すーちゃんが、憎い



 ☆




 すーちゃん?


 雨の日。私の家の前に、すーちゃんがいる。高校時代の制服を着たすーちゃん。


 私は手にした傘を投げ捨て、慌てて駆け寄る。門を開けて彼女と向かい合う。


 彼女は微笑んでいた。目を閉じて、微笑んでいた。彼女は口を開く。


 ――すーちゃん、行こ?


 透き通った、裏の無い声だった。


 私が、すーちゃんなの? じゃあ、あなたは誰なの? これを考えている私は、一体何なの?


――ねえ、行こうよ。


 待って、手を引かないで。どこに行くの? どこに連れていかれるの?




 目を覚ました絵美の瞳の上に、涙が溜まっていた。ゆらゆら揺れる天井。横を向くと、涙が、つーっ、と真っ直ぐ顔を伝って、ベッドに落ちていく。


 すーちゃんは、私を引っ張っている。すーちゃんは、いつでも私の前にいる。すーちゃんは、ずっと翔ちゃんの隣にいる。


 今は私が、翔ちゃんの彼氏なのに。翔ちゃんの手を取れるのは、私だけのはずなのに。


 シーツをぐっと掴む。


 すーちゃんが、憎い。


 目をぎゅっとつぶる。


 こんなことを思うなんて、嫌だ。自分勝手にすーちゃんをないがしろにして、自分勝手にすーちゃんに嫉妬して。


 自己中だ。すーちゃんに失礼だ。私は、そんな暗い炎なんて燃やしたくはない。私はただ、両手で包み込めるような優しい火を灯らせていたいだけなのに。


 絵美の耳には、赤いイヤホンが繋がっていた。流れているのは、あのCDの曲。


 曲名は、「マイ・フーリッシュ・ハート」。私の愚かな心。


 心を湿らせるような、ピアノの切ない響き。透き通った水のような音が、静かに波紋を浮かべながら、愚かな私に沁みていく。


 私、どうすればいいの?


 せめて、生きていたら。……生きていたら、直接嫉妬をぶつけただろうか。無理だ。きっとまた自分の中に気持ちを押し込めて、私は譲ってしまう。手を取り合う二人を、後ろから黙って見送ってしまう。だって私は、すーちゃんだって大好きだから。


 翔ちゃんも、すーちゃんも、大好きだから。


 耳から沁みていった音が、心臓で柔らかく反射されて、涙腺を揺らす。


 井原駅からの帰り道、薄暗い自転車置き場の横を歩きながら。大学の中庭、遊歩道の傍らに可愛い紫陽花が咲いているのを見ながら。雨を浴びながら、夕日に照らされながら、窓越しに夜空を眺めながら。この数日、私は唐突に涙を流してしまう。


 私、泣きすぎだ。もう、バケツ何杯分くらい泣いたんだろう。



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