第5話 狂ったパートナー その2
002
朝はいつも目覚まし時計の音で起きる。
だから僕は目覚まし時計がこの世で二番目に嫌いだ。
少し前までは家族が起こしてくれていたけれど、両親が仕事の都合で海外に行って僕が一人暮らしを始めてからは甚だ不本意ながらも、僕は身の回りのことを自分一人でこなさなければいけなくなってしまった。
断っておくと、僕は決して家事や炊事が苦手ではない。むしろ得意な方であると思っているし、今晩の夕食を作ったり、休日に洗濯物を干したりしていると穏やかな気分にもなる。
「でも目覚まし時計、お前はダメだ」
そうやって恨むような言葉を発しながら僕は先ほどから枕元でひたすら騒音を立てる目覚まし時計を止める。
僕は朝が嫌いだ。
それこそ、この世で一番嫌いだ。
だからこそ朝が来たことを告げる目覚まし時計も同じように嫌いにならざるを得ない。
僕は目覚まし時計を止めると、まるですべてを諦めたような気力のない顔をしたまま起き上がる。洗面所で顔を洗った後、簡単な朝食を作り、それを食す。そして歯を磨いた後、いまだ生気のない顔をしたまま制服に着着替えて家を出る。
ドアを開けてすぐに引っ越し業者とすれ違った。どうやら空き家だった隣の部屋に誰かが引っ越してくるらしいが、正直そんなことは今の僕には全く気にならなかった。
そして通学路をしばらく歩いたところで何度か後ろを振り返る。どうやら今日はあのストーカーは付きまとってきていないらしい。
僕は徐々にクリアになっていく頭で昨日の村雨のことについて考えていた。
あの、すごく綺麗なくせに狂いに狂っていた彼女のことを――僕は思い出していた。
003
僕は昨日、村雨の放った銃弾で頭部を撃ち抜かれた。
『撃ち抜かれた』とは言ったものの、あの状態の僕が銃弾に当たったくらいで傷を負うはずもなく、僕の眉間あたりに当たった銃弾は簡単に弾かれた。
殺気立っている村雨は一発では効果がないと判断したのか、急所を狙って拳銃を乱射した。
それは熟練された実力を感じる狙撃で、乱射された銃弾は全て僕の体をとらえ、しかもそれがすべてそれぞれの急所に当たっていた。
それでも僕に対して雨のように降り注ぐ弾丸がすべて肌に当たった瞬間弾かれると、そのうちに村雨の持つ拳銃は弾切れになった。
「――クソッ!!」
村雨は手に持っていた拳銃を投げ捨てると、鞄からナイフを取り出し、僕に突き刺そうと突進してくる。
僕がかわすこともなくその場で突っ立っていると、突進してきた彼女はそのまま僕の胸元にナイフと突き立てたが、僕の体には傷一つついていなかった。
「……気が済んだか?」
「――死ね」
村雨はもう一度ナイフを突き立てるが、腹部を狙ったその攻撃はまたもや僕の体に傷をつけるまでには至らなかった。
「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、――久間倉君なんて、あなたみたいなヒーローなんて、みんな死んじゃえばいいのに」
村雨は狂ったように僕を罵倒しながらナイフを振り続けて――やがて耐え切れなくなった刃が折れて真っ二つになった。
村雨は折れたナイフを眺めたまま動かない。
「おい、村雨。お前――」
「私、頑張ってるじゃない」
僕が声をかけようとするのを村雨が遮る。
「私はこんなに頑張っているのに。理不尽じゃない? だってみんなここまで必死にやってないでしょ?」
村雨の独白は続く。
「何よ!! 結局みんな何かに偶然『憑りつかれた』り、何かに偶然『出逢った』り、何かに偶然『巻き込まれた』り、何かに偶然『導かれた』り、何かに偶然『選ばれた』り、何かに偶然『引き寄せられた』り、何かに偶然『衝突した』り、何かに偶然『助けられた』り、何かに偶然『呼び出された』り、何かに偶然『襲われた』り、何かに偶然『殺された』り、何かに偶然『引き抜かれた』り、何かに偶然『遭遇した』り、何かに偶然『生き返らされた』り、何かに偶然『戦わされた』り、何かに偶然『生み出された』り、何かに偶然『差し出された』り、何かに偶然『撃たれた』り、――何かが偶然『宙から降ってきた』だけじゃない!!」
村雨は発狂しながら涙を流して僕に訴えかける。
「何で!? ねぇ何で私じゃダメなの!? 何で私にはその偶然が起きないの!? まだ私は頑張らないといけないの!? 『偶然が起きないから強くなれない』なんておかしいじゃない!?
ふざけないでよ、あなたたちは人間じゃないのよ? そんな連中に私みたいなただの人間なんかがどんなに足掻いたって勝てるわけがないじゃない!!」
僕をひたすら拳で殴りつけながら村雨の独白は続く。
「だから私はあんたみたいなやつらが憎い。偶然に愛されて、偶然に恵まれて、偶然に選ばれて、そして――偶然に強くなったあなたたちが憎い」
村雨の手はもう血まみれになっているが、それでも彼女は殴るのをやめない。
「ねぇ久間倉君、教えてくれないかしら? あなたってとても強いんでしょう? 偶然強くなったんでしょう? 私はあなたが憎いの。だから教えて――あなたと私の違いって何なの?」
村雨はようやく殴る手を止めてすがるような気持ちで僕の方を見た。
そして、その村雨に対して、
「――知るかよ」
と、それだけを僕は答えた。
僕の言葉を聞いた村雨はにやりと笑うと、力尽きたようにその場に倒れた。
その後、僕は村雨を一番近くの比較的被害が少なかった病院へ連れていき、住民の避難作業や瓦礫の撤去作業を手伝った後、夜遅くに家に戻った。
結局、村雨に僕は傷一つつけられていなかったはずなのだけれど、なんだかひどくその日は寝心地が悪かった。まるで朝起きてすぐのような――最悪な気分だった。
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