第14話 盲目の憧れ その6
011
「『お世話になっております。文月かれんです。昨日は大変お世話になりました。
つきましては、先日お話いたしました通り本日日本を出発いたします。このようなことを頼んで大変恐縮なのですが、もしよければこれから空港までお見送りに来ていただけませんでしょうか? 村雨さんと久間倉さんに見送っていただければ私としてはすごく心強いです』
というLINEがかれんちゃんからが来たのだけれど、久間倉君はどうする? 私と一緒にデートがてら可愛らしい女子小学生の旅立ちをお見送りに行く?」
休日の朝からインターホンを鳴らされ、何事かと思って出てみればそこに立っていた村雨がスマートフォンのLINE画面を僕に見せながらそんな提案をしてきた。
「……村雨、僕は朝が何よりも嫌いだっていうことは伝えてあったかな?」
「伝えてもらってはいないけれど、もちろん把握しているわよ? 久間倉君のことで私が知らないことなんて何一つないわ」
「……そうか、それなら話は早い。お前は今インターホンを鳴らすことで僕の嫌いな朝を連れてきたわけだ。それが何を意味するか分かるか?」
「ええ、もちろん。久間倉君が人生で二番目に嫌いな目覚まし時計と同じくらい今私のことを憎んでいることは重々承知しているわ。でも――」
そして村雨はスマートフォンをポケットに戻しながら僕に言う。
「――久間倉君が昨日のことを気にしているようだったから伝えた方がいいと思ったの。それこそ、久間倉君に嫌われてもね」
「……お前は最高の彼女だよ」
「もちろんそれも知っているわ」
僕は村雨との会話を終えると、五分で支度を終え、家を出た。
「彼女との初デートにそんなファッションセンスのかけらもない服を着てくるあたり、やっぱり久間倉君って女心が分かってないのね」
デート開始五秒でダメ出しを食らってしまった。
「まあいいわ。ほら、早く行きましょう」
そう言って手を差し出す村雨の手を僕は渋々掴んで歩き出した。
僕は伝えなければいけないような気がしていた。文月ちゃんがこれから見るであろう世界のことを。
いいことばかりではない、けれどもきっと『見える』ことでしか『見えない』こともあるのだということを僕はあの子に伝えなければならない。
だってあの子はこんな僕のことを王子様ヒーローと言ってくれたのだから――子どもに夢を与えるのはヒーローの役目だと相場は決まっているだろ?
012
前節であれだけ大見得を切っておきながら誠に情けない話ではあるのだけれど、結論から言うと、僕たちは文月ちゃんのフライトの時間に間に合わなかった。
――理由は単純で、電車の遅延である。
僕たちの住む街から空港まで行くためには電車を乗り継いで一時間半ほどかかる。その電車が人身事故で遅延してしまったため、僕たちは文月ちゃんのフライトの時間にタッチの差で間に合うことができなかった。
(僕は文字通り飛んででもたどり着きたかったのだけれど、それは村雨に全力で阻止された)
文月ちゃんからは、
『気にしないでください。むしろわざわざご足労いただいて申し訳ありませんでした』
という内容のLINEが村雨のスマートフォンに届いていた。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………申し訳なさすぎる!!
というか今の僕たちってとてつもなく恰好悪いじゃん!?
何だよ『ヒーローの役目と相場は決まっているだろ?』なんて格好つけておきながら電車の遅延で間に合いませんでしたとか、あまりにあんまりだろ!!
空港から見える滑走路にはおそらく文月ちゃんが乗っていると思われる飛行機が今まさに離陸しようとしていた。
「まあまあ久間倉君、そう気を落とさないで。もう行ってしまったものは仕方がないのだからあとはデートを楽しみましょうよ。そうだ、確かこの空港でしか売っていないぬいぐるみがあるはずなの。折角だから一緒に空港デートと洒落こみましょうよ」
「お、おう……まあ、そうだな」
村雨の気持ちの切り替えの早さは正直どうかとも思ったけれど、でも彼女なりに僕を励まそうとしてくれているのはどうやら事実らしいので、僕は彼女の案に乗っかって空港内で初デートを楽しむことにした。
文月ちゃんの乗っている飛行機はもうすでに空高く飛び立っていて――その飛行機に向かって二つの光線のようなものが光ったかと思うと、次の瞬間には両方のエンジン部分から爆発が起こった。
「――!?」
エンジンを失った飛行機はバランスを崩して空港まで真っ逆さまに落ちていて、空港にいた人たちは皆パニックになって悲鳴を上げながら逃げ惑っていた。
「行って来る」
「気を付けてね」
「村雨もな」
僕は村雨とそんな短い会話を交わした後、逃げ惑う人の波に逆行して進んだ。
手荷物受取場の物陰に一瞬身をかがめた後、周りの目がこちらに向いていないことを確認して、そのまま超人化した僕は急いで天井を突き破って落下する飛行機まで一直線に飛んだ。
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