第18話 褐色の歌姫 その3
006
コンサート当日、ドームは満員で僕たちの住んでいる街がまるで別の場所になってしまったと感じるくらい人で溢れかえっていた。
(あとで聞いたところ、この田舎町に似つかわしくない大きなドームはディアナのコンサートを行うために市が作ったものらしい)
「すごい人の数ですね」
「そうね。すごく……興奮する」
ディアナはステージ横で出番を待っており、僕と村雨は彼女のそばで最後の護衛の任務についていた。
「坊や、短い間だったけどありがとうね。お礼といってはなんだけど、特等席で私の歌を聞かせてあげるわ」
ディアナは僕にそう言った。
「楽しみにしています」
「ふぅ、じゃあ行って来るわね」
そう言ってディアナがステージに出ようとした直前、大きな爆発音がドームに響いた。
それはコンサートの演出ではなく――ドームの天井付近にいる人影から放たれた光線によるものだった。
「モンスター!? くそっ、こんな時に」
僕はすぐに超人化してその人影に向かって少しかがんで反動をつける。
「村雨はディアナを守ってくれ!! 僕があいつを止める」
「気をつけてね」
言うが早いか、僕はモンスターに向かって一直線に飛び立った。
「お前は俺には勝てないよ」
そう話すモンスターに、僕は驚いた。
きちんと言語を使いこなしていることもそうだが、明らかにこれまでとは異なり、体つきが小さくなっていた。なんというか――より『人間』に近づいているという感じがした。
「そうか? むしろ僕には何でお前がそんなに自信満々なのか分からないけどな」
「確かに、お前一人なら俺では歯が立たないだろう。しかし残念ながら、今お前は一人ではない――守るんだろ? 人間たちを」
そう言うとモンスターは僕ではなく、下にいる観客に向けてビームを放った。
「――!?」
僕は咄嗟にそのビームより速く移動して、観客に当たる直前に両腕で受け止めた。
「――くっ!?」
腕で受け止めると、前回のモンスターよりも威力が数段上がっているのが分かった。
(このままだと埒が明かない。一気に勝負をつけるしかない)
僕はそのまま一直線にモンスターへ突進し、思いっきり殴りつける。
――ビュンッ
「――!?」
僕が突き出した拳はモンスターに紙一重でかわされる。
「お前も見えてるのかよ!?」
モンスターは透視能力を使って僕の攻撃をかわした後、がら空きになった僕の腹部に蹴りを入れる。
次の瞬間には僕はドームの天井まで吹っ飛ばされていた。
「――っ!?」
僕の口から血が飛び出る。
「ほら? 早く戻ってこないと今度は下にいるやつらに当たるぞ?」
そう言ってモンスターが観客に向けてビームを撃つ姿を見ても僕は痛みから動くことができなかった。
僕が動けず、誰にも邪魔されることなく下にいる観客に向かって一直線に放たれたビームは、
――しかし観客に届く直前でまたも受け止められた。
「久間倉、私の仕事を増やすなと言っただろ。まったく、面倒くさい」
そう言って悪態をついたのは我らが壁新聞部顧問――醍孔美妃先生だった。
007
ディアナというアーティストが世界的な人気を博した理由は、その歌唱力もさることながら、彼女の妖艶で人を惹きつけるルックスが大きく影響していることは間違いないだろう。
それを分かっているからこそ彼女はボイスレッスンやダンスレッスンに加えて肌のケアなどにも時間をかける。
しかし、彼女が子どものころから今のような美しい容姿をしていたかと言われると、それは少々違うと言わざるを得ない。
彼女は南米人男性と日本人女性のハーフではあるが、二つ年上の姉と違って、やや顔つきが日本人とは異なっていたため、いつもクラスでは浮いている存在だった。
――だから幼少期の彼女が常に自分に自信を持てない気弱な女の子として育ってしまったのは致し方ないことだといえる。
対して、彼女の姉はとても人気のある子どもだった。
姉は妹とは異なり、日本人受けする容姿を持っていて、また要領のいい性格とも相まってクラスの友人や周りの大人たちからもとても愛されていた。
ディアナにとってそんな姉はコンプレックスの対象でしかなかったが、しかしそんな姉は常にディアナの味方をしてくれた。
姉は、自分が大人たちに褒められた時には必ずディアナのいいところも話し、ディアナに何か秀でたものが見つかったなら誰よりも先に褒めてあげた――だからこそ、そんな姉が最初にディアナの類まれな歌唱力に気づいたのもいたって当然の流れだと言えるだろう。
「ディアナ、すごいじゃない!! あなたにこんな才能があったなんて私は誇らしいわ」
「お姉ちゃん……。でも私にはどうせどんな才能があっても役に立たないよ。だって……みんな私の顔を見て笑うもの。私がどんなに頑張ってもみんな私の顔を見て馬鹿にするもの。
私も……私もお姉ちゃんみたいな顔に生まれたかった」
「ディアナ、あのね――」
その時、姉が妹に対して言った言葉がその後のディアナの人生を劇的に変え、後に彼女を世界的アーティストにまで押し上げることとなる。
そしてその言葉を今でもディアナは一字一句覚えているのだという。
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