ガラス越しに見ている
目をすっぽり覆う大きなメガネの向こうで、ガラス器具から、ぽた、ぽた、と液体が落ちていく。ビーカーの中の液は一瞬じわっと紫色になって、すぐに何事もなかったかのようにすっと透明に戻る。
紫色から戻らなくなった瞬間に液体の落下を止めないといけないのに、絵美はさっきから、この実験を二回失敗している。実験の始めに調製した液体は無くなりかけで、もうこれがラストチャンスだ。周りのみんなはもう実験を終えていて、ここにいる生徒は絵美一人。途中まで一緒にいてくれた十和子も、サークルの用事があるからと申し訳なさそうに部屋を出ていった。
ぽた、じわっ、すっ。ぽた、じわっ、すっ。ぽた、じわっ、すっ。
ここに涙が落ちたら、どんな色に染まるのだろう。正しい答えが欲しいのではなくて、欲しいのは気分としての答え。ブルー? グレー? それとも、これもパープル?
この時間、全くコマに、翔ちゃんは物理学実験をしている。もしかしたら、時間的にもう終わっているだろうか。翔ちゃんは物理学科、私は化学科。コマとクラスの関係で、同じ授業を取ることもない。同じ学部で、同じ学年になったのに、少しずれている。
じわっ。ビーカー内の液が紫色で安定して、絵美はすぐに器具から落ちる液を止めた。ふう、と息をついて、そのきれいな紫色を見つめる。
紫、光の波長で言えば紫外線より少し長いだけの、目で見える限界の色。可視光でその反対の限界は、赤外線の真横、赤色。だけど美術の授業で習った色相環では、赤と紫は隣どうし。ぐるっと回っても隣どうし。
近いようで、遠い。近づいたはずなのに、今までよりも距離を感じる。そんなものばっかりに気付いてしまう。それらは、私たちの距離感を象徴しているかのようだ。
メモを取ろうとして、絵美はボールペンが床に落ちていることに気付く。かがんだ拍子に実験用メガネがずれて、両手でそっとかけ直す。
私たちは、ガラス越しにお互いを見ている。
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