第11話 盲目の憧れ その3
007
「……ごめんなさい」
部屋の中にあった投擲物を軒並みすべて僕に投げつけた後、五分ほど発狂しながら僕を罵ったところで、さすがに村雨も我に返り、今は二人して部室の中を掃除している。
「いいよ。お前が発狂するはいつものことだし、それにちょうど顧問の先生から部室を片付けるように言われていたところだったからな。こうやってゴミの分別もできてちょうどいい機会だったよ」
もちろん実際にはゴミの分別どころか机とイス以外のほぼすべてがゴミに変わってしまったわけなのだけれど、また発狂されると面倒なので口にはしなかった。
村雨も今は薬を飲んで比較的落ち着いているが、またいつ暴れだしてもおかしくないのだ。
「ねぇ? この機会に聞いておきたいのだけれど、あなたの正体を知っているのはあたしとその女子小学生以外にはいないの?」
「ああ、それなら――」
――ガラガラガラガラ
と、僕が答えようとした瞬間、部室のドアが開いた。
「おい、久間倉、何だかすごい音がしたような気がするんだが――っておうおう!? こりゃまた派手にやったな」
白衣を着た褐色肌の女性が部室へ入ってくる。
年は二十代後半といったところで妖艶というか、大人の色っぽさをどことなく漂わせた人だった。そしてその人は部屋が大変な状況になっていることも気にせず、一番近いところにあったイスを軽くはたいてそこに腰を下ろす。
「えっと、あなたが顧問の先生ですか? すいません、これはですね、その……」
村雨は珍しく取り乱して言い訳をしようとする。
「村雨、この人は大丈夫だよ」
と、僕はあっけらかんと答える。
「え?」
聞き返す村雨。
「その人はこの学校の生物教師で僕の所属する壁新聞部顧問の
008
「大丈夫なわけねぇだろ、はっ倒すぞ久間倉!!」
醍孔先生は脚を組んで不機嫌そうに言う。
「なんだか騒がしいと思って来てみれば自分の管理する教室がガラスまみれってどういう状況だよ? 頼むからお前たちの痴話喧嘩ならよそでやってくれ」
実際にこの部屋で行われていたのは痴話喧嘩などではなく、村雨による一方的な暴力なのだけれど、一々訂正することはしなかった。
「それにお前らが授業サボってこんなところでイチャイチャしてるのがバレたらまた私の仕事が増えるだろうが。おい、久間倉。確か私は前に言ったよな? 超人関係のこと以外で私に厄介ごとを持ち込むなって。
私は、確かに、言ったよな? あぁ?」
「すいませんでした」
僕としては反論したい気持ちがないわけではなかったのだけれど、ガンを飛ばしてすごんでくる先生に逆らうのはどう考えても、得策ではないと判断して、この場は素直に謝っておくことにした。
「久間倉君、この先生は『あなたのこと』を知っているの?」
村雨は問いかける。
「そうだよ。釈然としないけれど、僕は春休みに醍孔先生にお世話になって、それ以降、こうやって部室を提供してもらったり、度々協力してもらったりしているんだよ」
僕は掃除の手を止めずにそう答える。
「村雨類だな。組織から派遣されたことは聞いているし、君のことについても少なからず知っているよ。私も一応あの組織に属しているからね」
そう言って醍孔先生は村雨に向き直って話しかける。
「とは言っても組織の指令に従っていたのは少し前まで。今では便利な奴隷ができたからな。わざわざ私が出張っていくことも少なくなったんだ。だからお互い面識がないというのも仕方ない」
『先生、生徒のことを奴隷呼ばわりするのはよくないと思います!!』という心の叫びは特に通じることもなく、僕たちはただただ手を動かして掃除を続けるだけだった。
「じゃあお前ら、掃除が終わったら二時間目からはちゃんと授業に出ろよ。またよく分からないことで他の先生からいちゃもんつけられたら面倒だからな」
醍孔先生は僕たちにそう告げると、そのまま部室を出ていった。
もちろん、あの人が掃除を手伝ってくれるなんてことは一切なく、僕と村雨はお互いに黙々と掃除を続けていた。
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