第10話 盲目の憧れ その2

003


 時間は少しさかのぼって今日の通学中のこと。


 村雨が日直当番で少し早く登校していたため、今日は僕一人で通学していた。


「眠い」


 相変わらず朝に弱い僕はゾンビさながらのふらふらした足取りで学校へ向かっていた。


 僕が住んでいるのは都心から離れた田舎町ではあるものの、通勤や通学時間ともなれば太い道にはそれなりに交通量も多くなる。


 そんな交通量も多い道のとある交差点に差し掛かったところ、横断歩道の反対側からとても可愛らしい少女が歩いてくるのが見えた。

 着ている制服はこのあたりでは有名なお嬢様学校の制服で、学年は小学校高学年くらいだと思う。


 その少女が横断歩道を渡り終えようとするその直前、その少女に気づかず信号を右折してきた車が少女の方へ突っ込んできた。


「――!? 危ない!?」


 僕は咄嗟にその美少女を抱きかかえて横へ転がると、間一髪のところで車をかわすことに成功した。

(もっとも『今の状態』でも車に轢かれることくらいでダメージはないのだけれど)


「大丈夫? 怪我はない?」


 そう言って僕はその美少女に手を伸ばす。


「あ、ありがとうございます」


 そう言って弱々しく手を差し出してきたその手を僕は掴んでその子を起き上がらせた。


「――!?」


 その瞬間、なぜかその美少女は驚いたような顔をしたかと思うと、僕の方を向いて満面の笑みで


「また助けてくださいましたね。私の王子様ヒーロー


 と、そんなことを言ったのだった。



004


「『言ったのだった』じゃないわよ。何回『美少女』と連呼しているの? 久間倉君はあれなの? ロリコンなの? 実は私のように大人びた同級生ではなくて未熟で甘美な禁断の果実ジョシジョウガクセイの方が好みなのかしら?」


 そう言った村雨はまた先ほどと同じように僕の頭を踏んづける。(心なしか先ほどよりも力が強い)


「それで、何でロリコンの久間倉君が意中の女子小学生に抱き着くというセクハラまがいのことをしただけで正体がバレたのかしら?」


 今のセリフの中だけでも心から訂正したい点がすでに山ほどあったけれど、血の涙を流しながらそこには目をつむり、


「ええっと……何から話せばいいのか」


と、そう言って僕はまた説明を始めた。




005


 僕が助けた美少女は文月フミヅキかれんという小学五年生の女の子だった。


 先述の通り、この少女の可愛らしさは実に小学生離れしたもので、ロリコン趣味を持つ人たちにとってはとても魅力的に映るだろう。(僕には全く理解できないけれど)


 その美しさもさることながら、最も彼女の身にまとう雰囲気を決定づけているのは――彼女が『盲目である』というところが大きい。


 文字通り彼女は目が見えておらず、一人で歩くためには杖を必要としていた。


 そんな彼女がなぜ僕の正体に気づいたのかと言えば、それもやはり彼女の目が見えていないということに起因する。


 僕は全く覚えていなかったのだけれど、どうやら以前、村雨がこの街に来る前のおそらく春休みが終わってすぐの頃にも僕はこの美少女を助けたことがあったらしいのだ。


 兎にも角にも、超人化した状態で僕は以前、今日と同じようにこの文月かれんちゃんを助けたことがあったらしい。


 そのときに今日と同じく彼女の手を引いて助け出していたようで、今日彼女が僕の正体に気づいたのも、その手を握った時の感覚が、前回僕に助けられた時と一致していたため、僕の正体に気づいたということらしいのだった。




006


「へー、そんなこともあるのね。驚いたわ」


 村雨は引き続き僕の頭を踏みながらそう呟く。


「盲目の人や聴覚を失った人たちがそれを補うためにそれこそ『超人的な』感覚を有するというのはよく聞く話だけれど、それでも手を握っただけで久間倉君の正体に気づくなんてね。

 こう言ってはなんだけれど、変身した時の久間倉君とこうやって普段私に頭を踏まれている久間倉君って姿かたちからしてほぼ別人みたいなものだと思うのだけれど。何なのかしら、それでも身にまとう雰囲気とか手の感触とかはやっぱり同じような感覚がするのかしらね?」


「まあ正直、そのあたりは僕自身もよく分かっていないんだけどな」


 というより普段からこんな風に頭を踏まれているわけでは決してない。こう見えても今はあくまで非常事態なのだ。


「まあ実際のところ、正体がバレてしまったのは問題だけれど、こんなことは特殊なケースだし、それほど気にしなくてもいいんじゃない? 組織には一応伝えておく必要はあるけれど、その子さえ黙っていてくれれば問題ないと思うわ。でも、その子をこのまま放置しておくというのも問題かしらね?」


 ……それなら何で僕は今こうやって頭を踏まれているんだ?


「けど、それなら今日助けたお礼にってことで今日の夕方にその子の家に招待されているんだけれど、村雨も一緒に――」


 と、そこまで僕が話したところで村雨は突然机の上に置かれていた、おそらくは次の授業で使う予定だったのであろうビーカーを僕に向かって投げつけた。


 ――パリーン!!


 と大きな音が鳴った。


「え、何? もしかして久間倉君は今日の放課後に私以外の女の家に行くつもりだったの? 一人で? ロリコンの久間倉君が? その超絶可愛くて裕福な家にお住いの育ちのいいおまけに久間倉君のことを王子様なんて呼んで慕っている女子小学生の家に行くつもりだったの?」


「あ、あれ? 村雨さん? どうしました?」


 僕は土下座の姿勢から少し顔を上げて村雨の様子をうかがう。どうやらまた彼女の怒りのスイッチを知らないうちに押してしまったらしい。


「やっぱりね。おかしいと思ったのよ。久間倉君みたいな人が私のような頭のおかしい女と付き合ってくれるなんて何か裏があるんじゃないかと思っていたのよ。

 あれね、要するに女子に耐性のない久間倉君が少しでも女慣れしておくために私を利用したってことね。そして本命は女子小学生だったと、ロリだったと――そういうことね」


 うーん、村雨との付き合いは決して長くないものの、こうなってしまった以上、面倒くさいことになってしまうのはやむを得ないと判断して、僕はひたすら低姿勢でいることを心掛けた――すなわち、土下座の姿勢を保ったまま僕は微動だにしなかった。


「殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す――私のものになってくれない久間倉君なんて生きている意味がないわ。だからあなたを殺した後、私も死ぬ。私の寛大な心であなたが大好きだったその女子小学生は生かしておいてあげるわ。よかったわね――ロリコンの久間倉君も女子小学生を守るために死ぬのなら本望でしょう?」


 そう言って村雨は棚に置かれてあるよく分からない薬品からビン詰めにされているよく分からない生物の標本などありとあらゆるものを僕に投げつけた。


 その間、僕は一切土下座の姿勢を崩さなかった。

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