澄香の家(1)



 ★☆




 りんの、高く、静謐な音が畳の部屋に響く。夕暮れ時、線香の香りで翔馬の心は安らいでいく。


 手を下ろし、目を開けると澄香と目が合った。初めて見る高校二年生の澄香。だけど間違いなく、澄香。


 後ろの方で、襖の開く音がした。


「来てくれて、ありがとうね」


 澄香の母親が、麦茶を三つ運んできてくれた。翔馬と絵美は、それぞれに礼を伝えてお盆から受け取る。誠も小さな声で「母さん、ありがとう」と言った。


「もう、あれから三年なんですね」


 絵美が物寂しげに言った。澄香の母親は畳の上に腰を下ろす。


「絵美ちゃんも、あの頃は何度も病院に来てくれてありがとうね。翔馬君、ずっと、何かあったのかなって心配してたのよ。ちゃんと戻ってこられて本当に良かった。澄香も喜んでると思う」


 いえ、と翔馬は首を振る。これで少しでもアイツが救われるのなら。


「七月六日になったら、毎年来てもいいですか?」


 空気が緩むのを感じる。澄香の母親も、柔和な笑みを浮かべている。


「ええ。翔馬君も、絵美ちゃんも。賑やかな方が、あの子も喜ぶから」


 おばさん、少し老けてしまったかな、と翔馬は思っていた。実際、皺が増えた気がするし、髪にもいくらか白いものが見えるし、何より、かつては活気溢れる人だったのに、居ずまいがやけに落ち着いている。だけど、今の笑顔。それは十何年も前からずっと同じ、娘を愛する母親の表情。そしてその瞳の色は、娘にも受け継がれた澄んだ色。



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