


 と、そう言ってディアナはステージに自らの足で進んでいった。


 その足取りはとても堂々として、自信に満ち溢れていて――とても輝いて見えた。




009


「みんなー!! 今日は集まってくれてありがとう!! 少しハプニングはあったけど、私の歌で楽しんでいってね!!」


 いまだにパニックになっている観客に向かってそう言うとディアナはマイクを持って歌いだした――音楽もかかっていない、アカペラの状態で。


 彼女の歌は先ほどまで慌てふためいていた観客の心を落ち着け、一瞬で引き寄せた。


「……」


 僕はただ、ステージ裏で彼女の歌声を聞いていた。


 それはこれまで聞いてきた他の歌とは全く異なるもので、やはり分不相応にも僕はこの人みたいになりたいと思ってしまった。


 少し経って、僕はその感情が『憧れ』と呼ばれるものであることを知る。


 そしてこのコンサート以降、僕が音楽を暇な時間に聞くことはなかった。


 他の音楽を聴いてしまうことで、何だかこの日の感動や決意が薄れてしまうような気がしたから。


 まったく、はた迷惑なアーティストもいたものである。

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